そっぽを向いた鏡 包み紙を剥いたままで手のひらにぽつんと残っていたガムを摘み上げる。 ぼんやりしていたブン太の目が焦点を取り戻した時には、薄緑の甘い欠片は私の口の中に消えていた。 「あーっ!」 「ゴチになりまーす」 「じゃねえよ!お前それ最後の一個!」 「全然口に入れる気配なかったから、いらないのかと思って」 「勝手に決めんな、勝手に!っあーあ……」 ものすごく恨めしそうな顔で睨んでくる視線を受け止めながら、いつものブン太を真似てガムを膨らませてみたけれど、噛み始めたばかりのグリーンアップル味のガムはうまいこと膨らんではくれない。 そんな私を見てブン太はへっとバカにしたように笑って、ポケットからまだ未開封のガムを引っ張り出した。新発売のチェリー味。男の子には不似合いな可愛いピンク色の包装は、ブン太には不思議と似合っていた。 「全然最後の一個なんかじゃないじゃん」 「バカヤロ、その味はそれが最後だったんだよ」 「ケチくさいこと言う男はモテないよブン太」 「……うるせえよ」 不貞腐れたようにボソリと呟いて、またさっきと同じ方へ視線を向ける。 窓の外。校庭から聞こえてくるのは部活動の音と声。 一際大きく聞こえてくる野球部のノックの掛け声に混じる、高く柔らかい女の子の声に耳を澄ませる。少しずつ味が薄くなり始めたガムを噛みながら、ちらりとブン太の横顔に視線を送る。 真っ直ぐに窓の外を見つめているブン太のその表情に感じた既視感が、チクリと胸の最奥を刺した。 その痛みを振り切るようにわざと明るい声を絞り出す。 「ブン太さあ、いい加減告っちゃえば?」 「……は?何だよいきなり」 「私の勘だと、彼女も満更でもなさそうな気がするんだけどなあ」 「……お前の勘とか、めちゃくちゃ当てにならねー」 「ムカつくなー!人がせっかく応援してやってんのに!」 「ジョーダンだっつの。―――マジサンキュな」 「お礼はそのチェリー味でいいよ」 「お前、さっき一個分捕っていきやがった癖によ……」 ブツブツ言いながらも、ブン太は薄いピンクの包装紙に包まれた小さな長方形をひとつ、私の手のひらに落とした。 そして一旦は私に向けた視線をまた窓の外に送る。 ―――その横顔を見つめる私の気持ちには、少しも気づかないで。 自分があの子に向けるのと同じ眼差しを、私がブン太に向けていることに、ブン太は気づかない。 ブン太を見てると、まるで鏡に映った自分を見てるような気分になる。 でも鏡の中のブン太は決して私を見ない。私だけがブン太を見ている。 違う相手への同じ感情を秘めた視線は交わることなく、私の心は空回りし続ける。 一人の帰り道、噛みしめたチェリー味のガムは切ない甘さを喉に残した。 070517〜080731 Web拍手にて公開 |