第9章 愛の力を家庭から社会へ



家庭内暴力や非行の原因は両親にある


 子供は両親の愛情を栄養として育ち、両親の生きざまを規範としながら大人になってい
きます。家庭は愛を育て完成させるための道場であり、人格形成と何が善であり何が悪で
あるかという規範教育のための、最も重要な拠点です。
 その家庭が家庭らしさを失い、潤いが無くなりつつあるのですから大変です。無気力、
いじめ、家庭内暴力、登校拒否、性犯罪の増加は、いずれも親の子供への態度に、根本的
な問題があるからと断言せざるを得ないでしょう。
 友人の教師が、最近のいじめの問題についてこんなことを語ってくれました。
「他人を大切にできないのは、自分が大切にされたことがないからなのです。親から大切
にされてきた子供は、自分がされたと同じように友達をも大切にしています。成績の悪い
子や態度の悪い子を立ち直らせるたった一つの方法は彼らの親になりきることで、できれ
ば父親と母親の両方の役がそろうといいですね。みんな淋しいんです。このごろは親が親
としての役目を果たしていませんから。心のリハビリセンターがあって、そこへ行くと自
分の父親と母親になってくれるカウンセラーがいる、そんな場所があればいいなと思って
いるんです」
 誰もが心の奥底で、愛されたかったという愛の恨みを持っており、そのバランスが父親
の方にかたよっているか母親の方にかたよっているかで、人間関係に微妙な影響を与え、
願わざる不幸を自ら招くことになってしまうのです。

男性拒否症と女性拒否症


 男性拒否症と女性拒否症とは、私がかってに付けた名前ですが、家庭環境の中で両親か
ら受けた心の傷が原因になって男性あるいは女性とうまく接することができない、つまり
反発したり軽蔑したり、自然にふるまえなかったりするという症状のことです。
 この症状は程度の差こそあれ、すべての人に現れており、上司や友人、夫婦関係がうま
くいかない人を調べると、必ずこの問題に突き当たることに注目していただきたいのです。
 子供にとっては、両親の仲が良いことが最も嬉しいことであり、夫婦ゲンカは心臓が凍
りつくようなショックで、大きな心の傷となってしまいます。
 幼児にとっては両親はまさに先生そのものであり、絶対的な信頼を寄せている存在です。
その二人が、目の前でお互いの性格をののしりあっていたら、その信頼は音を立てて崩れ
てしまいます。
 人間不信の出発点は、実は親への不信にあるのです。人を信じることのできない人が意
外に多くいますが、彼らは幼児期や少年期に夫婦ゲンカや尊敬できない親の姿を何度も見
せられてきた、かわいそうな人と言えるのではないでしょうか。
 父親と母親への不信と、愛されなかったという愛の恨みは、記憶には残っていなかった
としても、潜在意識の中にしっかりと刻み込まれます。そしてそれが人格の中心となり、
顔にまで現れてくるようになります。
 この愛の恨みが親から子、子から孫へと雪ダルマ式に相続されていくと、やがて人のこ
とを思いやることができないばかりか、いじめたりして人の不幸を喜ぶ人間が増えてくる
ようになってしまいます。
 家の中から団欒が失われ、家族のきずなが失われつつある現在、人間の尊厳性はこのよ
うにして確実に蝕まれ、社会的な病理現象が広がりつつあるのです。

上司や男性に反発する人は、父親に反発していた人


 上司となかなかうまくいかない人や、男性にすぐ反発してしまう女性の場合、そのほと
んどが父親との関係に問題があったと考えることができます。
 権力的な父親を見ながら、いつも心の中で反発していたわけですから、かつての父親と
同じような権力的にふるまう人を見ると、生理的に反発してしまうのです。体制や国家の
権力姿勢を許せないといって共産主義運動に走る青年を調べてみると、そのような家庭環
境の中で育っていることが多いのです。
 両親の仲が悪く、浮気等の問題が具体的になる場合、子供は心の中でどちらかの親を軽
蔑するようになり、結婚や夫婦の愛を信じられなくなってしまいます。
 そのような家庭で育った女性の場合、男性に対して無意識のうちに嫌悪感をもって向か
うようになりますから、男性との関係がスムーズにいかずに恋愛や結婚に失敗してしまう
ことが多くなってしまいます。

非行やノイローゼは、母親が潔癖すぎて甘えられなかった場合に多い


 家庭の中で母親が母親らしくない場合、たとえば父親が弱すぎてそのため母親が一家の
主人のようだったり、性格が潔癖すぎて子供が甘えることができなかった場合等には、淋
しさから非行やノイローゼ等の問題が生じやすくなります。
 本人の意志力が強い時には、母親への愛の恨みや反発が他人への暴力となり非行となり
ますが、意志力が弱い時には自分の内にこもるようになり、心がその緊張に耐えられなく
なり、ノイローゼとなるのです。
 母親に虐げられて小さくなっている父親を眺めている息子は、父親をばかにしながらも
同じ男性としての無念の思いを受け継ぐようになり、母親への反発はそうとうなものとな
ります。
 いずれにせよ一人の人間の人格は、両親から善きにつけ悪しきにつけ、大きな影響を受
けており、親が苦しみ悩んだ課題をほぼ同じように歩んでいるのではないでしょうか。
 親が人間関係に難しい人の場合、子も人間関係で悩み、浮気や男女問題があると同じよ
うに結婚生活がうまくいかず、金銭にルーズな親だと子も金銭問題で悩むようになるので
す。
 きりっとして節目のある人は父親の良き影響を受けている人であり、温かい思いやりの
ある人は母親の良き影響を受けている人と言えるのではないでしょうか。

家庭で祖父母、両親、兄弟との情関係を結ぶことの大切さ


 両親との関係が人格の根に当たるとすれば、家庭内での人間関係も、幹となり枝となる
重要な要素です。
 昔から長男やひとりっ子の性格について語られてきたように、兄弟が何人いるかは性格
に大きな影響を与えます。男性からみれば、姉や妹がいれば思春期になっても女性に自然
に接することができますし、兄弟が多ければ小さい頃から人と接することの難しさを身を
もって学んでいくことができます。
 祖父母がいれば、老人を尊敬しその知恵を学ぶことを覚えますから、社会人となってか
らも自分の祖父母と同じような年代の老人を大切にし、同時に老人からも愛されます。
 人当たりが柔らかで、誰からも好かれる人は、祖父母、両親、多くの兄弟たちの中で大
切にされ愛されて育ってきたという場合が多く、いつもむっつりしていて、人の善意を信
じようとせず誰からも嫌われる人は、愛情のない冷たい家庭で育っており、当の本人も自
分のそういう性格に苦しんでいる場合が多いのです。
 愛されなかったという愛の恨みは、誰もが心の奥底に持っていますが、この心の歪みが
どの程度のものかをまず自分で正確につかんでおかなければなりません。父親像に歪みが
あるのか母親像に歪みがあるのかをチェックし、心の修正作業に取り組むのです。
 ずれてきた出発点は両親にあるのですから、まず自分が得られなかった父親像母親像を
具体的に探し求めなければなりません。それは過去の聖人や偉人と呼ばれる人よりも、身
近な叔父さんや尊敬する教師の方が、愛情が具体的になりますから望ましいでしょう。
 そしてその代理となった父親と母親を通して過去の心の恨みを解放する作業を繰り返す、
信頼し相談し報告し喜んでもらうことにより、心が少しずつ生まれ変わっていくのです。
 心に秘めた問題を相談できる人がいるというだけで、ほとんどすべての問題が解決され
てしまいます。誰か聞いてくれる人がいて、その人に心の悩みを打ち明けることによって、
閉ざされた心が解放されていくのです。
 ですから、どれだけ親身になって自分のことを聞いてもらったか、その回数が多ければ
多いほど、心は溶かされ解放されていきます。
 それは薄皮をはがすように少しずつではありますが、何年かの間の中で必ず解決される
ことを確信してください。
 その相談相手が、親友とか妻とか夫になる場合もあるかもしれませんが、いずれにしろ
心の歪みを修正し、愛されることよりも愛することを願う人間となり、家庭を築き子供を
育てていくならば、溢れんばかりの愛の力が家庭から社会へと広がり、世界は確実に生ま
れ変わっていくことになるはずです。
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