非現実的な愛情表現 それは緩やかに浸透してゆく甘い毒。 ふと掠めた唇が、指先に甘い痺れを残してゆく。 白い包帯を巻いた手が、その甲にそっと私の手のひらを乗せただけの状態で、ゆらゆらと目の前で揺れているのをじっと見ていた。 でも本当に見ているのは手ではなく、その向こうにある優しい笑顔。 じれったく思う気持ちを綺麗に押し隠して、努めて平静に名前を呼ぶ。 「蔵ノ介?」 「ん?」 応じる声も優しく、私を見つめる目は間違いなく恋人のそれなのに、彼の手は今触れている以上のところには触れない。 触れてくるのは手のひらばかり。時折指先や手の甲に僅かに唇を触れさせては、すぐに離れてしまう。 『深く触れること』をわざと避けている。 未だ目の前でゆらゆらと揺らめいている私の手の、ラウンドカットの爪にもう一度唇が掠って、すぐまた距離をとった。 面映い感覚に小さく笑い声を零すと、蔵ノ介の笑みが一段と深くなる。 「くすぐったいよ」 「お前のその笑い声、むっちゃ好きやなあ」 「何か変態くさい」 「うわ、その言われ方は傷つくで」 「だって本当のことだもの」 蔵ノ介は溜息混じりに笑って、またしても爪先に唇を掠めさせた。 『―――歯止めが利かんようになるのが怖いんや』 付き合い始めたばかりの頃、一向に私に触れない蔵ノ介の行動を問い詰めた私に、蔵ノ介自身が言った言葉。 『ここまでってライン引いとかんと、俺どこまでいくかわからへん』 『お前が嫌がっても自分のしたいようにしてしまう』 『自分で自分がよう止められんのや。――― そんくらい、お前が好きやねん』 真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに私を見据えて、抑えた声音で告げられた言葉。 怖いくらい真剣な眼差しが、本気で言ってることを告げていたから。 私もそれ以上何も言えなくなってしまった。 抱きしめてくれることも、唇に直接キスすることすら、稀で。でも淋しいとは思わない。 蔵ノ介の眼差しは千のハグより、万のキスより、私への気持ちを語るから。 それでも時々、我慢が効かなくなって指先へのキス攻撃が始まる。 そうして触れるたび、愛しげに笑うその表情に、私も何よりもときめくのだ。 そんなバカみたいな表現方法しか知らないこの恋人に。
070517〜080731 Web拍手にて公開 |