自惚れて、そして溺れて 人気のない教室で、居眠りする柳生くんという、世にも珍しいものを見た。 窓際の列のちょうど真ん中にある彼の席。足を組み、腕を組んで、ぴしりと背筋を伸ばして座っている姿は、パッと見、眠っているとはとても思えない姿勢の良さで、同時にとても柳生くんらしいと思った。 微かに俯いた顔を隠すようにやわらかな亜麻色が揺れる。 足音を忍ばせて近寄って、椅子に腰掛けている柳生くんの足元に跪く。そっと覗き込んだ眼鏡の奥に、閉じられた双眸が見えた。 長い睫毛がシャープなラインを描く頬に薄く影を落としている様子は、まるで美術館に飾られている彫像のようで、綺麗という形容がしっくりと当てはまる。 思わず見惚れて溜息をついた瞬間、微動だにしなかった睫毛が微かに震えて、僅かに眉間に皺が寄った。 ヤバイ、と思った時には瞼の奥に隠れていた色素の薄い瞳が現れて、レンズの向こうから私を見つめていた。 「お、おはよう」 「……おはようございます」 夕暮れ差し迫る教室で交わすにはあまりに不釣合いな挨拶。 それでも柳生くんは彼らしく律儀に挨拶を返すと、組んでいた腕を解いて少しずり落ちていた眼鏡を押し上げた。 眠っている間に顔を覗き込まれるなんて、決していい気分じゃないだろうに、そういった不快感を微塵も感じさせない態度で跪いたままの私を見下ろして、口元に柔らかな笑みを刻む。 「何か?」 「あ、えっと。動かないから眠ってるのかなあって、思って……」 「ええ、私としたことが、少し転寝をしてしまったようです」 「部活が忙しいから疲れているんじゃない?」 「そうかもしれませんね」 気まずさを誤魔化すように当たり障りのない会話を交わして、そそくさと立ち上がりかけた私の腕を、さりげなく伸びた柳生くんの腕が掴んだ。 いきなりのことに驚く私を余所に、柳生くんは椅子から立ち上がって、その腕に少しだけ力を込めた。 引き寄せられて抱きしめられたことを自覚するまで、数秒のブランクがあった。 「や、ややや柳生くん?」 「失礼。偶然にもなかなかない良い機会を得られたようなので、これを逃す手はないかと思いまして」 「はい!?」 「好きです」 言われた言葉の意味を理解するまでに、また数秒間。 きちんと糊を利かせたシャツの襟元から香るマリンノートが、パニックに陥った気持ちを少し静めてくれる。 さっきの言葉は本当?聞き間違いじゃない? 自問する私の心の中を覗いたかのように、絶妙のタイミングで柳生くんが囁いた。 「いきなりのように思われるかもしれませんが、嘘ではありませんよ」 「……で、でも、あの、いつから」 「いつからでしょうね。自分でもはっきりとこの時からと言うのは覚えていないのです」 「そ、そうですか」 「それで、宜しければそろそろ」 「は?」 「そろそろ、お返事を聞かせていただけると嬉しいのですが」 抱きしめる腕の力が僅かに緩んで、さっき寝顔を覗き込んだ時よりもっと近い位置から、意外に鋭い瞳がじっと私の目を覗き込んでくる。 いきなりのことに驚きながら、自分の中に『NO』という選択肢が見当たらないことに今更のように気づいて、私は微かに赤面した。 070517〜080731 Web拍手にて公開 |