錆びついた上に少し歪んでる、屋上へ至るドア。
それを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは真っ青な空と細く立ち上って揺れるタバコの煙。
例えばこんな昼下がり
「……あっくん、もーちょっとコソコソして下さいよ」
「ああ?いきなりなんだ」
「入り口の真正面で堂々とタバコ吸ってんなっつーの。一応悪いことしてるんだからさぁ、物陰に隠れてこっそりやろうよこっそりと!情緒がないよ!」
「情緒ってなんだ。バカか」
「未成年の喫煙は親や先生に隠れて物陰でひっそりとって言うのがセオリーでしょ!亜久津は堂々とし過ぎなのー!不良な雰囲気ぶち壊し!!」
「お前のアホな脳内設定に俺を巻き込むな」
ぎろり、と言う擬音が見事にハマるキッツい目つきで睨まれる。
うーわー相変わらず堂に入ったガンたれっぷり!
……とか言うとさらに睨まれるから、反射的に開きかけた口を無理やり閉じて、無言で亜久津の右隣に座り込む。
亜久津はチッと舌打ちして右手に持ってたタバコを左手に持ち替えた。
タバコの煙がゆらゆら揺れる。
「あー、ありがと」
「何が」
「タバコ、私の方に煙が来ないように持ち替えてくれたじゃん」
「……別にテメェのためじゃねぇ」
「はいはいそーですか」
ホント素直じゃないなぁと思うけど、これ以上突っ込んでも亜久津が逆ギレするだけってわかってるんで(運が悪いと鉄拳食らう)(もちろんやられたら優紀ちゃんに報告するけど)適当に相槌打って話を終わらせて。
座る位置を微妙に直して、亜久津の肩に寄り掛かって目を閉じた。
頭上でもう一度舌打ちする音が聞こえたけど、それだけで。
冬の初めとは思えない温かい日差しの中で、しばらくの間私はうとうととまどろんだ。
10分ほど経った頃、錆びた扉が軋んだ音をたててゆっくり開いた。
一瞬の沈黙、それから声。
もう随分と聞き慣れた、耳に馴染んだ明るい声。
「あっれー?何やってんの二人して」
「亜久津ーっ、タバコ吸うにしても場所を考えろって何度も言ってるだろっ」
「……うるせぇのが来やがった」
亜久津の舌打ちと心底嫌そうな声にうっすら目を開けると、こちらに向かって歩いてくる二人の影。
コンビニの袋ぶら下げた手を顔の横に持ち上げて、キヨがにぱっと笑う。その後ろで南が亜久津のことを睨んでる……んだけど、いまいち迫力に欠ける情けなーい顔してた。
ふぁー、と大きくあくびを一つして、亜久津の肩から身体を起こすと、二人に向かって手を振り返す。
「ういーっす」
「やっ。ちゃんもこのあとサボリ予定?」
「あっくんと屋上デ・ェ・ト」
「殺すぞテメェ」
わざとらしく笑顔作って亜久津の腕に自分の腕を絡めたら、あっさり振り切られた。
でも思いっきりじゃなくてちゃんと力加減はしてくれてるあたりが亜久津らしいなぁなんて思いつつ。
「きゃーこわーい殺すだってー南たすけてー」
「その棒読みやめろ、腹がたつ」
「何で俺にむかって言うんだよ……もこういう時だけ俺の後ろに隠れるのやめてくれ……」
「そーだよちゃん、ジミナミより俺の背中の方がさわ……頼り甲斐あるよー」
「今触り甲斐って言おうとしただろ、千石」
「言おうとしてたね」
「テメェの頭ン中はそればっかりか、タコ」
「集中攻撃しないでよ、泣いちゃうよ俺」
「勝手に泣いてろ」
「泣いてていいからおやつこっちにちょーだいよ」
「あ、十六茶は俺のだからな」
「みんなして冷たい……」
さめざめと泣くフリをしてるキヨの手からさっさとコンビニの袋を奪い取って物色開始。
地面に広げたポケットティッシュの上にざらざらとプリングルスの中身をあけて、イチゴのジャイアントカプリコの包装をやぶく。
さっさと泣き真似をやめてこっちににじり寄ってきたキヨがカプリコをかじろうとした私の顔を見て呟いた。
「そのカプリコは俺のなんだけど、ちゃん」
「キヨのものは私のもの、私のものは私のもの」
「ジャイ○ン理論はいいから返して」
「イヤ。あっ亜久津、そのリプトンのアップルティーちょーだい」
「ストローいんのかよ」
「いる」
「……千石、お前飲み物も分捕られてるけど」
「もうあきらめた」
「こんなこともあろうかと余分に買ってきといて正解だったよな、な?」
「なぐさめになってないよ南」
「キヨ、キヨキヨ」
「なーに……」
振り向いたキヨの口元にかじりかけのカプリコを差し出す。
一瞬びっくりして眼を丸くしたキヨの顔がへにゃっといつもみたいに笑み崩れて、上機嫌でカプリコにかぶりついた。
これだけで機嫌直っちゃうんだから、お手軽な性格だよねー。
そんなキヨを呆れ顔で見つめながら、ペットボトルのお茶を一口飲んで南がほーっと息をつく。
「あーうまい……」
「ジジむせぇな」
「そんなんだからジミナミとか呼ばれちゃうんだよ」
「……ほっとけ」
南の声にかぶるように昼休み終了のチャイムが鳴って。
少ししたら校庭ではどっかのクラスが準備運動を始めた。
切れ切れに聞こえてくる声を聞きながら、なんとはなしにぼんやりと空を見上げる。
さっき屋上に入った瞬間見た、亜久津のタバコの煙を思い出させるような、細くて長い飛行機雲が一筋、真っ青な空にかかっていた。
同じように空を見上げた南がのほほんと口を開いた。
「……いい天気だなぁー」
「絶好のサボリ日和だねー」
「部活はサボんないでよね」
「ホント部活に関してだけは厳しいよねぇ、敏腕マネージャー様は」
「それ以外のとこでは甘く見てあげてるでしょ」
「自分だってサボってるからじゃないか……」
「なんか言った」
「別に何も」
「弱っ!南弱すぎ!」
「今に始まったことじゃねぇだろ」
「…………」
「冗談だってば南ー」
無言でいじける南の背中をキヨが笑って叩く。
それを横目で見ながら亜久津が新しいタバコに火をつける。さっきと同じ白い煙が空に立ち昇りながらゆらゆらと揺れて、その不規則な動きを見つめていたらなんだか眠くなった。
日差しは変わらず温かくて。
煙と一緒になんだか身体もゆらゆら揺れる。
大きく一つあくびをしたら、亜久津がちらっとこっちを見てつまんなそうにぼそっと呟いた。
「寝てろ。部活の時間までには起こしてやるから」
「んー……じゃあお言葉に甘えて、そーしよっかな」
「何?ちゃん眠いの?俺膝枕してあげよっか」
なぜか妙に嬉しそうに言ったキヨの笑顔が果てしなく胡散臭い。
私が寝てる間に何かやる気じゃなかろーか……。
「大丈夫、亜久津に肩借りるし、それにあんたの膝枕はなんだかすっごい嫌な予感がするからいい。亜久津、キヨがなんかやらかそうとしたら殴っていいからね」
「……だとよ、千石」
「あっくんすっかりちゃんの番犬扱いだよね」
「ンだとコラ」
「喧嘩するなよ!千石、お前はどうしてそういつも一言余計なんだ……」
「喧嘩してもいいけど小声でやってよね。じゃあオヤスミ〜」
「わざわざ余計な発言してから寝るな、!」
「南うるさいよ、あんたも寝ればぁ……そしたら気にしなくてすむでしょぉ……」
寝ると決めたら眠気が急激に襲ってきて。
南に声を掛けるのとほぼ同時に瞼を閉じた。
最後に見えたのは、そっぽむいた亜久津の横顔と立ち昇るタバコの煙、それとわたしを見つめて優しく笑ってるキヨの顔。
日差しがあったかくて、みんなの声が耳に心地よくて、なんだかすごく気持ちがいい……。
そして頬にかかる髪をそっとかきあげてくれた、誰のものかわからない指の感触を最後に、私の記憶は一旦そこで途切れた。
「……ちゃん……ちゃん」
「、起きろ」
「……んー……?」
呼び掛ける声にぼんやり開いた視界の中で、キヨがにっこり笑って。
「6限目終わったよ」
「んー……わぁった……」
「おい千石、南も起こせ」
「うん、ちょっと待って。ちゃんちゃん」
「ちょっと待って……」
「早く起きなよ、いいもの見れるから」
「ハァ……何?」
「南の寝顔。可愛いぞぉー♪」
キヨの楽しげな声に眠い目をこすりながら隣を見ると。
壁にもたれてすやすやと寝息をたててる南の姿。なんだ、ホントに一緒に寝ちゃってたんだ。
……しかし……キヨの言うとおり確かに可愛いわ、こりゃ。
無防備な寝顔はいつもよりずっと子供っぽくて可愛いって言葉がぴったりハマる。
なんだか無性に苛虐心をかきたてられる寝顔……(※苛虐【か-ぎゃく】苛め苦しめること、むごく扱うこと)。
「……キヨ」
「ん?何?」
「マッキー貸して」
「オッケー」
「……なんでそんなもん持ち歩いてんだ、テメェは」
「何となく」
ポケットから取り出したマッキー(黒)をぽんと私の手のひらに押し付けたキヨに、亜久津が胡散臭そうな眼差しを向ける。
キヨはさして気にする様子もなく短い答えを返してから、楽しげにこっちに向き直った。
「なんて書くの?」
「ハットリ君ほっぺ。喜多とおそろにしてやろーかなーと」
「それよりも猫ヒゲとかどう?」
「バーカ。お前ら、顔に落書きつったら額に『肉』だろ、基本だ」
「あっくん『キン肉マン』好きだったんだー」
「うるせぇな」
「私はどっちかって言うとラーメンマンの方が好きだったけど」
「俺テリーマン!あっ、『米』って書こう!テリーマンでいこうよ!もしくは平仮名で『にく』!」
「えーミート君?でも王道はやっぱり漢字じゃん?」
んで、結局南は。
すぐ間近でひそひそと交わされた議論にも、額をなぞるマッキーの感触にも目を覚ますことはなく。
その後私たちに叩き起こされて、痛いくらいの周りの視線に首を傾げながら部活に赴いて。
テニスコートで室町に指摘されるまでオデコにでかでかと書かれた『肉』の文字に気が付かなかった。
そしてそれからしばらくの間は、テニス部員はみんな南の顔を直視すると笑いが止まらなくなっちゃって。
伴ジイですら、南の顔を真正面から見るのを避けたのだった。
・・・・・・・・・・ あとがきのような懺悔 ・・・・・・・・・・
17000Hitを踏まれた茂木 美乃様に捧げます。
メッセ友達である美乃ちゃんとメッセで語っていた折に、キリリクの話が出て「山吹メンバーと昼寝した後、南の額に『肉』って書いてオチ」とのリクエストをいただきました。
ちょっとあっくん寄りになってしまいましたが、こんな感じでよろしかったかしら、美乃ちゃん。
こんなんでよかったらもらってやって下さい。
04/12/02up