照らす月

 暗き道……
 ただ、風を切る音だけがする。
 黒き影を追う、闇色(やみいろ)の影。二つの影が追走する。
 一つは、自身の目的のため。もう一つは、使命のため……。
 交差することの出来ない二つの意思。交われば、どちらかが消え、無くなる……。
 譲れないからこそ進む。ただ、すすむ。ひたすらに……。
 その…暗き道……。

「やれやれ。しつこいですねぇ」
 先を走る影がぼやく。その言葉は、どこか人を馬鹿にした感がある。
 しかし、闇色の影は無視するかのように無言のまま、影を追い続ける。
「ふ〜、仕方ないっすかねぇ」
 ため息混じりに、何かを覚悟した影が腰に下げた刀に手を伸ばす。その意図に気づいたのか、追走する闇は追走を停止させた。
 影も、止まって振り向いた。刀に手をかけたままで……。
「もう、やめにしませんか。お互い疲れたでしょう?あたしゃ、疲れましたよ。走るのはね」
 男の体から、追走時とは比べ物に成らないほどの威圧感が出た。しかし、対峙する闇はその威圧にも動じる様子は無かった。
 雲が晴れ月が顔を出した……。二つの影を照らし、その姿があらわになった。
 影は男…。闇は女…それも女性と言うよりは少女に近い感じであった。
「そろそろ、引き返しちゃもらえませんか?いくら追ってきても無駄ですよ。
 何を言われても、あたしゃ、あそこに帰る気はさらさら無いですからね」
あっけらかんと言い放つ男の言葉の中には、硬い決心の様なものがあった。
しかし、少女も引く気はないようだった。
護廷隊(ごていたい)第十二番隊(だいじゅうにばんたい)隊長(たいちょう)及び技術局局長 (うら)原喜助(はらきすけ)護廷(ごてい)十三隊山本(じゅうさんたいやまもと)総隊長(そうたいちょう)の名の下にあなたを、連行するのが私の任務です」
「やっと、口を聞いてくれましたねぇ。でも、申し訳ないですが、その任務遂行させられないッスよ」
 そう言うと、男は刀を抜き放った。少女の方も、腰にあった刀を抜き、構えた。
「やれやれ。荒っぽいのはしたくなかったんすけど、しかたないっすねぇ。起きろ、(べに)ひ……」
 男が刀を構え直した直後だった。
「まて!」
女の声が響いた。両者の間に、いつの間にか一人の女が立っていた。
浅黒い肌と漆黒の流れるような黒髪をした女である。
夜一(よるいち)さん
「なっ!?」
 少女の顔に動揺が広がった。先程から、男の言葉や威圧にも動じなかったのに……。
「先に行け、喜助。こやつは、わしが足止めする」
 男は笑顔でうなづくと振り向きもせずに、深い森の中へと消えていった。
「さて……。まさか、追手がおぬしとは……。
深影(みかげ)
夜一はゆっくりと歩みを進めた。二人の間が縮まった。
その間、御影は動くことすら出来なかった。体の奥底から、汗が噴き出した。
軍団長(ぐんだんちょう)閣下(かっか)……。何故…です……」
か細い声は、夜一の不敵な笑みには届かなかった。
「悪いの、深影。だが、おぬしと会うのもこれまでじゃの」
その時だった、深影の視界がぐるりと回転した。
月が見えたと思った時には、目には悲しげな眼をした夜一が映り、そして暗黒に染まった。

 次に眼が覚めたときには、深影は四番隊隊舎のベッドの上だった。
「気がついたか?」
 声をかけられ、脇を振り返ると、そこには同年代に少女がいた。
砕蜂(ソイフォン)…さま……。わっ…私は……」
「良い。もう、何も言うな……」
 二人の間に、重く暗い空気が流れた…。会話も続きはしなかった。
 二人を照らした月の輝きはもう見ることは出来ないのだろうか。
 闇に浮かぶ雲さえものともしなかった月には……。






  優しき風
 まばゆい光が差し込む縁側…。暑いくらいの陽気があたりを包んでいた。雨の時期も終わり、初夏から夏へと脱皮をした季節がもうそこまで近づいていた。それはここ、隊首室(たいしゅしつ)の庭先にも訪れようとしていた。
伊勢(いせ)(なな)()は八番隊舎隊首室の縁側を歩いていた…。
 ――もうすぐ緑の季節ですね。
 縁側から見える庭にも、緑が鮮やかになってきており、色鮮やかな花がちらほらとしている。そんな季節の彩りにも眼をやるもままならないままにツカツカと歩いてゆく。
 ――それにしても、隊長は何を。勤務時間になっても職務室にも現れないで……。
 彼女の上司である八番隊長・京楽春水(きょうらくしゅんすい)は元々女性に軽く、仕事もいい加減であると噂されている。もちろん全てを否定することは不可能だが、少なくとも毎日の職務の時間に関しては守る人間ではあった。それが、今日は時間を小一時間近くを過ぎても顔を出すどころか、連絡すらない状態であった。怪訝(けげん)に思った七緒は書類をそのままに、京楽の元に向かう事にした。
 隊首室の前まで来ると、一息つき、静かに「京楽隊長」と声をかけた。返事が返ってこない。不思議に思った七緒は少し声を上げ、もう一度京楽の名を呼んだ。それでも、返事がない。不安がよぎる。
「隊長、どうかなさったのですか。隊長!」
 そう言いながら、部屋の戸を勢い良く開けた。そこには、布団の中で額に手を置きながら、うんうんとうなっている京楽春水その人がいた。
「隊長、どうなさったのですか。まさか、また二日酔いですか?」
 近づきながら、冗談混じりに問う七緒だが、どうも様子がおかしい。普段の京楽ならば、七緒どころか女性隊員が入室して来ようようものならば、冗談混じりに軽い言葉を連呼するのだが、今日はそれがない。それどころか、入って来ていることにすら気づいていない様子であった。
「京楽隊長!大丈夫ですか!」
 声を荒立てて、近づき体を軽く揺すってみた。ふいに、京楽の目が開きゆっくりとこちらを見た。
「隊長……?」
 口がゆっくりと開いた。
「あ、七緒…ちゃん。頭…痛いんだ……。体もダルイし……」
 珍しく、本気で弱音を吐いていた。七緒は右手を、京楽の額へと持っていった。
 ――熱い!
 七緒は立ち上がると、書類を投げ出し「すぐに、卯ノ花(うのはな)隊長(たいちょう)を呼んできます」と言い残し隊首室を飛び出し、庭先から塀を飛び越え真っ直ぐに卯ノ花烈のいる四番隊舎へと向かった。もちろん、戸は開けっぱなしであった……。

 数分の後。
 八番隊首室には、伊勢(いせ)七緒(ななお)京楽春水(きょうらくしゅんすい)そして、春水の寝る布団のわきで乳鉢(にゅうばち)に向かう女性・卯ノ(うの)花烈(はなれつ)の姿があった。
「お忙しい中、まことに申し訳ありません」
そう言って、頭を下げる七緒に微笑みながら「大丈夫ですよ」と返した。乳棒(にゅうぼう)を止めると、鉢の中の粉を、さじ2杯づつ紙に包んでいった。
「ただの風邪ですから、二・三日もすれば良くなるでしょう。京楽隊長、これを。食後に必ず飲むように」
卯ノ花の処置のおかげか、七緒が入ってきた時よりも顔色が良くなり、今は布団から体を起こしている。京楽は薬の包みを受け取り、「ありがとう」とお礼を返す。
京楽が風邪と診断され、ほっと胸をなでおろしたのか、両の肩から力みが消えていた。その様子を見ていた卯ノ花が失笑をもらした。
「卯ノ花ちゃん、どうかしたのかい?」
「いえ。先ほど、私の部屋に伊勢副隊長が飛び込んで来られた時は、何事かと思いましたけど。それも、泥だらけで……」
「えっ…あっ…それは……その、あの……すみません……」
 頬を染め、視線を下げてしまった。
「ふふっ……。良いのですよ。ただ、伊勢副隊長でも慌てられることがあるのですね。勇音も驚いていたようですけど」
「そんなに、すごかったのかい」
「それは、もう」
 二人の笑い声が、隊首室を優しく包み込んだ。その雰囲気は卯ノ花が席を立つまで絶えることはなかった。

 日も落ち、夕べの(とばり)が下りる頃、京楽と七緒は隊首室にいた。
  結局、昼を過ぎるまで職務を休んでしまったことが、七緒にとっては悔やまれた。副隊長としては、隊長が職務を全うできない時こそ、隊長の代わりとしてしっかりしなくてはならないのだが、今日はなぜか、京楽の元を離れる気にはならなかった。
「今日はごめんね。迷惑かけちゃってさぁ」
「いつもと、そう変わりませんから、大丈夫です。それに、そう思っていただけるのならば、早く治して、真面目に職務を全うしていただけるとありがたいのですが」
「手厳しいねぇ……」
 自分の額を軽く叩いた。
 枕元には夕餉(ゆうげ)として出されたお(かゆ)があった。鍋の中は半分ほど無くなっていたが、ほのかに湯気を立てているところを見ると、(ふた)を開けたのは、つい先ごろのようだ。付け合せに梅干とたくあんがあったのだが、それも、少ししか口にしていない様子であった。
「お口には、合いませんでしたか?」
「ん〜。そうじゃないんだけど。ただ、食欲がちょっとね……」
「そうですか。では、明日は量を少なくするように言っておきますね。隊長も今日は、早めにお休みになってください」
「へいへい」と言いながら、京楽は布団にもぐり横になった。それを確認すると、お盆を持ち、隊首室を後にしようとしたその時、 後ろから囁くような声で「ご馳走(ちそう)(さま)」そして「ありがとう」と聞こえた。その声に対するように、頭を下げ部屋を後にした。
 縁側には涼やかな風が流れていた。その中を歩く七緒の表情はどこか嬉しそうであった。
 一陣の風が、草木をざわつかせた。見上げると雲が流れ、見事な三日月が顔をのぞかせた。
 ――明日は、少し早起きしなければならないですね。
少し、嬉しそう微笑みながら、そう思う七緒の頬を風が優しく撫でていった。





 花と冷やし飴

 日も落ち、涼風(すずかぜ)が吹きぬける境内には明かりと祭囃子(まつりばやし)、目と耳に小気味良く響いてくる。夏の風物詩とはよく言ったものだなと心の底から感心する。
 浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)は浴衣に身を包み、境内の入り口近くの鳥居に寄りかかりながら、涼風にその長髪を揺らしていた。
「隊長、遅いですね」
 先ほどから、浮竹の眼前を行ったり来たりしながら、不満を漏らしているのは部下の虎徹清音(こてつきよね)である。彼女もまた、濃い黄色が目に鮮やかな浴衣を着ている。
「少し落ち着いたらどうだ。まだ、待ち合わせの時間には早いし、きっと、もうすぐ来るだろうから……」
 何度この言葉を口にしたのだろうか。遅い遅いと嘆息(たんそく)を漏らしているが、待ち合わせの時間にはまだ間があった。
「きっと、姉さまが遅れているのよ」
「あのなぁ……」
 思わず、頭を抱えた。
 ――それにしても、確かに遅いな。いつもならば、そろそろ着ても良い頃なのに……
 浮竹が待ち人と会う時は、決まって待ち人の方が先に来ているのだが、今日はいつもと違っていた。珍しく、浮竹の方が先に着いているのだから。
「隊長、何そわそわしてるんですか?」
 清音は含み笑いをしながら、問いかける。
「なっ! べっ、別に、そわそわしていないぞ」
 意味ありげに笑いながら、鳥居の柱のわきから顔を覗かせてみたり、しゃがんで下から見上げてみたりと、まるで子供のようにはしゃぎ始めた。どうも、祭りの雰囲気にすっかりと飲み込まれているようであった。
 あまりにも、見られるので恥ずかしくなり顔を伏せていると、「遅くなりました」と声をかけられた。振り返ると、浴衣に身を包んだ女性が二人、浮竹の目に飛び込んできた。
「せっかくお誘い頂いたのに、遅くなって申し訳ありません」
 物腰柔らかく、卯ノ花(うのはな)は浮竹に軽く頭を下げた。
「いや、俺たちも、今着たばかりだから……」
「そうですか」
 浮竹の言葉に、笑みを浮かべ答えた。互いに、気を遣い合いっている事はわかっているのだが、どちらにしても些細(ささい)なことなので、深くは追求はしないし、してもしょうがない。もっとも、待ち合わせの時間には来たのだから、どうでも良い事だった。
 そんな、浮竹と卯ノ花の気遣いを清音は足蹴(あしげ)にしてしまった。
「姉さま、遅い!」
 清音は卯ノ花の後ろに立っている、自分の姉・虎徹勇音(こてついさね)に対して不満を漏らし始めたのだった。
 額に手を当て、大きくため息をつく。もちろん、姉妹同士だからこそであろうが、もう少し考えても良いのでは思えてくる。
「ご……ごめん」
 女性にしては長身の勇音が、シュンと小さくなる。
「清音さん、ごめんなさいね。私が、身支度に手間取ってしまったものだから……」
「いっ、いいえ、そんな。卯ノ花隊長を攻めているわけでは、決して!」
 卯ノ花が謝ったことに、全力でブンブンと首を振って否定をした。虎徹姉妹が並んでシュンとしているところを見ると、見た目は違えど良く似た姉妹である事を再度確認させられる。
 二人を見て、薄く微笑(ほほえ)卯ノ花の隣で、浮竹がため息を漏らしていた。
「そう言えば、今日は、御親友(ごしんゆう)のお姿がありませんが……?」
「御親友ねぇ京楽(きょうらく)なら、『今日は、七緒(ななお)ちゃんが雛森(ひなもり)ちゃん達と出掛けたから、一人寂しく屋根から花火でも眺めますよ』って」
「そうですか、一緒にいらっしゃれば宜しいのに」
「……卯ノ花は、京楽がいた方が良かったか……?」
「いえ、いつも浮竹隊長と御一緒させて頂く時には、必ず京楽隊長がいらっしゃるのでいつもとは、違うと思いまして……」
「そうか?」
 内心、ほっと胸をなでおろす浮竹であった。実のところ、京楽が居ないのには、伊勢が居ないと言う事も理由の一つではあるのだが、もう一つ理由があった。
 京楽の心遣いか悪戯(いたずら)なのかは知らないが、出掛けに浮竹の元に現れ、「今日は、僕はお邪魔になると悪いから、君と卯ノ花ちゃんの二人で楽しんでおいでよ。たまには、二人きりの祭りも良いものだよ」そう言い残し、自分の隊舎へと帰っていったのだ。満面の笑みを浮かべて……。
 浮竹も京楽を当てにしていた部分が多々あった。隊務や自身の診察以外で卯ノ花に会う時には、京楽が側に居る事が多かった。もちろん、常ではないにしろ居ることのほうが多いのは事実であった。本来ならば、今隣に居るのは京楽のはずなのだが、どういう分けか清音が一緒に居る。
 清音にしても、最初は「姉と待ち合わせがあるので一緒に」と言っていたのだが、今では浮竹と卯ノ花の間に入り、当の姉は後ろで、話に入れず一人気まずい雰囲気になっている。なんだか、はたから見ると『親子』のような状況である。
 ――京楽、すまん。
 心の中で、謝ってしまう浮竹であったが、どこかほっとしている自分がいることに少し情けなくなってくる。
 久々の祭りは楽しかった。本来ならば、卯ノ花と境内(けいだい)の中を歩きながら、ゆっくりと見て回るつもりだったのだが、清音があちらこちらと三人を連れまわすように歩き回り、一通り見て回り、ようやく腰を落ち着ける事が出来た。
「隊長、大丈夫ですか?」
「あぁ。でも、少し休ませてくれ」
 そう言いながら、休憩がてらに冷やし飴を注文した。
「だらしないですよ、隊長!」
「清音、なんて事を……」
 腰に手を当て、浮竹の眼前で仁王立ちし言い放つ妹の口を、姉の勇音があわてて押さえ込む。その光景がおかしかったのか、卯ノ花の口から笑みがこぼれた。それにつられ、浮竹も笑う。
「あっ、あの……卯ノ花隊長。私たちは、もう少し縁日を見て回ってきますから、ごゆっくりなさってください」
 そう言い、軽く頭を下げると清音の腕を引きながら縁日の中へと向かっていった。
「姉さま! 私、冷やし飴……まだ飲んでないよ!」
 その様子を、卯ノ花も浮竹も手を振って見送った。
「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞ」
 二人の間に、お盆に載せられた冷やし飴が置かれた。一口・二口と口へ流し込む。飴の甘い香りが口いっぱいに広がる。
「すまなかったな。折角の祭りなのに……」
「いえ、お気になさらず。清音さんのように元気のある隊員は、私の隊では少ないですから、たまには、気持ちの良いものです。それに……」
「んっ?」
「   」
 ドンと、大きな大きな音が響き渡り、卯ノ花の言葉をかき消した。音の方を、見上げると明るく大きな大きな花火が、祭りを彩っていた。
「卯ノ花、今なんて?」
 浮竹は、花火に隠れてしまった卯ノ花の言葉を尋ねた。が、頬を朱に染めた卯ノ花に笑顔で「二度は申しません」と断られてしまった。少し、ふてくされた浮竹だが、お返しとばかりに花火を見ながら囁く。
「夜空の花より、隣に咲く白い花……か」
「何か……?」
 浮竹を見つめながら卯ノ花が問いかけるが、浮竹は「二度は言わん」と子供のように胸を張って答えた。そして、どちらともなく自然と笑みがこぼれた。
 二人の間では、寄り添う湯飲みの中で氷が、小さな小さな音を心地よく響かせていた。






 祝福の秘薬

 水の上に(たたず)雨乾堂(うげんどう)――初夏の暑さも、ここでは無縁のように思えた。
「京楽。何も、ここに来て一人で晩酌する事も無いだろう……」
 浮竹十四郎は少しうんざりした様に呟いた。
「御免よ。でも、ここから見る月もさることながら、水面に映った月が何よりきれいでさ……」
「あのなあ…」
 こうなると、目の前の男が気の済むまで帰らない事を知っている。
 そう――誰よりも、付き合いの長い浮竹本人が……。
「伊勢君と何があったんだ?」
「別に。これと言って、なぁんにも。ただの気まぐれさ」
 振り返らず、ただ月を見ながら杯を空にする友人。
「どうだい、色男?」
 皮肉。相変わらずだなと思いながらも、差し出してきた杯を受け取る。
「一人で飲むのも飽きたのか? それとも、これが目的か?」
「たまには、野郎二人きりもオツなもんだよ?」
 やれやれと思いながらも、京楽(きょうらく)らしい行動に自然と口元をほころばせた。当の浮竹も、京楽と呑む事を煩わしいとは思ってはいない。むしろ、その逆――。
 二人の真ん中に置かれ貧乏(びんぼう)徳利(とっくり)を取ると、注ぎ口を京楽の杯へと持って行く。すると、今度はその注ぎ口が自分の方へと向けられる。
 一口、二口をゆっくり飲む。僅か辛味が、口に広がり喉を滑り落ちてゆく。
「……美味いな」
「だろ。我が家の蔵から、ちょっと拝借してきたやつさ。親父殿の秘蔵だったかな?」
 思わず噴出しそうになる。
「ごほっ! 京楽、お前!」
 口元を拭いながら、京楽の方を振り返ると、大笑いしている親友の姿があった。
「冗談だよ。冗談。ちゃんと自分のお小遣いで買った酒さ。行きつけの酒屋に久々に入った上物」
 逢いも変わらない子供っぽさ。外見は髭まで生やした、親父と言われてもおかしくないのだが……。
 それでも、そこが京楽春水の持つ魅力――なのだろう。ゆるく、ゆるく物事を見る。だからこそ、何手先をも見通す事が出来る程の武人に成っているとも言える。
 だからこその護廷(ごてい)十三隊(じゅうさんたい)の隊長なのだろう。
「浮竹隊長―!」
 開かれた障子戸から、虎徹清音(こてつきよね)の元気な声が聞こえてくると同時に清音本人が顔を覗かせた。
「や〜、清音ちゃん。一緒にどうだい?」
 笑顔で徳利を持ち上げて見せた。
「お構いなく。私は、お客人をお連れしただけなので」
「客人?」
「はい。あっ、でも、浮竹隊長じゃないですよ。京楽隊長にです」
「僕に……?」
 二人は思わず、顔を見合わせた。
「探しましたよ。隊長」
 人の良さそうな好青年が、清音の後ろから顔を出した。
「壬生君」
「おやおや、こんなところまで。どうしたのさ?」
「いや〜、ウチの隊首室にいらっしゃらなかったので。そしたら、絶対ここだって言うので……」
「? 誰にだい?」
「伊勢副隊長にです、よっと!」
 壬生は、口元を緩めると清音の影から少し小さめの角樽(つのだる)を取り出した。
「角樽なんて、どうしたんだ?」
 浮竹が疑問を口にする。
「今日、隊長の誕生日ですよね。これ、自分と副隊長からのお祝いです」
「京楽の……そうか、今日だったのか」
「僕……誕生日だっけ……?」
「ご自分の誕生日を、忘れないで下さいよ。大体、職務時間終わったら、知らない間に居なくなってるんですから…」
 ごめんごめんと、頭を掻きながら少し照れくさそうに笑う京楽であった。
「それにしても、伊勢君は何でもお見通しなんだな。京楽がここに居るのがわかるなんて」
「そりゃ、浮竹。僕と七緒ちゃんの深〜い仲だからねぇ。で、七緒ちゃんは?」
「えっと……先程から、自分のお隣に……」
「「え?」」
 京楽と浮竹が同時に声を上げた。
 直後、厳し気ながらも、どこか婉然(えんぜん)とした伊勢(いせ)(なな)()が姿を見せた。
「隊長」
 静かな声色で、京楽に迫る。
「私と隊長のどこが、深い仲なのでしょうか?」
「そりゃ、僕と七緒ちゃんがさ」
「浮竹隊長! 誤解ですから!! そんな事実は無根です!」
 ぬけぬけと言い放つ京楽の台詞に、七緒は顔を朱に染め浮竹に対し必死に訴えていた。それが面白いのかどうか解からないが、京楽もからかうように同じような台詞を口にし続ける。
 その場に居た誰もが――そう。
浮竹十四郎も――
虎徹清音も――
 壬生天十郎も――
 京楽春水も――
 そして……
 伊勢七緒でさえも……
 心のそこから、笑い楽しんでいるようであった。