暗い灰色をした雷雲が瞬く間に窓の外の空を埋め尽くす。
ぽつりと一粒落ちてきたと思ったら、一気に降り出した雨に慌てて窓を閉めようとした時。
窓の下、ちょうど門の辺りでガシャンと金属のぶつかり合う音がした。
反射的に視線を向けた先に見覚えのある姿を見つけて息を呑む。
癖のある黒髪が激しい雨に打たれて、一層その色を濃くしていた。


「―――赤也!?」


玄関を開け放って名前を呼んだら、制服の肩が大きく震えて、濡れた髪の下から鋭い眼差しがいるように私を見た。
門の内側まで来ているのに、それ以上中には踏み込もうとしない赤也の腕を掴んで無理やり玄関へと引っ張り込む。
ドアが閉まるのと同時に、濡れた手のひらの感触を肩に感じた。


「あ、か……っ」


何してるの、と続けるつもりだった言葉は、冷たい唇に阻まれて声にならずに消えた。
ぐっしょりと雨を吸い込んだ黒髪の先から垂れる水滴が瞼や頬を濡らす。
深く長いキスの後、やっと離れた赤也の唇が、掠れた言葉を紡ぎ出した。


「……俺、やっぱ諦めらんねえ」
「……赤也」
「どうしたら、俺のもんになってくれんの」
「…………」
「何でもするから。俺のもんになってよ、なあ……!」


肩を掴んだままの手にぐっと力がこもって、私は生理的な息苦しさと精神的な息苦しさの両方に浅く喘いだ。
どんなに懇願されても私は赤也の望む答えを返せない。
黙り込んだ私に痺れを切らしたように、赤也が声を荒げた。


「なあ……!」
「……だめ」


やっとのことで絞り出した声は情けないほど震えていた。
弱々しく首を横に振る私の頬に、冷え切った赤也の手のひらが添えられて。
無理やり正面を向かされて向き合った赤也は泣きそうな顔をしていた。
普段の、傲慢で自信に満ち溢れた少年はどこにもいなかった。
縋りつくような眼差しで、ただひたすら必死に私を求めていた。
雨に濡れた頬に涙が伝うのを自覚しながら、私は腕を伸ばして赤也をそっと抱きしめた。


「……ごめん」
「…………」
「ごめん、赤也。ごめん……」
「……俺が聞きたいのはそんな言葉じゃねえよ……」
「ごめん、ね……」
「ごめんって思うなら、俺が欲しい言葉、くれよ」


わかってんだろ、と囁いて、赤也は私の背中に腕を回した。
赤也の身体を濡らした雨が私のシャツにじわりじわりと染みてゆく。


「一度だけでいいから。言ってくれよ……言ってよ」


駄々っ子のように繰り返す赤也の耳元に囁いた言葉は、濡れた服の下の鼓動を少し早めて、それはより一層、私の心を切なくさせた。









061223〜070516 Web拍手にて公開
070517 再公開