それじゃあパート別練習に入りましょう、と先生が言って。
同じソプラノの子たちと一緒に窓際に陣取る。
窓の外、少し離れたところに見えるテニスコートから、物心ついた頃から
耳に馴染んでいる声が聴こえてきて、私は思わず楽譜から外へと視線を転じた。
ユニフォーム姿の部員たちに混じって、ちらほらと学ランの黒が見え隠れする。
みんな進学・就職決まったからってちょっと遊び過ぎなんじゃないかなぁ……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、一時間ほどパート練習に勤しんで。
今日の練習はここまでと言う先生の言葉を合図に片付けを始めた時、
ふと窓の外に目をやったら、窓枠に頬杖をついてサエちゃんがにこにこ笑っていた。


「……何してるの、サエちゃん」
「見学」
「いつからいたの?」
「30分くらい前かな」
「黙って見てないで、声掛けてくれればいいのに」
「邪魔しちゃ悪いかなと思ってさ。―――卒業式の練習?」


そうだよと頷くと、サエちゃんは少し淋しそうに笑った。


「着々と追い出す準備が進んでるって感じだなぁ」
「追い出すだなんて言い方、よくないよ」
「あははは、ごめんごめん。もう帰るんだろ?テニスコートで待ってるから、一緒に帰ろう」
「……うん」


手を振ってこっちに背を向けたサエちゃんは、ふと足を止めてすぐ傍の桜の木を見上げた。


「―――今年は桜の開花が遅いらしいね」
「そうなの?」
「ああ。俺たちの卒業式までには咲かなそうだよ。咲くとしたら入学式の頃だってさ」


まだ蕾もふくらんでいない桜の木。
サエちゃんは少しの間無言で見つめてから、じゃああとで、と笑ってテニスコートに走っていった。

遠ざかる背中を映していた視界が、ぼんやり歪む。
呼び止めたいのに、気持ちは言葉にならない。




―――桜が咲く頃、もう傍にはいない貴方を想って、私はぽつり、涙をこぼした。








05/03/08〜05/04/28 Web拍手にて公開
05/05/01 再公開