レース越しのガラス窓
大きな建物の白い壁に規則正しく並ぶいくつもの窓。
いつもの場所で自転車を止めて、その中のひとつを見上げた私の視界に人影が映る。
カラリ、と微かな音がしてレースのカーテンの隙間から伸びた白い手が窓を開ける。
緩やかなウェーブを描く柔らかそうな髪が揺れて、カーテンの代わりに白い頬の半ばを隠した。
軽く顎を引いたその人の、一瞬女の人かと思うような綺麗な顔の中の穏やかな眼差しが、私を見つけてふと和んだ。
「やあ、こんにちは」
「……こんにちは」
「今日も配達?お疲れさま」
「どうも」
自転車の籠に乗せてある花束に目を留めて、その人は優しげに目を細める。
「今日の花も綺麗だね」
「あ……ありがとう、ございます」
「贈られる人も、そんな綺麗な花束を見たらきっと喜ぶね」
「そう、ですか?」
ともすれば上擦りそうになる声を一生懸命抑えて聞き返すと、彼はにこりと笑って頷いて。
「俺だったら、すごく嬉しいよ。そんな綺麗な花束をもらえたらね」
「ありがとうございます」
今までにも何度か交わした会話の中で、ここに持ってくる花束は全て私が作っていると
話したことを覚えているらしい彼の答えに、頬が微かに熱くなるのを感じて、私は慌てて俯いた。
別に、今まで一度も誉められたことがない訳じゃない。
だけどいつも窓越しに言葉を交わす彼からの言葉は、今までにもらったどの賞賛よりも嬉しかった。
「……それじゃ、今度幸村さん宛ての花束の注文がきたら、腕によりを掛けて作りますね」
「本当?……嬉しいよ、ありがとう」
「……じゃあ、まだ配達が残ってるので、今日はこれで」
「ああ、うん……さよなら」
零れ落ちるような「さよなら」が、切ない気持ちを増幅させる。
花束を作るのと同じほどにたやすく、この気持ちを伝える術を持てたらいいのに。
そう呟いた私の声は、籠の中の花の上に零れて消えた。
061223〜070516 Web拍手にて公開
070517 再公開
|