例えば、無人島に漂流しちゃったりなんかしても。
そこに海があって、傍に皆がいれば、とりあえず餓死と凍死はしなくてすむと思います。
A japanese-style afternoon tea
is time of happiness
部員全員のマイバケツとスコップ、更には七輪と炭が完備されたテニス部部室なんて、日本広しと言えど、うちくらいしかないと思う。
「しかも年季入ってるしさあ……」
「何一人でブツブツ言ってんの、」
「独り言多いよな、お前」
「すいませんね。あ、今日は焼きウニが食べたい!」
「そりゃ俺だって食べたいけどね。こればっかりは運次第だろ、なあ」
「そうだなあ」
「そこを根性でカバーだよ!」
「無理だって」
「そこまで言うなら自分で潜って取って来いよ。そしたら焼いてやるからさ」
「わかった!」
『え!?』
見事にハモったサエちゃんとバネちゃんの声をBGMに、セーラーのリボンの結び目を解く。
途端に響き渡る、慌てふためいて上擦った声。
「ちょっと待った!!」
「何考えてんだ!!」
「何焦ってんの。ちゃんと下に着てるよ、ホラ!」
『わーっ!!!』
セーラー服の裾をひょいとめくり上げた途端、二人の声がまたもキレイにハモった。
サエちゃんは青く、バネちゃんは赤くなった顔の中で、落ち着きなく視線が動いて、そんで。
『……………………』
「ね、着てるでしょ、水着」
「……お前な……」
「……あー焦った……」
「いくら相手が幼馴染だからって、男の前で裸で泳いだりする訳ないじゃん」
「……そう願いたいね」
「っつーか!脱ぐならさっさと脱げ!何かそういう中途半端なカッコのがヤベェ!」
「あ、それは言えてるかも。中身知ってても、こういうカッコだと何かそそるよね」
「……は!?何言ってんの!?」
「だから、単なる裸とか水着姿より脱ぎかけの方がエロ……」
「ぎゃー!!信っじらんない、サエちゃんとバネちゃんのエッチ!!」
「うるせーな!男なんてみんなスケベなんだよ!!」
「真理だね」
「サイッッッテー!!」
ロミオだ王子様だっつって騒いでる子達に聞かせてやりたいわ、今の台詞!!
どこのエロオヤジだ、佐伯虎次郎!!
ざくざくと乾いた砂を蹴散らして二人から距離を取って、浜に放置されたボートの陰で制服を脱ぎ捨てる。
丈の短いタンクトップとショートパンツのセパレートは、一見あんまり水着っぽくないデザインで、最近のお気に入り。
制服をたたんでいると、突然頭上から声がして、視界が白く染まった。
「、これもたたんどいて」
「わっ」
「あ、俺のも頼むわ」
「あーもう!」
ばさりばさりと頭の上に被さった白いシャツ二枚、掴んで頭から引っぺがすと、元々着てたハーフパンツタイプの水着一枚になったサエちゃんとバネちゃんが、こっちにヒラヒラ手を振って、海に飛び込んでいくのが見えた。
日に焼けた背中はあっという間に波間に消える。
自分たちのシャツくらい、自分でたたんでけっつーの!
「んっとにもー」
ばっさばっさとシャツをたたんで、自分の制服や持って来たタオルと重ねて、風に飛ばされないよう適当な大きさの石を重石に乗っけて。
いざ!と飛び込んだ六月末の海は、やっぱりまだちょっと冷たかった。
「うわー!どーしたの!」
学校への道の途中、背後で響いた声に歯をカチカチ鳴らしながら振り向くと、マイバケツを抱えた剣太郎たち潮干狩り組が走り寄ってくるところだった。
バケツの中でがしょんがしょんとアサリの殻がぶつかり合う音が響く。
また無駄に大量に獲りまくってきたのか……。
「すごい、唇真紫だ!何したらこんなんなるの!?」
「……見りゃわかんでしょ!」
「何、。水着着てったの、海に入ったの?マジで?」
「だーかーらー!見ればわかるでしょっ……っくしょぉいぃ!」
「……くしゃみするんでも、もうちょっと可愛く出来ねーの」
「うるさいよダビ……ふえっくし!」
「ああもう、何やってんだか」
ちょっと大袈裟過ぎるんじゃないの?って感じの溜息と共に、亮ちゃんの腕がくるりと弧を描いて。
赤いジャージが羽織ったタオルごと私の肩を包み込む。
さっきまで着てた亮ちゃんの体温が移ったジャージの温かさに思わずほっと息をついた。
おおおおお、温かい……!
「ありがと亮ちゃん〜」
「まだ海水浴のシーズンじゃないぞ。何考えてんの」
「だってみんな普通に潜ったりしてるからー、もう平気なのかと思って……」
「あはははは、と僕らとじゃ鍛え方が違うよー」
「うっさい!」
能天気に笑う剣太郎のいがぐり頭に渾身の力でチョップを振り下ろす。
手に持ったバケツの中身をがしょんがしょんとやかましく鳴らしつつ、ひどいよーっと叫ぶ剣太郎を思いっきり無視して、亮ちゃんの隣に並んだ。
暖を求めて擦り寄るついでに亮ちゃんのバケツの中を覗き込む。
こっちも無論アサリ……と思ったら、なんか様子が違った。
「亮ちゃん、これ……ワカメ?」
「そう。これも味噌汁に入れてもらおうと思って」
「部室の包丁、確か研ぎすぎて刃が摩滅して、とうとうこないだ捨てたんじゃなかったっけ」
「そうだったっけ」
「そうだよ。新しい包丁まだないよ、どうやって切るの」
「手で千切ればいいだろ」
「……ワイルドだね……くしゅっ!」
「ワイルドでまいるどー……プッ」
「タダでさえ寒いのに余計寒々しくなるようなこと言うな」
「剣太郎、ひとっ走りしてバネ呼んで来て」
「えーめんどいなあ。それに今のの一言で十分ダメージ受けてるよ」
「あ、ホントだ」
「…………」
「元気だしなよダビデ!ダビデのダジャレが受けないのなんていつものことじゃない!」
「……………………」
無言で落ち込んでいるダビデの傷口を更に抉る、剣太郎の無邪気な一言。
……剣太郎って悪意がない分、私なんかよりよっぽどタチが悪い気がする……。
空気が一段重くなったように感じたところで、タイミングよく学校に辿り着いた。
グラウンドを突っ切って部室まで行くと、プレハブ小屋の前では早くももくもくと煙があがり始めていた。
並んだ七輪の前で軍手をはめた手にうちわを握って、火を起こしている人影が二人。
「樹っちゃん、さとちゃん、ただいまー」
「おーお帰り……って、!お前なんだそのカッコ!」
「水着」
「サエたちと一緒に海に飛び込んだんだってよ、バカだよな」
「そりゃーバカだ。お前とオレらじゃ鍛え方がダンチなんだっての」
「バカバカ言うなー!……っくし!」
「ほらほら、こっちに来て火にあたるといいのね」
「うわああん、樹っちゃん優しいーありがとー!」
「あ、樹っちゃん、聡、コレよろしく。味噌汁に入れて」
アサリの入った剣太郎とダビデのバケツとワカメの入った亮ちゃんのバケツ、計三つがどかんどかんと樹っちゃんたちの目の前に並ぶ。
中身を確認していた二人の視線が、亮ちゃんのバケツの上で揃って留まった。
「これワカメ?包丁ねーのにどうやって切りゃいいんだ?」
『手で引き千切る』
「……ワイルドだな」
「ワイルドでまいる……」
「しつこい!……ひっくしょ!」
ダビデのダジャレを制した次の瞬間、またしてもくしゃみが出る。
うー、ヤバイな、風邪引いたかなあ。
夏風邪はバカがひくんだぞーとか絶対言われそうな気がする。うう、ムカつく。
七輪の傍にしゃがみ込んできゅっと肩を縮こまらせていると、傍で味噌汁の用意を始めた樹っちゃんが、自分の首にかけていたタオルを私の頭にぱさりと被せて。
「、先に着替えてきた方がいいのね。まだ日が高いからって油断したらダメですよ」
「つーか六月の海に水着で入るなよな……考え無しにも程があるぞ、お前」
「だってみんなが普通に入ってるからさあ!平気なのかと思うじゃん!」
「だから、僕らとじゃ鍛え方が違うんだってば」
「何度も言われなくても、一度聞けばわかるわ……っくしょぉい!」
「……いいから着替えて来い、。新しいタオルはいつもんとこにあるから」
「わがっだ……」
さとちゃんの言葉に頷いて部室に入って、ロッカーに常備してあるバスタオルを一枚失敬した。
洗濯番長のさとちゃんのおかげで、うちの部室って洗濯物が溜まらないから助かるなー。
大判のバスタオルにしっかり包まって、濡れた身体をよく擦って温めてから制服に着替えて、借りたままの亮ちゃんのジャージにもう一度袖を通してから、更にバスタオルを肩に掛ける。
そこまでやってやっと人心地ついて、部室の外に出たら、ふわんと、お味噌汁と磯のいい香りが鼻をくすぐった。
七輪を囲んでる人数が増えてる。
取ってきたサザエを七輪の上に転がしながらこっちを振り返ったバネちゃんが、私を見るなりニヤリと笑った。
「よ!虚弱女!」
「……私が虚弱なんじゃなくて、みんなが異常なの!」
「鍛え方が足りねーんだよ、明日っから一緒にランニングでもすっか?」
「ヤダよ、みんなのペースについてける訳ないじゃん!ていうかもう鍛え方がどーこーって言うの、聞き飽きた!!」
「なんだよ一回っきゃ言ってねーだろ」
「違う違うバネさん。僕もさっき同じこと言ったの」
「あ、俺も言った。でも事実だぜ、鍛え方が足りねーの、お前は!」
「あーもー!うるさいうるさーい!!」
「バネも聡も、その辺にしといてやれよ」
柔らかな口調でサエちゃんが不毛な会話にストップを掛ける。
バケツの中の戦利品を全部七輪の上に移して水道で手を洗ってから、私の方を向いて手招きした。
「、ちょっとおいで」
「……何?」
「髪、ちゃんと拭いてないだろ。雫が垂れてる」
「あー……」
「着替えてもまた肩が濡れたら意味ないだろ、拭いてやるからここ座って」
そう言って部室から引っ張り出してきたイスに私を座らせると、肩に掛けてたバスタオルを取って丁寧に髪を拭いてくれた。
優しく髪を引っ張られるその感触が気持ちよくて、うっとり目を細める。
それが終わると、今度はダビデが部室からブラシと予備の髪ゴムを持ってきて、無言で縺れた髪を梳き始めた。
「ダビデ相変わらずうまいね。相変わらずお姉ちゃん手伝わされてんの?」
「まあな」
「でっかい手して、器用だよねー」
「キヨーく正しく生きていれば器用になる」
「わかりづらい上につまんない」
「…………」
「ねーねー、ヘアピンあるからみつあみしてオダンゴにして」
「……了解」
ダビデのごつごつした大きな手が、一旦ポニーテールにした私の髪を器用に編んでいく。
最後にくるっとまとめてヘアピンで留める。傍で見ていたサエちゃんが、よしOK、と笑って頷いた。
私の髪が纏まるのを待っていたように、七輪の傍で樹っちゃんが声をあげた。
「味噌汁が出来たのねー」
「うわーい!」
「こっちもそろそろいい塩梅だぜー!」
「僕、サザエ欲しい!あっ、あとそっちのハマグリもー!」
「こら剣太郎!ちゃんと人数分あるからがっつくな!」
「ガッツでがっつく……」
「いい加減お前は黙ってろダビデ!」
「ああそうだ、うに見つけたから獲ってきたぞ。食べるだろ?」
「ホントー!?さっすがサエちゃん!」
「、味噌汁飲みな、身体温まるから」
「はーい!」
「おい!そのバスタオル、あとでちゃんと洗濯籠に入れとけよ。明日洗濯すっから」
「オッケーオッケー!」
「ほれ、箸と皿。どれ食うんだ、取ってやんぞ」
「うに!うにうにうにー!」
「あーわかったわかった。ほらよ!」
火傷すんなよ!と言いながらバネちゃんがお皿の上に乗せてくれた焼きうには最高の味。
続いてサエちゃんが他のも食べろよ、って取ってくれたサザエも、剣太郎が半分コしようよ!って言ってくれたハマグリも、樹っちゃん特製のアサリのお味噌汁も。
ダビデが結ってくれた髪は、不器用な私が編んだ時とは比べ物にならないくらい、しっかり纏まってて。
亮ちゃんのジャージは温かくて、さとちゃんの洗濯してくれたタオルはふかふかで。
例えば、無人島に漂流しちゃったりなんかしても。
そこに海があって、傍に皆がいれば、私は幸せなんだろうなあと思います。
焼きうにってどんな味がするんだかわかりません。
食わず嫌いの偏食家なので、私は彼らと共に遭難したり漂流したりは出来ないと思います。
06/06/27UP
written by 蒼依
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