Early morning tea is
limited to green tea !
「……ねえ、何で?」
「何でとは?何を指しての疑問なのかをきちんと述べてくれ」
「……休日の、しかも連休二日目の!更に言えば早朝に!どうして私は柳と並んで卵の殻を割っているのかしら!?という意味の何で、ですが!」
「朝食の出し巻き卵を作る為だろう」
「だから、何で私が!って言うか、とりあえずここは一体どこのキッチンなのかと!」
「立海大学キャンパス内にある全学部共通の合宿所、のキッチンだ。利用者の98%が、広さ、設備共に大変満足しているとのデータが出ているが、如何せん広すぎて大変だとの意見もあるな」
「……懇切丁寧な説明をありがとう。それで、どうして私がここで朝食を作らなくちゃいけないのかを教えていただけますかね、柳蓮二君」
「この合宿所では食事の支度は基本的に自分たちで、と言うことなのだが、今回の合宿はレギュラーメンバーのみの為、人員が少ない。そこで急遽臨時マネージャーとしてお前に白羽の矢が立った」
「何で当の本人に一言の断りも相談もなく決まっちゃってんのよ……」
「それは一番手っ取り早かったからかな」
「――――――!」
聞こえた声に、反射的に身体が硬直して。
かしゃーん、と軽い音をたてて、手にしていた卵の殻がシンクの中に落ちた。
ぎぎぎぎぎ、とぎこちなく首を動かして斜め後ろを見ると、初夏の眩しい太陽の如く、それはもう晴れやかに爽やかににこやかな笑顔の精市が。
「口を動かすなとは言わないけど、手もきちんと動かさないと駄目だよ、」
「…………全くもってそうですネ」
「の料理はどれも俺の好みにぴったり嵌ってるから好きだよ。楽しみにしているからね」
「それはどうも。……ところでね、精市」
「何かな?」
「出来たら、今度からこういうことに私を任命?してくれる時はさ」
「うん」
「寝てる私をいきなり拉致ってくるのはやめてくれないかしらね」
「おばさんたちにはちゃんと許可をもらったから大丈夫だよ」
「いえ、ですからそういうことではなく……」
論点が違う!
つーか許可するな、母!娘に一言の断りもなく!
と言う私の心の叫びが聞こえたかどうかは定かでないが。(十中八九読まれている気はする)(何たって相手はあの精市)
「何?」
「……………………ナンデモナイデス」
にっこり笑った精市のその表情に、それ以上何かを言い返す気力は私には残っていなかった。 突っ込みたいことは多々あれど、生まれ落ちたその日からかれこれ10数年のお付き合いになる、この綺麗な顔の幼馴染にそれをやったら、いろんな意味で危険だと言うことはわかっている、ので。
諦めの境地に至りつつ、シンクの縁に叩きつけた最後の卵が、かしょん、と情けない音をたてた。
「おー!うっまそー!!」
「何をやっとるか丸井!!」
ガツン!
カウンターの向こうで、真田の怒鳴り声に続いて聞こえた鈍い音に、いってー!と甲高い叫び声が続いた。
先に出してあったもの、つまみ食いしようとしたわね、ブン太……。
真田の怒鳴り声と柳の落ち着き払った説教が奏でる絶妙なハーモニー、更にそれを宥める柳生の声が加わった見事な三重奏を(我ながら嫌な例えだな……)聞きながらお味噌汁をよそっていると、いつの間にかキッチンに入ってきていた赤也が、肩越しにこっちの手元を覗き込んだ。
「おっ、いー匂い。朝から味噌汁っていいっスね、日本の食卓!って感じ?」
「そう?赤也は朝はご飯派なの?」
「んー、ウチは毎朝パン食っスけど。でもがっつりコメの飯ってのも嫌いじゃねぇかな」
「ふぅん」
「おい、。コレ運んでいいのか」
いつの間にかいたジャッカルが、カウンターに並べてあった小鉢を指差して聞いてくる。
頷くと、せかせかとトレイにそれを乗せ始めた。
思わずよそう手を止めて、その姿をじっと見つめたら、それに気付いたジャッカルが居心地悪そうな表情をする。
「……何だよ」
「いやー……」
「あ!何かムチャクチャ似合わないっスよね!ジャッカル先輩と和食器って」
「赤也直球過ぎ!」
「似合わなくて悪かったな!!」
「ごめんってば!てか、ジャッカルのウチはやっぱり朝はパン食?」
止まっていた手を再び動かしながら微妙に話題転換。
ぶつぶつ言いながらも、ジャッカルは手を休めずに。
「いや、ウチは朝はいつもこんな感じだぜ」
「こんな感じ、って和食?」
「ああ」
「へぇーっ、やっぱ似合わねー!」
「悪かったな!」
「赤也、アンタはもうちょっと黙ってなさい!」
「ちぇー」
正直な感想を言っただけなのにさー、とぼやく赤也によそい終わった味噌汁を運ぶように言いつける。
正直すぎるのが問題なんだっつの、この場合。
小鉢の乗ったトレイを手に苦々しい顔でテーブルに向かったジャッカルと、その後を追うようにちょっと危なっかしい足取りでお味噌汁を運んでいった赤也と入れ替わるように、今度は仁王が顔を出す。
「何か手伝うことはあるかの」
「えーとね、もうすぐお魚焼けるから、それ運んでくれる?」
「承知」
「……まだ説教してんの?」
「ん?おお、そうらしいの」
観客はブン太オンリーの真田と柳と柳生の三重奏は未だに止んでいなかった。
と言うか。
「……柳生、さっきは宥め役だった気がするんだけど。何で説教する側に回ってんの」
「一旦説教が終わったところで、再チャレンジしようとしたんを見咎めたようやぞ」
それでか……。
仁王の背後から聞こえてくる、真田の怒号混じりの声と柳の理屈っぽい語り口調と柳生の淡々とした喋りの訳に納得した後、ここに精市が加わったら無敵だな、とか末恐ろしいことを考えてしまった。
うわ、こっわ!
考えるだけで背筋にヤなものが走ったので、それ以上考えるのはやめた。
「けど、あとほんの数分なのに何で待てないかな……」
「さあな。全身胃袋なんやなかかね」
「あー納得。牛みたいに胃袋が四つあるっつっても納得、ブン太なら」
「あいつ最近一日六食らしいぜ」
「は!?何それヤバくないの?て言うか、見てて思ったんだけど、顎の辺りとかが明らかにさ」
「顎の辺りがなんだよ!」
「うわっ」
いきなり現れたブン太を見て思わず軽く仰け反ってから、いつの間にか三重奏BGMが止んでいることに気付いた。
「お説教終了?」
「うっせ!つーか飯まだぁ?腹減ったっつの!」
「もーちょっと……あ、ヤバイ魚!」
慌ててグリルを開けると、程よく綺麗な焼き色。
ふわりと香る西京味噌の匂いに、ブン太がフンフンと犬みたいに鼻を動かした。
「うおーいい匂いじゃん!」
「早く食べたいなら、そっちの戸棚からお皿取って」
「へーい。ンで、どれ?」
「白地に緑の角皿……そうそう、それ。人数分ね」
「人数分つーことはー、いちにーさん……よっしゃ8枚な!ん?あれ?」
「……あんた今、ナチュラルに私のことを数に入れ忘れたわね」
「……おお!」
「おおじゃない」
「よし9枚!パス!」
「…………」
それでさりげなく誤魔化したつもりかこのヤロウ……。
カチンと来たので、私が手渡す西京焼きの皿をトレイに乗せている仁王に、ブン太にも聞こえるように大きな声で。
「あ、その一番小さいヤツがブン太のね」
「承知」
「えー!何で!」
「さっきの答えよ、答え」
「は!?」
「最近顎の辺りが随分とふっくら丸く、ふくよかになってきたねブン太」
「そんなことねーっつの!つかあんなんじゃ足りねーってマジで!」
「今度から福助って呼んであげようか」
「おお、似合いのあだ名じゃ」
「あ?何だそれ」
知らないんだ、福助……。
一瞬仁王と顔を見合わせてから、二人同時に食堂の隅にあるTVの上に何故か置いてあった福助人形(インテリア?)を指差すと、ブン太は素直にそっちを見て、そして思いっきりブンむくれた。
「何だよ、アレ!」
「ガンバレ福助」
「めげるな福助」
「くっそー、今に見てろぃ!!」
思いっきりむくれたまま、ドカドカと足音を立てつつテーブルに戻っていく。
ダブルスパートナーらしい気配りで「どうした?」とか何とか声を掛けたジャッカルが、腹いせに蹴っ飛ばされたか何かしたらしく、ドカッと言う音と怒鳴りあう声が聞こえてきて、更にそこへ真田の一喝が響いて静かになった。
どこまでもヤラレ体質だな、ジャッカル……。
全部の魚を出し終わると、上手い具合に一つのトレイに全員分を乗せた仁王が「持ってくぞ」と声を掛けてカウンターを離れていった。
あとはご飯とお茶、で全部かな?
炊飯器からご飯を移したお櫃と杓文字、人数分の茶碗をカウンターに並べていると、今度は柳生が。
「これは持っていってよろしいですか?」
「あーうん、お願い!」
「ああ、お箸と取り皿は先程用意しておきましたので」
「ホント?ありがとー、さすが柳生は気が利くねー」
「いえいえ」
では、と言い置いて、ご飯を持ち去った柳生に背を向けて。
私は最後の仕上げ、お茶の用意。
大きな急須に人数分の湯呑みを乗せたトレイを抱えて、カウンターの外に出る。
お櫃を持っていったのは柳生なのに、ご飯を盛っているのは何故かジャッカルだった。
…………。どこまでもヤラレ(以下略)。 ぎゃいぎゃい言いながらお茶碗を回して。
「あ、お茶入れるから、先に食べてて」
「そうか。では、いただこう」
お茶を入れながら声を掛けると、相変わらずいかめしい表情で真田が頷いた。
それを皮切りに。
『いっただっきまーっす!』
「赤也、赤也!ショーユ取ってくれ、ショーユ!」
「仁王先輩、それ俺の!」
「甘いぜよ、こういうんは早い者勝ちじゃ」
「仁王君、君の分はきちんとこっちにありますから、それは赤也君に返してあげなさい」
「……ふむ、大根おろしに白子干しとは、なかなか凝っているな、」
「アサリの味噌汁ってなんか六角の奴ら思い出さねーか?」
「あ、出し巻き卵、上手く焼けてるね。俺の好きな味だ、ふふ」
「お褒めに預かり光栄です……」
ぎゃあぎゃあと賑やかなやり取りをBGMに、にっこり笑う精市に引き攣った笑みを返して、ほんのり湯気を上げる湯呑みを手渡す。
一つの納豆を巡って口論になってるところに、またしても真田の一喝と鉄拳が落ちた。
……なんか、TVの特番でよくやってる大家族スペシャルみたいな……。
この場合の配役ってお父さんは真田で赤也とブン太がダブル末っ子ってところまでは想像しやすいけど、あとがどうにもキャスティングしにくいな。
仁王と柳生がお兄ちゃんなのはいいとして、ジャッカル……ああ、真ん中っ子って時に下よりも更に下に位置づけられたりするわよね。あのポジションかな、やっぱり。(我ながらさりげなく酷いこと言ってるような)
精市と柳が困るのよね、なんだろう。
残ったポジションって言ったら、おじいちゃんとおばあちゃん……。
「。変なこと考えてると、食べる前にご飯がなくなるよ」
「えっ、あっ、うん」
「……その場合は、どっちがどっちなのかな」
「…………ななななな、何がですか」
「フフフ」
意味深な笑みを浮かべてお茶をすする精市の傍から、何となく摺り足で離れた。
何でこの人が私の幼馴染なんですか神様……。
最後の湯呑みを真田の目の前に置くと、「すまんな」とまさにお父さんて感じの一言が返った。
「すまなかったな、いきなり面倒を押し付けて」
「あー、まあいいよ。別にこういうの嫌いじゃないしね」
「そうか。お前に頼んだのは正解だった」
「……そう?ありがと」
「一汁三菜がしっかり揃った食卓は、やはりいいものだ。日本人たるもの、やはりこうでなくてはな」
「…………そうだね」
さらりと飛び出した一汁三菜の一言に、若干引き気味になりつつもとりあえず頷く。
別に珍しい単語って訳じゃないけどさ。
でも仮にもまだ10代後半の男の子が当たり前のように口にするには、ちょっと、大分、違和感の漂う単語だと思うのよ。
そんなんだからサバ読んでるとか言われちゃうんだってば真田……。
自分の席について、少し冷め始めていたご飯を口に運びながら、そんなことを考えていたら。
「ん?どうした、」
「え、何が?」
「何か考え込んでいるようだったのでな」
「あ、えーっと」
真田ってほんとオッサンくさいよね、とか考えていたとは流石に言えず。
「TVでたまにやってるじゃない、大家族スペシャルって言うの。何かあんな感じだなーってね」
「ほう。確かにな」
「それで、ちょっとキャスティングを」
「ほほう?」
「フフフ、まだそんなこと考えてたのかい、」
「……アハハハハ」
「その場合、やはり父親ポジは真田になるんやろうの」
「それが順当でしょうね」
「赤也は末っ子だな。歳も一番下だしよ」
「丸井先輩よりは精神年齢高いっスよ、俺」
「何だとコラ!」
「ジャッカルは少々位置付けが難しいな」
「……何でだよ……」
『ジャッカル(先輩)はペットで!』
「だから何で……」
ペットって、私が考えてたのより酷いよブン太、赤也……。
ともあれ、いいネタ提供になったらしく、みんなは楽しげに話している。
それを横目に見つつ自分の分の湯呑みに手を伸ばした時、珍しく黙って聞いていた真田がぽつりと口を聞いた。
何故か知らないけど、顔が少し赤い。
「……この場合は、母親はやはり、になるのだろうか」
「え?私?」
「一般的に、食事の支度や世話をする者が母親だからな」
「まぁそうだけど……」
湯呑みを口元に運びながら、ぶっちゃけこんな子供たちいらないな、と口にしようとして、ハタと気づく。
真田がお父さんで、私がお母さんで?えーとつまり?
「えー、それじゃが真田の嫁さんってことになるじゃん!」
ブン太の一言に。
ああ、そう言えばそうなるのか、なんて思って。
でも私たちが並んだら夫婦って言うより親子よね、と笑おうとして。
そこで、何でかみんなの笑い声が止んで、表情が凍り付いてるのに気付いた。
「……え。何……」
「が真田のね。そうか」
「……………………」
「でもを嫁にもらうには、今の真田じゃちょっと役不足じゃないかな」
『…………………………………………』
「ねぇ?」
「…………ソウデスネ…………」
みんな同様、凍りついた口と表情を、ほんのり温かい緑茶で溶かして。
何とかかんとか答えた私の隣で、精市はにっこり笑って湯呑みを置いて。
「ごちそうさま、美味しかったよ。昼食も楽しみにしてるからね」
「……精一杯頑張らせていただきます……」
「じゃあ皆、一休みしたら練習再開しようか。ああ、後片付けはちゃんと手伝ってね」
『わかりました』
「うん。じゃあ俺は練習メニューの確認をしてこようかな。行こうか、真田」
「…………うむ」
その時。
いつにも増してにこやかな笑顔(当社比1.5倍)の精市の後ろについて、食堂を出て行く真田のその後ろ姿に、大家族スペシャルのお父さんの哀愁を見たと、そこにいた誰もが思いました。
……ガンバレ。
グダグダです。
精市さんは読心術を会得してらっしゃる模様。
ジャッカルはヤラレ。
06/06/27UP
written by 蒼依
|