なぜ勉強が必要なの?
 勉強が好きな人は、あまりいないと思います。たとえて言うなら、おいしいケーキだって、毎日大量に食べなさいと命令されれば、つらいものです。まして、面白いとは言いにくい勉強を、嫌いな教科も含めてしっかり済ませるのは、苦しいはずです。
 たとえば、「日常生活に足し算や掛け算なら必要だとは思うけど、三角形の合同や二次方程式を使うような職業はごく一部」という意見もあります。
 では、なぜ勉強をしなくてはならないのでしょうか?様々な角度からの「回答」です。

(1)将来の就職に最も役立つのが勉強
 勉強を「ピアノ」と「野球」と比較するとよくわかります。
 地域の少年野球チーム(または小中学校の野球部)に入って毎日のように野球に熱中、高校では野球の強い学校に進み、甲子園に行ったとします。ところが、卒業後にプロ野球など野球でメシを食える人は、ごく一部しかいません。
 ピアノの練習を毎日4時間しても、「有名な音楽大学」に進めるのは、非常に実力のある人だけです。音楽大学を卒業しても、ピアノの演奏だけで生活を支えられる人は少なく、近所の子を相手にピアノ教室を開く「副業」するのも少子化のために厳しくなっています。
 「ピアノ」も「野球」も、将来に直接役立つのは、かなりの少数派なのです。(もちろん、野球で体力と仲間との協調性を身につけたとか、ピアノで情緒の豊かさとか努力することを身につけたといったことはありますから、別の意味では有益ですが・・)
 一方、勉強はどうでしょうか。東大の定員は一学年約3000人です。受験戦争に「参戦」する人数は、ピアノや野球より多いとはいえ、ワクはかなり広いのです。東大以外にも「有名大学」といえる大学はありますので、有名大学に入れる人は何万人、何十万人にもなります。ある分野で先頭を走らなくても、将来直接役立つのが勉強なのです。
 有名大学に入ったからといって将来の生活が安心というわけではない時代ですが、有名大卒でないと就きにくい会社もまだまだあります。不況の時期の就職は、多くの学生が応募します。5人採用するのに1000人以上も応募してきます。全員丁寧に面接していられないので、無名大学の学生は書類専攻で大半が門前払い、日大レベル以上を一次試験に来てもらいます。東大や慶応大の学生は1次試験免除・・・こんな会社も珍しくありません。 カネを稼ぐためだけでなく、面白い仕事に就くために学歴が武器になるのです

(2)普通教育は応用がきく
 精神科医の和田秀樹氏は、「英数国理社の普通教育は、時代が変わっても対応できる」と主張していた。要旨は、こうだ。 
 開国して明治時代になり、英語ができる人材が必要になったが、寺子屋で漢文を習っていた武士は、外国語の習得の経験があるので驚くほどの吸収力で英語を身につけた。そして外国の文化を取り入れる原動力になった。江戸時代から続く商店でも、小さいころから商人として生きてきた人は同じことを続けるには優秀だが、新しいことを取り入れるのは簡単ではなかった。
 自民党の亀井静香氏は、失業対策で「多くの中高年にパソコンは無理だ。大型クレーンやフォークリフトを使う仕事なら、短期間練習しただけでできる人は大勢いる」という意味のことを言っていた。
 やはり、時代の変化に対応するには、若いころに職業に直結する教育でなく、いろいろな分野に応用がきく普通教育が必要だ。そうでなくては時代の変化に対応しにくいと思う。

(3)良い環境を手に入れられる
 ほとんどの人は、自分、あるいは自分の子どもに、良い環境で育って欲しいと思うだろう。なかには、入学時に1クラス40人だったのが卒業できたのは24人、借金取りに追われて行方不明とかバイク事故で死亡した人もいる、というような環境で生き抜いたほうが、現実を早く知ってたくましくなると思う人がいるかもしれない。しかし、かなりの少数派である。
 ほとんどの人が良い環境で育って欲しいと願うわけだが、全員良い環境というわけには残念ながらいかない。良い環境に身を置くためには、「学力」または「カネ」で良い環境で教育を受ける権利を勝ち取るしかない。試験に受かるか、高い教育費を払うしかない。
 金と努力を費やして私立中学に合格すれば、自分の希望する学校に入学できる。
 「学力」というのは、公立高校でも上位の高校なら、中退者はごく一部で、授業のレベルも一定以上で環境は悪くない。中学でも、地域によっては「国立」に合格する学力があれば環境は良くなるし、特待生入試をしている私立中もある。
 千葉県は極端な過疎地はないので、都市部でなくても5校以上の高校の中から選ぶことができる。しかし、成績が低くてなおかつ私立に通う経済力がないと、選択の余地がない。お金の面は簡単にいかないとは思うが、成績はかなりの部分、努力でカバーできるのではないか。

4)努力する習慣が身につく
 有名大学を卒業した人が就職に有利というのは、目標のために努力を積み重ねた結果、大学に入れたと考えられるからである。才能もあるが、多かれ少なかれ努力を重ねないと有名大学には合格できない。合格するだけの努力をした人なら、努力する習慣もついているので仕事をする上でもほどほど期待できそうと考えることができる。
 学歴のほか、資格でも言える。不動産取引とは無関係の職場で「宅地建物取引主任」の資格があると評価され、就職に若干有利に働くことがある。(全く有利にならない会社も多いが)   これも、目標のためにコツコツ努力したという実績を評価するのであろう。

(5)将来の進路を閉ざさない
 私の知り合いで、歯科衛生士をしていたが、学校の先生になりたくて大学に入ってきた人がいた。短大を卒業して資格を取ったが、教師になりたくて別の道に進むことにしたのだ。本来は困難なのだが、高校時代かなり一生懸命勉強していたから、教育学部の5教科入試を1回で突破できた。社会人になって勉強するというのは、稼ぎながら時間をやりくりするか貯金を吐き出すしかないので、本当につらい。
 「数学は苦手だし、将来役立たないじゃん」と思って勉強しなくても、生きていくことはできる。しかし、数学が必要な仕事は断念せざるをえない。「将来野球の選手になる!」と決意したなら、英語ができれば外国に行くのも怖くない。

(6)そんなこと、勉強しないとわからない
 なぜ勉強が必要なのか、こんなことは勉強してから初めて分かることだ。
 そもそも、初めから1つの目的で努力を続けることは、多くないのではないか? たとえば、バスケット部に入っている中学生がいたとする。入った理由は「知っている先輩に誘われたから」だったとしても、途中から「シュートが入って勝った時に気持ちいいから」になり、更には「バスケットが好きだから」とか「話せる仲間といられるから」に代わったりする。
 努力する前から、「なぜ勉強するの?」なんて考えても、机上の空論だ。勉強を始めないことには、理由なんてわからない、やっているうちに分かるものだよ