私の夢の話を致しましょう。    「雀百まで踊り忘れず」という諺があるが、私も、踊りか夢か判然とはしないが何でもそんな類の中で、それこそ夢と野望に浮かされた、若い季節を過ごしたのである。

−それは、実に楽しい日々だった。夢というものは私たち人間には大切なものであると今も思っている。

思い起こせば----その頃、私は役者として、何か月も仕事の切れている売れない役者で、そのため、芸や生活苦の不安さの連続、明日の暮らしの目処も立てられず、焦りに焦っていた時期のこと

、何かの間違いか仕事が転がり込んで来たのである。しかも、仕事は役付きの映画の出演依頼だった、嬉しかった、長い事仕事をしていないと気持ちが変になってにわかに信じられない気分になる

ようだ、一通りの嬉しさではない。天にも昇るとはまさにこの事を指すのだろう。
映画は『八甲田山』といって東宝製作の大作である。
                          
青森県の山中を背景に、真冬の吹雪の荒れ狂う大自然の猛威の中で、全てが凍りつき危険、困難に見舞われた極寒の地での撮影でした。

新田次郎さんの『八甲田山死の彷徨』が原作で、明治時代の日本陸軍の最大の悲劇と呼ばれた軍事演習と人間模様を描いた内容でその行軍の撮影は、実に難を極めた、              
スタッフの震え上がりも大変なものであった。

この状況はチャンスを狙う私には絶好なタイミングであった。この撮影状況を自分の売り出しに利用する事をきめた私は、役者一代の大勝負、乗るか反るかの賭けに出た。

監督の緊張した声の「用意スタ−ト!」で無我夢中の私は褌一丁の素裸で吹雪の雪原に飛び出しカメラの前に立ち、威勢のいい大見得を切っての大芝居を張った、「カ−ット!」監督の声を耳にし

たが跡は何も覚えてはいない、倒れたのです。

−「男の裸みて、何が面白ろいねん」 これには参った。

このシ−ンは作品効果としてのその評価は抜群だったが、天は我を見捨てた!命を賭けた役者の大勝負も、焦りに焦って自分本位の芝居しか出来ない役者の芝居はそれだけのものでしかなく、

一人相撲で終わった。

「えろう、悲しゅうて、辛ろうおましたで----

さ、此処で、「雀百まで----」ですが、アノ事がもとで役者の看板は下ろしたが、然し体の中では夢は生きていた、私は不死鳥のように蘇った、

夢を捨てなかったから立ち上がれたと信じている、それに映画のあのシ−ンに感動してくれた多くのファンの支えもあり、友人の輪と広がり、今は、身はプロデュサ
-に変じて、
 現在に至っている

夢を見ることで人間は明日を生きられ、毎日の楽しい生活が得られるこれからも素敵な夢に出逢えるよう相互に努力をし、頑張りましょう。
 「小林八郎 ・記」