貴方さえ居ればよかった
優しい声が名前を呼んで、小さな隙間からこちらを覗き込む。
「見つけた」
古ぼけた木製の遊具の中、膝を抱えて小さくなっていた私に、笑って手を差し出す。
「ほら、出といで。一緒に帰ろう」
「……ヤダ」
「もうおばさん怒ってないよ、すごく心配してたぞ」
「……ホントに、怒ってない?」
「俺が嘘言ったことあったっけ?」
「ない……」
「だろう?大丈夫だよ、俺も一緒に謝ってあげるから、だから帰ろう?」
そう言って私の手を取って。
家まで一緒に帰ってくれて、ホントに一緒に謝ってくれた。
いつもそうやって私の傍に居てくれたのはサエちゃんだった。
昔も、今も、いつも。
「見つけた」
屋上の片隅でしゃがみ込んでいた私の頭上で、昔から変わらない優しい声が響いた。
顔を上げた私を見下ろして、サエちゃんは言う。
「そろそろ帰ろう、もうすぐ暗くなるぞ」
「……ヤダ」
首を横に振って縮こまった私を見て、サエちゃんは仕方ないなと言いたげに笑って、
そして、いつものように手を差し出した。
「そんなふうに逃げ回ってても仕方ないだろ?」
「だって……」
「それにこの時間じゃ、さすがにもう今日は帰ったんじゃないか?」
「そんなのわかんないじゃん」
「万が一まだ学校にいたとしても、俺が追い払ってやるからさ、な?」
「……ホントに?」
上目遣いに見上げたサエちゃんの顔が優しく微笑んで。
伸ばされた腕が私の腕を掴んで、軽々と引っ張り立たせる。
大きくて温かい手のひらが頭の上に乗って、くしゃりと髪を撫ぜた。
「俺が嘘を言ったことあったか?」
「……ない」
「だろ?ちゃんと守ってやるから。だから、帰ろう」
「……うん」
そのまま手を繋いで、二人で学校を出た。
サエちゃんの言うとおり、彼はもう帰ったようだった。
夕暮れに赤く染まる道を、手を繋いで歩きながらサエちゃんが言う。
「でも、そいついいヤツなんだろ?ダビデが言ってた」
「……いい人だけど。でも、友達だもん」
「友達以上には思えないか」
「……うん」
いい人だけど。優しい人だけど。でも彼じゃダメなんだ。
昔も今も、いつだって、私が傍に居て欲しいのは。
「サエちゃん」
「ん?」
「傍に、居てね?」
脈絡のないその言葉に、サエちゃんは穏やかに笑って、繋いだ手に力を込めた。
05/05/27〜05/07/31 Web拍手にて公開
05/08/01 再公開