幸せなんて求めない。君さえ、傍にいてくれれば。






幸せなんかいらないから。


Wakashi Hiyoshi











「……幸せーって何だーっけ何だーっけ……」


不意に浮かんできて頭の中をぐるぐる回りだしたそのフレーズが、思わず口をついて出る。
怪訝そうな表情で読みかけの本から顔を上げた恋人と、正面切って向き合って。


「……って、何のCMソングだったっけ?」
「知りませんよそんなもの」


すぱっと一刀両断。
呆れたような眼差しで私を一瞥して、若は再び本に視線を戻す。
その間にも、同じフレーズが頭の中をぐるぐるぐるぐる。


「あーっ気になるーっ!」
「……うるさいんですが」
「だって頭の中でエンドレスリピート状態になっちゃってて消えないんだもん!この歌が!」
「そんなの俺の知ったことじゃありません」
「冷たっ!ちょっとねぇ、彼女が苦しんでるのよ、一緒に考えてよ!」
「そんな馬鹿みたいな歌、俺の記憶にはありません」
「嘘。だってすごい有名だったじゃん、この歌っ」
「じゃあ何で思い出せないんですか」
「そんなこと言われても〜……あっ!」


唐突に、するっと。
頭の中に続きのフレーズが浮かんで。


「思い出したー!キッ○ーマンのポン酢のCMだ!」
「何ですかそれ」
「だーから、明石家さんまの出てたヤツだって。幸せーってなんだーっけなんだーっけって歌ってんの」
「聞いたこともありません。いつの時代のCMですか」
「私がえーと、いくつの時だっけなー、結構子供の頃だった気がする……」
「そんな大昔のもの、俺が覚えてる訳ないでしょう。それどころか多分まだ生まれてもいませんよ」


そう言うと若は、はっ、と小バカにしたように笑って、また本に視線を戻した。
……さりげなく嫌味を言われた気がする。


「すいませんねぇー!どうせ私はあんたより随分と大昔から生きてますよ、ええ!」
「怒るようなことですか、事実なんだから仕方ないでしょうが」
「うっわ、ムカつく!!」
「歳がいくつだろうが俺はさんがいいと言ってるんだから、気にする必要なんかないと思いますが」


さらっと。ホントにさらっと。
本のページをなぞる視線はそのままで、若が言った。
何だかものすごい科白を聞いてしまったような気が。
思わずじーっと若の横顔を凝視してしまう。


「……今度は何ですか」
「……いえ、何でもありません」


反射的にそう答えたら、若はまた笑ったけど。
それはさっきみたいに人を馬鹿にする笑い方じゃなくて、もっと優しい笑い方だった。
その笑顔はほんの一瞬で、またすぐ本に視線を戻した若の背中に、私はそっと寄り添った。
身長の割に広い背中にそっと自分の背中を預けて。


「……幸せって何だっけー」
「いい加減その変な歌やめて下さいよ」
「いいじゃん。―――あーでも私、別にこの先幸せじゃなくってもいいかなぁ」
「何をいきなり」
「このあとどんな不幸な人生でも、若と出逢えただけでおつりが来るなーとか思った。今ちょっと、唐突に」
「……そんな科白吐いて恥ずかしくないんですか」
「若だってさっきかなり恥ずかしい科白吐いてくれたじゃん。そのお返しに」
「……勝手にして下さい」
「勝手にしまーす。あー何かポン酢とか言ってたら鍋食べたくなってきた。今日の夕飯は鍋にしよう、若」
「お好きにどうぞ」
「幸せーって何だーっけー」
「…………」




君と出逢えた、それだけでもう十分幸せだから。
これ以上の幸せなんてきっといらない。











(05/02/14up)