子供の頃の他愛ない約束なんて、きっと忘れていると思ってた。




「…………裕太?」
「な、なんだよ。いらないのかよ」


顔を真っ赤に染めた裕太は、視線を反らしながらも差し出した手は引っ込めない。
手のひらの上に乗せられている小さな箱。
赤いビロード張りの小さな小さなそれは閉じられていて、中身が何なのか私にはわからない。
いきなり私を呼び出した裕太が「約束してたヤツだ!」と叫んで差し出したその小箱が何なのか、何となく予想はしていたけど、でもその答えがあっているのかと訊かれると今ひとつ自信は持てなくて。
戸惑うような視線を向けると、裕太はこれ以上赤くなりようがなさそうだった頬を更に赤くした。


「……早く受け取れって!」
「いきなり言われても……中身が何なのか言ってくれなくちゃ、受け取れないよ」
「だから約束してたもんだって」
「だから、いつの、どの約束の、何?」
「……本当に憶えてないのか?」
「だから、何?」


辛抱強く繰り返した私の目を見返した裕太は、パクパクと二、三度口を開閉させてから,
器用にももう一段顔の赤を濃くして、半ば怒鳴るように言った。


「……昔、お前が言っただろ!18歳の誕生日に指輪用意してプロポーズしろって!」


それは懐かしい過去の約束。
10年以上前、まだ小学校に上がったばかりの頃の。
幼い日の、懐かしくて愛しい約束。


「……憶えて、たんだ……」
「は!?当たり前だろ!お前、俺が約束を忘れるような男だと思ってたのかよ!」
「だって、6歳の頃だよ?裕太はもう忘れちゃってると思ってた」
「ちゃんと憶えてるっつーの!てーか無理やり指切りさせたくせに、お前なー!……って、お、おい!」


裕太の声に含まれていた感情が、怒りから一転して狼狽に変わる。
私の頬に伝った涙を目にして、さっきまで怒っていたことも忘れたようにおろおろと慌てふためいて。

そして。


「……泣いてねーで、返事は?」


ぶっきらぼうな言葉とは逆に、涙を拭い去った手のひらはぎこちない優しさに満ちていて。


イエスと返した私を見て、裕太はやっと、笑った。









061223〜070516 Web拍手にて公開
070517 再公開