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校友会代議員総会

少し内容が古くなってしまったのは、これをHPに残すかどうか迷ったからである。しかし結局は私の校友会に対する考えを残しておきたかった。

 2006年6月24日午後、新しい校友会に衣替えして第2回目の代議員総会が青学会館で開かれた。まず会長から校友会運営の公平性、透明性を目指し、学院との連携の一本化に努めたと挨拶した。公益法人から任意団体になって1年、どのように変わったか、に関心をもって話を聞いたが私には新鮮さを感じることはできなかった。透明性については予め資料を代議員全員に送り、これで透明性を実現した積もりのようだが、果たして代議員に理解されただろうか、事業報告、会計報告などは担当副会長が資料を読み上げただけ、資料の中の問題点だけを取り上げて説明する方が親切である。  公平性は何を指しているのか、例えば常任委員、代議員の選考は誰がするのか、またその数は何を根拠に決めるのか、本当に公平に行われているのか。本当に透明に行われているのか。私は常任委員15名のうち大学部会が4名と聞いて驚いた。  
 透明性とは校友会の運営が、会員に理解されることを心掛けることを示しているのだろうが、これはどこまでやっても全ての会員に理解されることはあり得ない。本部が担当する仕事は本部役員に任されなければ、時間ばかりが掛かってしまう。前述の通り常任委員の決め方は本部サイドで決めて総会で了承されたのだが、何故大学部会は4名との案になったのかの説明がされても、それが判らないと言われれば、矢張り透明性が無いと言われるのである。会長が「透明性を目指す」との気持ちは判るが、これは始めから出来ないことを言われているのである。    

 さて、現校友会について根本的に考え直して貰わねばならない問題を提起しておく。まず校友会の中心を大学と短大の卒業生にに置くこと、この大学の中には旧専門部、工業専門学校、神学部を、短大の中には、女学院、女子専門部を夫々含める。これが基本的な考え方。これは何を言いたいのかであるが、校友会は大学、短大の卒業生が主となって運営されることが望ましい、ということである。 では高等部以下はどうするかになるが、高等部、中等部、初等部の同窓会はその侭校友会の登録団体にする、その時に短大同窓会、さゆり会、青盾会も登録団体とし、さらに大学部会の各同窓会も同様とする。それで校友会の組織は同窓会、支部と登録団体のブロックになり、これらのグループの活動、運営は一切自主管理とし、また校友個人は幾つのグループに参加しても差し支えないこととする。そして登録団体からの役員、代議員、或いは委員として活動して頂く。  これは結果として部会制度の廃止であるが、幾つかのグループが連合組織をつくることは妨げないこととする。例えば大学内の同窓会が、また大学体育会OB会が連合組織を作つても良いのである。但しこれらの連合組織には役員などの選出権はないものとする。  この代議員総会に報告れている会議をみると、2005年度は次の通り。  

常任委員会 11回 正副会長会 12回
支部組織検討委員会  3回 登録団体組織委員会  2回
広報委員会  2回 校友会チャイムズ委員会  8回
広報誌委員会  8回 募金推進委員会  6回
データベース委員会  2回 準会員対応委員会  4回

 となっており、この他に全国支部長会議、広域校友の集い、があり、さらに各支部の総会が37回あり、この総会には報告されていないが、同窓会、登録団体の総会も行われていると思う。会長、副会長には大変ご苦労様と申し上げねばならない。  このような組織そして会議の開催は、校友会本部つまり会長、副会長、常任委員が部会、同窓会、登録団体、それに支部のすべてを把握しなければならないと思っているのではないか。このような考えでは幹部は疲れてしまう。委員会、同窓会、登録団体、支部は夫々の自主運営に任せるべきと思っている。本部はまずそのような組織と学院当局との間に立って相互理解に努めること、学院の現状方針を組織を通して校友に伝えること、そして本部はこれら組織の管理規定をつくりそれを忠実な実行させること。  

 ここまで記せばお分かり頂けると思うが、大学、短大中心にすべきというのは、この両者の卒業生が大多数を占めるからである。しかもセカンダリの卒業生の過半数は大学か短大の卒業生になっている。それが今の校友会本部は大学部会にイニシアチブを握られることを避けようとしている。これは改組以前の部会中心の校友会をその侭引き摺っている結果ではないか。部会がなければこんな馬鹿なことは起こらない。  
 校友会の第一の目的は校友間の友誼を厚くすることであり、第二が学院の発展に寄与することである。だから校友会は校友の親睦と結束まず努めるべきなのだが、ここまで大きくなった校友会では、本部中心では到底無理と思わざるを得ない、校友一人一人の自覚と努力を活かすことである。だから私は校友組織の細分化を主張する。そして校友が自由に楽しめるグループを選んで、仲間とともに校友としての喜びを持って欲しいと願うのである。現実にはこのようなグループは既に存在しているのだが、それが登録団体になれないケースがあると聞く。私はそれを聞いて吃驚したが、本部は登録団体を増やしたくないと考えているように思えたが、それは校友会の第一の目的に反していることになるのではないか。  次に校友会と学院の関係はしっかりしているのか。今校友会の役員で法人の理事をされているのは会長だけではないか。学校推薦の役員が存在しても可笑しくないし、他校には総長とか学長が校友会長のところもある。校友会の入会金はは学院の代理徴収でおこなわれているし、また校友会事務も学院校友センターで行われている。このことを校友会役員は忘れておられないだろうか。  校友会は社団法人から任意団体になったのを機会に改革を行ったが、それが将来に向けて新しい道を開いたとは私には思えない。何時かもう一度考えて貰うことを願っておく。   学校はこれから少子化で大変な競争時代にはいる。このような時に一番頼りになるのが校友会でなければならない筈であるが、果たして校友会にそれだけの期待に応える組織力をつくることが今の侭で出来るだろうか。
(2006.9.17) 

 私は初代中央支部長であった野田さんの発想の確かさに尊敬の念を抱く。「今ごろになって判ったか」と天からお叱りの声が届くかもしれない。校友会はどうあるべきなのか、彼はワンマン的な方であったから、一度言い出したら聞かないし、時には新しい発想が浮かぶと前言を翻すのは日常茶飯事、これに何回悩まされたか、私ばかりでなく校友の中には何人も覚えがある方があると思う。

 何故東京に支部がないのか、当時の私には学院のお膝元にそんな支部が必要とは考えたことがなかった。当時地方には幾つかの支部があって、野田会長はポケットマネーで訪問されていたようである。それが東京に支部との発想に繋がったのだろう。誰もがそれに反対はしなかったし、大木先生が賛成と聞かされてその設立は決定的になった。そして支部の名称だが、誰もが東京支部か、関東支部と思っていたところ、中央支部が提案された。ある先生がその名には奢りがあると指摘されたが、野田さんは頑として譲らなかった。

 かくして中央支部が発足した。勿論支部長は野田さん。私は発足とともに春に総会、秋に講演会の開催というのを決められたが、普通ならばここで一段落になるところなのだが、支部に同好会をつくることをいいだされた。「鈴木君、誰でも食べることには関心を持つよね」と言われたことは、今でもはっきり覚えている。それが味楽会になったし、ゴルフ同好会も支部発足早々に生まれたと記憶する。同じ趣味やスポーツに関心のある人たちのグループをつくる。これは支部会員の親交を深める早道との発想であったと思う。

 中央支部は地の利を生かしたと言われるかも知れないが、私は野田さんの発想が、これだけの大支部にしたと思っている。それに刺激されたわけではないだろうが、それ以後支部の誕生が続いたことを野田さんに感謝しなければならない。また校友会はこうした先輩の熱意と努力で育ってきたことを忘れてはならない。
(2006.9.18)