塾の合格実績は重要か?

中学受験をする学習塾は、合格実績を前面に打ち出すところが多数あります。
「開成20名、麻布10名、桜蔭15名合格!」のように、昨年度の合格者数をアピールします。
合格者数は少ないより多い方が期待できそうですが、この合格実績を、どう考えればいいのでしょうか。

よく、こう言われます。
【その1】合格実績は指導力の表れ
大手塾が合格実績を前面に掲げるのには、理由があります。
よく言われるのが、この2点です。
@適切なカリキュラム
 私立中学受験は、小学校では全く習わない内容が多くあります。学校の補習でなく、塾でグイグイ引っ張る必要があります。指導内容・カリキュラムが重要になります。もし高校受験主体の小規模塾で、何を教えればよいのかが的外れでしたら、いくら先生が親切でも合格は厳しくなります。
 さらに中学受験に対応するカリキュラムといっても、偏差値50の学校受験に必要な知識と、偏差値70の学校に必要な知識は大きく違います。たとえば昭和秀英・専修大松戸の合格者は30人いるのに麻布開成桜蔭はゼロだと、難関校に対応したカリキュラムではないのでは?と疑問に思えてしまいます。入試に特別詳しくない普通の保護者が、カリキュラムの分析まではなかなかできませんが、合格実績を見ると大まかに推測することができます。

A先生の指導経験
 中学受験は先生の指導経験が非常に大切です。
 理系の東大生でも、特殊な文章題はスラッとは解けませんし、入試の選択科目が物理化学なら、天体の「夏の大三角」、「春の七草」を覚えていないことがあります。中学入試に慣れていない先生だと、中学入試でどこまで教えたら良いのか分からず、大切な知識を軽視して、滅多に出ない内容に時間をかけてしまうかもしれません。
 また、スランプなしで順調に伸びる「順風満帆」の合格は、ほとんどありません。大学受験の浪人生でなくて子どもの小学生ですから、精神的なサポートが非常に大切です。
 特に偏差値が下がった時に、指導経験が豊富だと安心して任せられます。たとえば「昨年開成に合格した××君も、9月に算数の過去問解いたら4割しかできなかったけど、1月には7〜8割できるようになった。9月に点をとれなくてもめげるな!」などと生徒を根拠を持って励ますこともできます。指導経験があれば、先生自身も迷わずに、信念を持って指導にあたれます。


【その2】合格者数を重視した塾選びの批判


ところが、合格者数を前面に打ち出してPRする大手塾のやり方を、批判する人もいます。その中身は、このようなものです。
@受験者数がまるで違う
在籍生徒数が多いから、受験者数も合格者が多いのは当然です。合格者も多いが、不合格者も多いはずです。
大規模な塾が、生徒数1000人で御三家に30人合格させたとします。生徒数20人の小規模塾は、どう頑張っても御三家合格者数では太刀打ちできません。いくら合格率が良くても、成績を上げても、指導内容はなかなか伝わりませんから、大規模塾が圧倒的に有利になってしまいます。

A「合格者数=伸ばした」ではない。
大手塾は「入会テスト」で一定の点数を取った生徒だけを受け入れるところが目立ちます。もともと成績の良い生徒なら、成績を伸ばさなくても有名校に合格させられます。はじめから成績が良くて勉強の姿勢が身についていいる生徒でなくて、普通の生徒を伸ばしてくれる塾こそ、本当に「力をつけてくれる塾」と言えます。

B合格者数至上主義で弊害が大きい
 
有名中学の合格者数を増やすこと自体は、批判されることではありません。一生懸命工夫して生徒を教えて合格に近づけるのは当然ですし、結果として生徒が合格して喜ぶ姿を見るのは塾講師として非常にうれしいものです。
 しかし、次の年の生徒集めに良い宣伝効果がでますので、合格者数を増やすために、批判を浴びる手段に出る塾があるのです。たとえば・・・
「第一志望校の開成中に合格した後に、行く可能性がない慶応中等部も受験だけはするよう強く指導する」
「宣伝効果の高い有名校を、合格可能性が低くても多数受けさせる」(ぎりぎり受かりそうな学校を受けないため、かなり不本意な中学に進むしかなくなる)
「短期間の講習、日曜講座だけ受けた生徒も、合格者としてカウントする」
「同じ授業料なのに、上位クラスだけ授業時間が、大幅に長い」


【その3】合格者数に代わる指標
合格者数は、塾の実力を示す目安の一つにはなりますが、合格実績が指標として万能ではありません。問題点もあります。では、合格者数より的確な指標はあるのでしょうか。中には「合格率」「偏差値アップ」打ち出す塾もあります。

@何%の生徒が受かったかという「合格率」
 「在籍生徒20人のうち8人が市川中に合格して、合格率40%です」というような合格率を示す方法もあります。合格者数は8人と少なくても、40%が合格するなら「すごい塾」と言えそうです。
 ただし、これにも問題はあります。校風や通学に時間がかかるなどの理由で、合格圏内の生徒が12人いても、8人しか受けないかもしれません。そこを塾の方針で「1月校に受かって安心して2月1日に臨もう」とでも強く打ち出して全員受験させれば、「市川8人合格」から「市川12人合格」に増やせます。「上位生12人全員、市川・東邦・渋谷幕張の3校受けろ!」と強い指導をして受けさせれば、渋幕は半分しか受からないとしてもも「在籍生徒20人で、渋幕・市川・東邦に計20人合格」と打ち出せます。有力な指標とも言える「合格率」は、実力をつけなくても、受験校選びで強い指導をすれば、上げられるのです。
 別の種類の合格率を出す塾もあります。「受験者の中で何%受かったか」という合格率です。
 たとえば市川学園中学の21年1回入試では、受験者数3294人、合格者数1341人で、合格率40.7%です。中小塾で市川学園を10人受験して7人合格したら合格率70%だから、この塾の合格率は圧倒的に良いことになります。

 しかし、これも塾の善し悪しとは少しずれるようです。1月の入試日程はあまり重なっていないので、多くの学校に挑戦できます。何年か連続して「合格率80%以上」などと宣伝している塾で、「合格可能性10%もないけど、あこがれの第一志望校・市川学園に挑戦したい」という生徒がいたら、説得して志望校変更をさせたくならないでしょうか。快く「がんばれ!」と言える塾の塾長は、素晴らしいと思います。何も言わなくても、生徒がプレッシャーを感じてしまいます。
 また中小塾では、有利な数字を打ち出すことも可能です。「麻布は3人受けて3人合格だから堂々とチラシに書こう。渋谷幕張は4人で1人しか受からなかったから合格率を表示するのはやめよう。」というわけです。
 ここまで考えると疑心暗鬼になりすぎですが・・・。

A偏差値がいくつ上昇したという「偏差値アップ」 
 首都圏模試など偏差値の出るテストでの、偏差値の推移を公表するのも考えられます。
 たとえば、「在籍6年生20人の首都圏模試の偏差値が、4月は平均48、12月は52なので平均4アップ」という出し方です。これならどれだけ伸ばしたかが明確になりそうです。
 しかし、問題もあります。成績不振の生徒4人が面倒見悪くてやめていったら、平均偏差値は自動的に上がります。成績上位の生徒を「授業料無料にするから」などと声をかけて他塾から引き抜いても平均偏差値は上がります。ですから、これも決め手にはなりません。
 
6年の最初と最後のテストを両方受けた生徒だけのデータなら比較しやすいのですが、4月の首都圏模試は5年の内容を全く復習せずに受けると低めの偏差値が出るため、偏差値をアップさせやすいのです。

【その4】結論は「ひとつの指標では分からない」
 こうして見ると、塾を選ぶにあたって、合格実績にかわる的確な数字は見当たらないのがわかります。「合格率」や「偏差値アップ」も別の問題がありますし、多くの塾が同じ基準でデータを公開していない以上、比較は困難です。絶対的に塾の価値を決める数値ではありませんが、塾選びの参考にはなるのです。
 ですから、指導方針の説明を受けて、先生の授業をじっくり見学して、すでに聞いた評判と総合して「信頼できる」と判断できれば、合格実績が弱くても入塾させられるのです。新しい塾で合格実績がなくても、先生の質や指導体制を信頼できると思えれば、任せられるのです。


【その5】でも、やはり合格実績は重要
 とはいっても、現実的に塾の中身を隅々まで知ってか入塾を決めるのは、困難と思います。通っている人に聞いても、ニーズが違っていて受け取り方が違うことがあります。たとえば「できるまで授業を延長して指導する」という方針ですと、「熱心で有難い」と受け取る保護者もいます。一方で「何時に終わるか分からないので、迎えに行っても待たされる。授業計画がずさんな塾だ」と批判する保護者もいるでしょう。
 よくわからない時に、塾に自分の子どもを任せられるかの最大の指標は、やはり合格実績なのです。合格実績だけで「自分に合った塾を選ぶ」のは無理でも、「ハズレではない無難な塾」は選ぶことはできるのです。
 更に「合格実績は重要」という理由には、先に挙げたよく言われるものの他に、次のようなものがあると思います。

@競い合う仲間がいる
先生の指導力以外に、競い合う仲間がいるというのも重要です。
「小テストや模試の偏差値で、負けたくない相手がいると、毎週気を抜かずに勉強する」
「先生に『しっかり勉強しろ』と言われるより、友達が努力している姿を見るほうが、より刺激を受ける」
「12月の推薦、1月の入試で、仲間が『まさかの不合格』『奇跡の合格』をする姿を見て、気を引き締められる。」
「多くの同レベルの生徒がいる塾なら、先生が持つ入試情報と指導方針は、少なくとも大きく的外れなものではない」
「開成中狙いの生徒が塾のない平日に5時間勉強していると知っても、自分と違って難関校ねらいは大変だなと考えてしまう。自分と同レベルの生徒の姿勢や努力なら、大きな刺激になる」

A上位生を満足させる指導は大変
 案外言われてないことですが、成績上位生を教えるのは大変です。問題を解くのが早いので、十分な予習なしで授業に臨むなんて論外です。
 難しい問題を質問してきますので、豊富な知識がないと務まりません。知識が足りない先生だと、生徒に信頼されず、かなり教えにくくなります。最上位クラスに実力のある先生をあてるのは、最上位クラスには並みの先生では務まらないからです。基礎クラスでは、経験不足でも熱心さでかなりの部分カバーできるのです。
 生徒より難しいのが保護者からの信頼です。宿題の量が少なすぎる、プリントでミス乱発、質問に答えてくれないといったことがあると、保護者からの突き上げが非常に強くなります。上位生の保護者は、ものすごく塾での指導に神経質になっています。1学年に5クラス以上ある大手塾でも、最上位クラスはクラスの移動が少なく、保護者同士で顔見知りになります。そういった保護者が4人集まって教室長に「社会の××先生は、いい加減なので変えてください」と迫れば、重大に受け止めざるをえません。
 このように、上位生を満足させて信頼を得るだけの先生を(高い給料を払って)揃えられる塾が、合格実績をあげられるのです。



<参考>大手塾の合格実績を見る
★大手塾でも御三家の合格者は、各校舎に数人しかいなさそうです。
★サピックスは、1校舎あたりの上位校の合格者数はかなりあります。ただ、かなりはやいカリキュラムですので、中堅校を受ける生徒はごく一部と思われます。
★市進は、校舎が多いため、開成・桜蔭狙いの上位生を、一部の校舎だけに設置するFクラスに集めて、切磋琢磨させています。

校舎数 開成 麻布 桜蔭 女子学院 渋谷幕張 市川 東邦 県立千葉 和洋国府台 聖徳
(松戸)
サピックス 32校 185 154 130 162 272 392 272 9 72 10
日能研 93校 107 80 60 111 240 336 315 23 363 83
四谷大塚 17校 89 66 53 85 150 311 260 14 239 58
早稲アカ 93校 55 31 35 75 92 168 137 8
市進 117校 47 8 15 17 87 248 243 16 206 51