お願い、誰か。
私は一人ではないと、誰でもいい、そう言って。






私が死んだら泣いてください。


Gakuto mukahi











夕方の屋上なんて、他に誰も来ないと思ってたのに。


「……何してんの、向日」
「そりゃ俺の科白だろ」
「何でこんなとこにいんの」
「……お前俺の話聞いてるか?」


揺らめくタバコの煙の向こうで、クラスメイトの向日岳人は眉間にシワを寄せた。
同じクラスで、席、隣で。それなりに話したりとかもする。
友達と呼ぶほど仲がいい訳じゃないけど、無関係の他人と呼べるほど冷たい仲でもなく。
とても中途半端。
向日は何でかぷらぷらとこっちに歩いてきて、あたしの隣でフェンスに寄り掛かる。
がしゃん、と錆びたフェンスが耳障りな音をたてた。


ってタバコとか吸う奴だったんだな」
「悪い?」
「別にんなこと言ってねーだろっ」


そう言って軽く頬を膨らませた顔は、他の顔を思い出せるクラスメイトたちに比べると格段に幼い。
身長だってどう贔屓目に見てもあたしより低い。
さらさらの髪とかくりくりの大きな目とか、まるで女の子みたいだけど。
なのにうちのガッコじゃ大変有名なテニス部の。
レギュラー。


「今日テニス部は?練習じゃないの?」
「今日は休み」
「マジで?へぇ、平日も土日も朝から晩まで練習に明け暮れてんのかと思ってた」
「そんなんやってたら体力もたねーじゃん。練習効率とか考えてんだよ、色々な!」
「偉そうに言ってるけど考えてんのは監督とか部長でしょ。向日じゃないんでしょ」
「うるせー!くそくそっ」


ちょっと笑って深く吸い込んだタバコの煙が、舌先に苦さを残した。
真ん中くらいまで吸ったタバコに、向日の視線が吸い寄せられる。


「何がうまいんだ、そんなもん」
「別にすっごいうまいとか思ってる訳じゃないけど」
「じゃあ何で吸うんだよ?」
「何でだろーねぇ。―――吸ってみる?」


ポケットの中から取り出したマルボロメンソール。
緑色の箱の中には、あたしの記憶が確かならまだ七本ばかし残ってるはず。
向日は一瞬びっくりしたようにあたしと差し出した箱を交互に見て、それから心底嫌そうな顔になった。


「いらねーよ、んなもん」
「……あっそ」
「なぁ、何でそんなん吸うんだよ」
「なーによ、随分突っかかるね、あんたも」
「……だってタバコ吸ってる時の、すっげぇ変な顔してっから!何つーの、めちゃくちゃキツそうっつーか辛そうっつーか、何かそんな感じの」
「……変な顔とは何かね向日君、仮にも一応ワタクシ女の子なんですけども」
「話逸らそうとすんなよな」


……。
別にそれほどこの話を厭っていたつもりはなかったんだけど。
向日に言われてちょっと、あれ、と思った。
あたしこの話イヤなのかな。


「……そんな顔、してた?」
「してた。ついでに言うと今もしてる」
「ふぅん……」
「何だよ」
「……向日ってさぁ」


天然?それともマジで鋭い人?
そう訊いたら、可愛い顔がムッとしたように歪んだ。


「何だよ、それ」
「……向日はさぁ」
「あ?だから何だよ!」
「ガッコ楽しい?」
「はぁ!?」


すっとんきょーな声をあげて、向日がフェンスから身体を起こす。
またがしゃんと嫌な音。錆びた針金が擦れる、耳障りな金属音。


「ねぇ、楽しい?」
「……は学校つまんねーのか?」
「……わかんない」


勉強は別に嫌いじゃない(嫌いだったら受験してまでこんなとこ来ない)。
クラスメイトも皆いい奴ばっかりだと思う。特別仲のいい子とかいる訳じゃないけど。
毎日の生活に特に何か不満があるとか、そういうこともない。
だけど、何か。


「集団の中に埋没しちゃって、しすぎてる気がしちゃってさ。あたしの存在って何なんだろって、時々ぽかっと頭ん中に浮かぶんだよね」
「……何だそりゃ」
「明日いきなり自分がいなくなっても、誰もわかんないんじゃないかなぁって」
「そんなことねーだろ」
「そんなことないかもだけど、でも考えちゃうんだよ」




例えば明日、いきなりあたしがいなくなっても。
何かの事故で死んだとしても。
誰も、何も、変わらないんじゃないか。
何事もなかったように、きっと世界は動いてく。
―――明日、あたしが死んだとしても。




「―――と、そういうこと考えるとどうにももやもやしちゃうのでね、気持ちを紛らわすのにちょっといけないマネをしてみたりなんかする訳ですよ」
「……けどさ」
「んー?」
「タバコ吸ってっ時に結局ああいう顔してるってことは、全然気なんか紛れてねーんじゃん」
「あー……まぁ、そうかもね」
「んじゃ意味ねーじゃん。だったらやめとけよ」


あっさりとそう言って。
向日はポケットに戻さずそのまま持ってたマルボロの箱を、あたしの指の間から抜き取って。
くしゃり、と握り潰した。


「なーにーすんのー!?」
「やめとけっつってんの!」
「そんなん向日に言われる筋合いないんだけどっ」
「あるっ!」


ぐしゃぐしゃになったタバコの箱、思いっきり遠くに投げ捨てる。
キレイに放物線描いて飛んだタバコの箱から向日の顔に視線を戻したら、女の子みたいな可愛い顔が、何だかとても怒ってるっぽくて。
続けて言おうとしてた文句は喉につっかえて出てこなくなった。


「俺は死んだら泣くぞ!」
「―――は?」
が明日いきなりいなくなったら探し回ってやるしっ、が何かの事故で死んでたら泣いてやる!だから変なこと考えんのやめて、あんな顔してタバコ吸うのもやめとけ!」
「何、言ってんの……」
「だってはそうして欲しいんだろ」


ホントに向日って、天然?それともマジで鋭い人?
あたしが死んだら泣くと言う、クラスメイトの男の子は。
ぼんやりしてるあたしの指の間のタバコも取り上げて上履きの底で踏みにじった。

――― それがあたしの最後のタバコ。











(05/02/14up)