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十和田湖の紅葉を見る  

 私はもう随分前から十和田湖には是非行ってみたいと思っていた。しかしそこは東北のそれも青森に近いところだから遠く、何時になるのか判らない侭になっていた。それが急に出掛ける気になったのは、多少暇になったこともあるが、年齢の所為もあると思う。となったので毎週ロータリークラブに出席のため、東京フリンスホテルに行くので、ここに十和田湖プリンスホテルの宿泊、往復乗車券の一切をお願いし、10月23日に東京を出て25日に帰るスケジュールを作って貰った。この日を選んだのは現地に紅葉の見ごろを問い合わせた上であった由、大いに期待は膨らんだ。  

 往きは23日東京駅を9時すこし前に出る「はやて」号を利用したが、乗ってみて驚いたのは上野、大宮に止まると次が仙台、その次が盛岡で凡そ2時間20分で着く、そこから特急バスで十和田湖町の休屋(やすみや)まで2時間少々掛かったが、その途中バスは外輪山を越えるが、その峠から初めてみた湖は、私が想像していたよりも遥かに大きく、また山は紅葉の色彩が随所で美しかった。ホテルに着いたのは午後4時ころであった。  

 勿論ホテルは湖畔に建っているのだが、建物と湖との間はよく手入れされた芝生になっていてその中に大きな2本の白樺が聳え、湖畔にある木々は既に紅葉し、あるものは赤く、あるものは黄色く、それが松の緑と見事に調和している。この庭の景観の中で弦楽の演奏会が行われ、その様子はNHKテレビで放映された由、ここで聞く演奏はさぞ素晴らしかったろうと思った。  この7月からホテルに温泉の露天風呂が出来たというので、食事前に早速行って見たが矢張り東北、風が冷たくてじっと浸かっていれば結構なのだが、身体を洗うことはとても出来ない。だから十分に温まって出たけれど、不思議と身体の温まる湯であった。この夜は紅葉の季節だったからホテルには団体が入って満員、しかしゆっくりと夕食を頂くことは出来た。  

 翌日は天候に恵まれ、ホテルの勧めもあってタクシーをチャーターして、湖周辺の観光をした。10時に出発しまず休屋に行って観光船に乗る。船はどうかと思っていたのだが、この湖に来たら船からの観光を是非と勧められてのことだったが、40分の船からの観光は全く心配なかったし、素晴らしい眺めであった。 紅葉というと赤くなった楓を思うのだが、ここでは1本の木を見るのではなく、山全体の紅葉を見るのだ。楓やななかまどの紅、ぶなの黄色など湖面から見る山々の彩りを楽しむのである。あるときは湖岸に沿って進み、あるときは湖の一番深い中央を走り、それぞれの景観を楽しんだ。その湖の深さは320メートルで東京タワーの高さと同じとか、水が綺麗なので湖面も美しかった。子の口(ねのくち)で船を降りるとタクシーはそこで待っていた。  

 ここから待望の奥入瀬見物になる。乗ったタクシーの運転手は中嶋さんという人であったが、運転しながらいろいろと説明してくれる。それも滝の名前を教えてくれるという程度のことでなく、その歴史から話をしてくれる。その詳しいのに驚ろき私は思わず「貴方の話を纏めて書きたい。きっとよいガイドブックになる」と言ったほどだ。メモを書く用意をしなかったことが悔やまれた。  

 十和田湖は海抜400メートルだという。奥入瀬に入ると結構急坂を下るのだが、下ると紅葉はまだこれからという処もあったり、僅かの標高の違いではっきりしている。尤も風の影響もあるのだろうが、これには地元の運転手中嶋さんも驚いていた。自然は本当に正直だ。この奥入瀬が十和田湖の水が流れ出ていく唯一つの渓流なので、流れ落ちるところで水位の調整をしている。これは湖の景観を大事にしていることに他ならないが、雨が少なくなると奥入瀬はみる影もなくなるときがあるという。幸い我々は前日が雨だったので勇壮な渓流にお目に掛かったが、道路の脇には数えきれないほどのバスや車が止まっていた。中嶋さんに言わせると「これでも今日は少ない」というのだから、シーズンの最盛期の混雑は大変なことなのだろう。  

 奥入瀬川の流れる谷には適当に岩もあり滝もあるのだが、この谷のよさは激しい流れと森の中の適当な暗さ、それに今は紅葉が綺麗なのだから、鬼に金棒のようなものだが、水量が少ないときはとても景観とは言えなくなるように思った。この谷には遊歩道が出来ているので歩いている人を沢山見かけたが、本格的な服装と靴という本格的な登山スタイル、それに杖を持たなくてはまず登れないだろう。でも逆に歩いて下ることはお薦めしない。それは濡れている道や岩が多いから滑る危険がある。  

 少し話しは外れるが走っている道の随所に、観光とは思えない小型の車が停められている。これは「きのことり」の人たちだそうで、どんな茸がとれるのか、まさか松茸ではないと思うが、何処にも売っていないところからみると、これは自分たちが食べるために採りに来ているようだ。どんな茸なのか見たかった。 奥入瀬を下って今度は八甲田のほうに向って進み、「城ケ倉大橋」に着いた。中嶋さんは橋の手前に車を止めて「歩いて橋の上から谷を眺めてきて下さい」という。この橋は長さが200メートルの鉄橋で吊り橋ではないのだが、橋の中間点は谷底から200メートルの高さがあるという。だからこの橋には途中に1本の柱もないのだが、ではどんな工法でこの橋を架けたのだろうか。それが知りたくなった。中嶋さんもそのことは知らなかったが、この橋の完成までには大変時間が掛かったとだけ言った。  

 歩いて橋の真ん中に来て下を覗いて吃驚した。確かに川は流れているのだが、それがどのくらいの幅があるのか全く判らない。何か落として見たい衝動に駆られるが怖くてそれもできなかった。200メートルの真下を見ることは中々経験できないのではないか。この橋の袂には気温と風力の表示があって、それを見ると気温10度、風力北の風10メートルとあったが、体感温度はもっと低かっただろう。とにかく寒かった。  そして車まで戻るために歩き始めら、遠くに何かぼんやりと明るいところがあった。早速中嶋さんに尋ねたら、「あれは陸奥湾です。ここからは滅多に見えることはないのですが」との返事、天候よりも風が強いと見える由、陸奥湾と聞くと急に北の国に来ているのだな、との実感を覚えたのは不思議であった。また湾が見えたのは本当に運がよかったとしか言いようがない。  

 そこから見事なぶな林などの間を走って一路ホテルに戻ったのだが、紅葉の中を走り抜けた6時間の観光であった。湖を一周したことになるのだが、中嶋さんに聞くとこの湖の一周は約50キロとのこと、このドライブが天候に恵まれたこことは幸せであった。
(2005.10.31)