叶わぬ言葉





そんな簡単に諦めんなや、と電話越しに侑士が呟く。
薄く笑って、もう何度目かもわからない答えを返した。


「言っても本気にしてもらえへんのに、これ以上どうしたらええのん?」








「昨日侑士から電話来たやろ?」


ポーンと高く打ち上げたボールをラケットで受け止めて謙也が笑う。
ああ、うん、と気のない返事をすると、少しだけ面白くなさそうな顔になった。


「もっと喜んだらええのに。久々に色々話したんやろ?」
「そんな長々話し込むほどのネタあらへんよ。ちょっと話して終わったわ」
「ええ、何やそれ。せっかくー」
「せっかく?」
「あ、いや、こっちの話や、気にせんとき」


ハハハ、とわざとらしく笑って視線を反らした謙也に聞こえないくらいの小さな溜息をついて、私は練習試合中のコートに向き直ってスコアブックを開いた。
侑士が電話してきたのは、謙也がそうしろと言ったからだと知ってる。
幼馴染なりに気遣って、いろいろ気を回してるつもりなんだろうけど、その気の回し方が間違っているのに本人だけが気づいていない。
かれこれ一年前、謙也の家に遊びに来ていた侑士を紹介してもらった時、何気なく呟いた一言が今の状況の発端だった。


『謙也の従兄弟?へえ、カッコええね』


別段、特別な意味を持たせたつもりもなかった一言。だけど謙也には、それまで碌に男に興味を示さなかった私がそういう言葉を発したことが、余程衝撃だったらしい。
以来、侑士と私の仲を取り持とうと何かと画策してくるのだ。
幼馴染という関係ゆえに、『口下手で照れ屋で天邪鬼』という私の性格を熟知していることも、誤解に拍車をかけた。
『そんなんじゃない』『侑士のことは友達以上に思ってない』『そんなふうに余計な気を回されても困る』
口下手なりに言葉を尽くして説明したのに、謙也はそれを全て照れ隠しと受け取ってしまう。
そうして謙也の的外れな協力の下、短期間にやたら侑士との距離が近しくなった私は、言葉少なな会話の中から私の『本当の気持ち』を読み取った彼に相談に乗ってもらう日々を送っている。





一試合終えて戻ってきた謙也が、にっと笑って、また唐突に話を切り出した。


「なあ、今度の休み、東京行かへんか」
「はあ?いきなり何言うてんの」
「全国大会の時は碌に観光出来へんかったやん。ちょっと奮発して遊びに行こ」
「そんな余裕がどこにあんの」
「ええやん、侑士に案内してもらおうや」
「侑士かってそんな暇やないんちゃう」
「お前がお願いすれば嫌とは言わんやろ。何のかんの言ってあいつもなー」
「私のこと好きやて言うんは、何度も言うてるけどそれはあんたの勘違い」
「そんなことあれへんて。お前はもっと自信持ってええと思うで?」


へらりと笑って。
お前可愛いんやから、と言って、私の肩をぽんと叩いて、再びコートに戻っていく。
叩かれた場所がじんわりと熱を持ったように感じた。


ホンマに可愛いて思ってるんやったら、そういう目で私を見てよ。


本当に伝えたい気持ちはうまく言葉にならず、私は零れ落ちた小さな溜息を閉じ込めるようにスコアブックを閉じて、ユニフォームの背中を追いかけた。









070517〜080731 Web拍手にて公開
080731 再公開