Hey boys !
Tell love on a hotplate !
久々に部室の大掃除を思い立った土曜日の午後。
予想以上にごちゃごちゃになっていた部室の整理整頓は、思っていた以上に大変で。
全部片付け終えたのは、練習が終わった部員たちを追い出して30分ほど経ってからだった。
埃まみれのジャージを着替えて、部室の外に出てドアに鍵を掛けた、その時。
まるでそのタイミングを見計らってたみたいに、携帯がメール専用の着メロを奏でた。
『俺のちゃんへ☆お掃除ゴクローサマ!いつもの店で待ってるから、早く来てネ! アナタのキヨより』
いちいち確認しなくても、その軽い文面を読んだだけで送り主がわかるメール。
早く来てネ!じゃないだろ、時間空いてたんだったら、言われなくても掃除手伝えっつの。
心の中でぶちぶち文句を言いつつ向かった店で、見慣れた顔ぶれが一番奥の座敷席を占領していた。
いち早く私に気付いた千石が、立ち上がって満面の笑顔でヘラを握った手をブンブン振る。
「っちゃーん!メール読んでくれたー!?」
「アンタのものになった覚えはないし、アンタを自分のものにした覚えもない」
「うわお直球!」
「つーか危ないからヘラ振り回すなよ、千石!」
「お疲れ様です、先輩」
「お疲れ様でっす!」
「おっつー。何だ、まだ食べてなかったの?」
「先輩と一緒に食べたくて待ってたですよ!」
可愛い笑顔で可愛い台詞を口にした太一が、そっちにどうぞ!と空いてる座布団を勧めてくれる。
腰を下ろした場所はちょうど南と東方の間だった。
カバンはこっちねー、と壁際の席から手を差し伸べる新渡戸にカバンを渡して、堀床で足を伸ばして一息ついて、そこでやっと、一番奥の席で悠々とくつろいでいる男に気付いた。
細い紫煙がゆらりとくゆる。
「亜久津?なんだ、いたの?」
「あ?なんか文句あっか」
「ンなこと言ってないっしょ。珍しいじゃん、一緒に来るの」
「飯食いに来ただけだ。今日は優紀のヤツが家にいねーんだよ」
「ふーん……ってちょっと!何堂々とビールなんか飲んでんの!ダメじゃん!」
「うるせえな、いちいち指図すんじゃねーよ。何飲もうが俺の勝手だ」
「よくない!飲酒がバレたらヤバイんだから、見た目で明らかに酒とわかるモンを飲むなって前にも言ったでしょ。誤魔化しの効くサワーとかにしといてよね」
「知ったこっちゃねえな」
「酒を飲むこと自体に突っ込まない辺りは、さすがちゃんだよね」
「……頼むからビールもサワーもやめてくれよ……」
「店長に言えば?」
隣でがっくり項垂れてボヤく南に、私の向かいに座った千石がさっくり突っ込む。
ここの店長、実は山吹テニス部のOBだったりするもんで、私らのこといろんな面で優遇してくれてて。
亜久津のタバコも何も言わずに灰皿用意してくれるし、お酒も頼めば「飲みすぎんなよー」の一言でぽんと出してくれちゃったりするんだな。
もちろん伴ジイにも内緒にしてくれてるし、(でも伴ジイのことだから気付いてると思う)、この店で飲む分にはまず学校側にバレることはないんだけどさ。
それにしたって欠片も隠す気がないのは困りもんだわ……と溜息を付いた私の前に、頼んだ覚えのないウーロン茶のグラスが置かれて、視線を上げると千石がニコニコ笑っていた。
「ま、とりあえずお疲れ!」
「これ千石のじゃないの?」
「違うよー、俺のはこっち、それはちゃん用。ウーロンで良かったでしょ?」
「うん。ありがと」
「どーいたしましてー!もーすぐお好み焼きも来るかんね」
「あ、」
「海鮮天ならもう注文済みだよ」
「……さすが、周到だこと」
「そりゃもう、ちゃんの好みなら何から何まで把握済みだからね!」
自慢にもならないことで胸を張る千石を見て、私の両隣の二人が地味に溜息をつく。
溜息つきたくなる気持ちもわかるわ。そんなとこばっかりマメマメしくってもねえ……。
冷たいウーロン茶で喉を潤しつつ、心の中で地味ーズに負けじと溜息をついた時、顔馴染みの店員さんがでっかいお盆で大量の注文品を運んできて、のんびりマッタリしていた室内がにわかに騒がしくなった。
「あっ、そのツナサラダ俺のー!」
「おーい、鉄板分けて使おうぜ。そっち鉄板焼きでこっちでお好み焼きな!」
「つーかコレ何?アスパラベーコン?きのこのホイル焼き?誰、こんなの頼んだの!」
「俺ですけど」
「室町君っていっつもヘルシー路線だよね!もっと肉とか肉とか肉とか頼もうよ!」
「千石、ベーコンは一応肉だよー」
「あーっ新渡戸先輩、それこぼれてますっ!」
「おい、そのモツ煮は俺んだ、寄越せ」
「そんなこと言わずにみんなで仲良く食べようよ、あっくん!」
「あ?知るか、寄越せっつってんだよ」
「えーいうるさーい!ストッープ!!」
平手でバシッとテーブルを叩いて怒鳴りつけた瞬間、ぴたりと騒ぎが収まる。
ただ一人、亜久津だけがチッと舌打ちしてそっぽを向いた。
テーブルにぐっちゃぐちゃに並べられた皿や器をぐるっと見回して、とりあえずさっき南と東方のどっちかが言ってたように、お好み焼きと鉄板焼き系とで分けて並べ直して、真ん中にサラダだの一品料理だのをまとめる。
その間、みんな(亜久津除く)は貝みたいにきっちり口を閉じて、きちんと両手を膝の上に揃えたりなんかして、妙に畏まった状態で待っていた。
テーブルの上をきっちり整理し終えた私が、浮かしていた腰を落ち着けて一息つくと同時に、みんなの肩からすとんと力が抜けた。
中でも一際大きく息をついた南の方を振り向く。
「……何よ」
「あ、いや……さすがだなと思って」
「ていうかアンタがしっかりしてよ。一応仮にも部長なんだからさ、地味でも」
「なんでお前はそんな一言も二言も余計なんだ!」
『事実だからでしょ
―――だよ
―――だろ 』
「…………」
私の声に、キレイにハモったのは千石と亜久津。
無言で俯いていじける南の肩を、私の背後から腕を伸ばした東方が慰めるようにぽんと叩く。
私と南がやりあってる間に他のみんなはさくさく動き出していて、お皿の中身を次々に鉄板の上へ並べ始めていた。
目の前では千石が私の好きな海鮮天を鉄板の上に流し入れ、隣の鉄板では喜多がやきそばを炒め始める。
じゅわっと小気味良い音が響いて、食欲をそそる匂いが部屋に漂い出す。
目の前で千石がお好み焼きを焼きながら、合間に手にしたヘラをくるりくるりと器用に回した。
「千石、それ危ない」
「んー?だーいじょーぶだよん」
「アンタがじゃなくて、隣の太一が危ないの!」
「僕なら大丈夫ですよ」
「……って壇クンは言ってるよ〜」
「っとにもう……っとぉ」
「ああ、気をつけろよ、」
いつの間にか手元に置かれていたお皿をひっくり返しそうになって慌てて避ける。
大皿のツナサラダをせっせと取り分けていた東方が、一旦手を止めておしぼりを放って寄越した。
「いま少し手についただろ」
「え?あ、ホントだ」
「制服じゃなくて良かったな。ドレッシングつけたりするとシミになるから気をつけろよ」
「……アンタは私のおとーさんか……」
「うん?何か言ったか?」
「んにゃ、何でもない。あ、それ太一の分?ちょうだい」
「ああ、頼む」
「はいはーい。太一たいちー、ほーらツナサラダだよー」
「わあ、ありがとうございますです!」
「亜久津もサラダ食うか?」
東方の問い掛けに、一人黙々とビールを飲んでた亜久津がめんどくさそうにこっちを見た。
残り少ないツナサラダに視線を落として少し考え込んでから、つまらなそうに視線を逸らして口を開く。
「寄越せ」
「寄越せって、あんたねえ……せめて『くれ』とか言いなさいよ」
「まあまあ。じゃあこれな、室町、頼む」
「あ、はい。亜久津先輩、ここに置きますよ」
「ああ」
「室町のグラスもう空じゃん。あ、喜多も。次何飲む?」
「じゃあウーロン茶お願いします」
「あっ俺コーラで!」
「オッケー。亜久津は次どーすんの?ビールは却下だよ」
「チッ……ライムサワー」
「ライムね」
座敷の入り口近くに置いてある小さな冊子を手にとってページをめくる。
千石の字で表紙にでかでかと『山吹専用でんぴょー!』と書かれている。
うちは毎回大人数で来て大量に注文するから、自分たちで伝票を書くように店長から言われているのだ。
注文を書き込んだページを破りとって、ちょうど近くを通り掛かった店員さんに手渡してからテーブルに向き直って、何気なく鉄板の上に目をやったら。
何かものすごいことになっていた。
「……………………」
「ん?どうしたんだ、……げ」
「……千石先輩、何ですか、それ」
「コレがお好み焼きじゃなかったらなんなのさ」
「いや、そうじゃなくてだな。その形は」
「すごいだろ!俺のちゃんへの愛がいっぱい詰まってんの!」
「うわあすごいです!可愛いですね!」
「……お前はどうしてそう、しょうもないことばっかりするんだよ……」
「しょーもないとは失礼な、南クン!」
「バーカ」
鉄板の上のそれに視線を走らせた亜久津がぼそりと呟く。
二枚分の生地を使ったドデカサイズの海鮮お好み焼きは、見慣れた丸い形ではなく、ハート型をしていた。
……ホンットーにくだらないことにばっかり手間隙かけるんだから、この男は……。
巨大サイズの上に凝った形のお好み焼きを、鼻歌なんか歌いつつ、慣れた手つきでひっくり返す。
形を崩すことなくキレイにひっくり返されたお好み焼きは、美味しそうなんだけど、どうにもその形がネックになって手を伸ばし辛い。
「……ねえ、千石これ……」
「ちゃん、ソースは甘口でいいんだよね」
「うん、いいんだけどさ……つーかね千石」
「マヨネーズもかけていいんだよねー」
「いや、だからさ…………」
細口の容器を素早く動かす千石の手元に目をやった途端、言いかけていた言葉がキレイに頭の中から消え去った。
ソースを塗った巨大ハート型お好み焼きの上に、マヨネーズででっかく書かれた四文字。
『LOVE』って、おい。
鉄板に視線を落としたみんなが揃って無言になる中、千石はヘラを器用に使ってそのでっかいお好み焼きを丸ごと全部、私の目の前に滑らせてきた。
「はいどーぞ!俺の気持ち受け取ってネ!」
「……………………南、ヘラ貸して」
「え、え?あっああああ、わかった!」
視線はお好み焼きの上に固定したまま私が差し出した手に、南がまだ使っていないヘラを渡す。
受け取って一拍置いて、私はしっかり握ったそれをハート型のど真ん中にぐっさりと刺した。
そこに集中していたみんなの目が見事に点になる。
亜久津だけが、ちょっと目を見開いた後、くっと小さく笑い声をこぼした。
真っ二つにしたハートを更にざくざく細切れにする私の手元に視線を固定したまま、室町が呆れたように呟く。
「……随分とまた、思いきりよくいきましたね、先輩」
「だって切らなきゃ食べらんないじゃないの」
「いやー確かにそうですけどー、千石先輩がいじけてますよォ?」
「千石、大丈夫ー?」
「……まあなんだ、食おうとしてるってことは受け取ってくれたものだと思えばいいじゃないか?な?」
こっちに背を向けて膝を抱えた千石の背中に、新渡戸や東方の慰めの言葉がぶつかって空しく弾かれる。
その千石と私を交互に見て太一がおろおろしているけど、無視してお好み焼きを切り分け続けた。
食べ物で遊んだ罰だ、罰!好きなだけいじけてろ、バカ!
人数分に切り分け終わって、その中の一番大きな一切れを自分の皿に取って。
さて食べるかと箸を手に取った時、ふっと目の前が翳った。
光を遮る者の正体を確かめようと上を振り仰ぐと、いつの間にか席を離れていた亜久津が立ってて。
その手にしっかり握られているのはマヨネーズの容器。
……なんか嫌な予感。
「……何してんのよ」
「食う前にちょっと貸せ」
「ヤダ」
「いいから貸せっての」
「ちょっと!」
亜久津は伸ばした私の手を上手いこと避けながら、取り上げた私のお皿の上にマヨネーズの容器を走らせる。
ニヤリと嫌な笑みを浮かべてテーブルに戻されたお皿の上のお好み焼きには新たな文字が。
「……亜久津!あんたねえぇぇ!!」
「なんだよ、いいじゃねえか」
「何だ、何て書いて……亜久津ー!!」
「…………」
「え?え?なんですか?えーと……『ヤラセろ』?先輩に何をやってもらうですか?亜久津先輩」
「太一は知らなくっていいのよ!!」
「何すんだよ亜久津ー!俺のちゃんへの愛情の上に余計な上書きするなよ!」
「俺の上書きの前に真っ二つにされてんじゃねえかよ」
「いいよもう!更に上書きするだけだもんね!」
「えっ、ちょっ……コラ千石!!」
いつの間にか復活していた(しなくていいのに)千石が、マヨネーズ片手に身を乗り出す。
亜久津の書いた四文字の上に、殴り書きで新たに『好き!』の三文字。
言葉もなく頭を抱えている南を押しのけて、私の横に座り込んだ亜久津がその上に更に何か書き、負けじと千石がまた更に上にマヨネーズを搾り出す。
私の大好物の海鮮天の上には、瞬く間にマヨネーズの山が出来上がって。
呆れ顔の室町、無意味に囃し立てる新渡戸と喜多、何をやってもらうんですかーと無邪気に繰り返す太一、答えに窮する東方、地味に端っこで呻いている南に囲まれて、千石と亜久津がマヨネーズ片手に睨み合い。
座敷内はこれでもかという大騒ぎで。
…………こンの、馬鹿どもが…………!!
それから五分後。
上に乗せたマヨネーズとの量の対比が程よく1:1くらいになった私のお好み焼きと、騒ぎの間も鉄板の上で地道に焼かれ続けて焦げていたお好み焼き、やきそばその他は、馬鹿どもの胃の中にキレイに収まり。
そして翌日。
レギュラー全員体調不良とのことで、急遽部活は休みになりました。
何かもうホントごめんなさい。
海鮮天食べたいのは私です、はい。
06/06/27UP
written by 蒼依
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