僕だけが知っている。
その30cmの奇跡。






手、繋ごう。


Hikaru Amane











「んじゃいってきまーす」
「気をつけるのよー。ヒカル君、またいらっしゃいね」
「お邪魔しました」


いつもの日曜日、いつもの時間。
ちゃんと僕の家を出て、二人は並んで歩き出す。
僕も一緒にお行儀よく、ちゃんの隣に並んで歩く。
いつもの散歩道。


、俺何か食いたい」
「んー?うん、いいよ。あっ、あたし今日は何となくアイスな気分」
「アイス……」
「そこですぐダジャレ考えない」
「…………」


ダビデのダジャレはもう聞き飽きましたー!と海に向かって叫んだちゃんの目線は、すぐに海から近くのコンビニに移動する。


「ダビデ、いつものー」
「うぃ」
「せーのー……」

『最初はグー!じゃんけんっ』

「ぽんっ!―――いえーい、勝ちー!」
「負け……」
「今日であたし三連勝だよ」
「でもその前は俺が五連勝」
「むむむむむ。でもとりあえずは今日の勝者はあーたーしー!」


僕を置いて意気揚々とコンビニに入っていって、ちゃんはヒカル君のオゴリでジャンボモナカを買ってた。
ヒカル君はガリガリ君ソーダ。
店員のお兄ちゃんの『ありがとうございましたー』を背中に受け止めながら、やっぱり二人並んで冷たいアイスを手に二月の寒空の下に戻ってくる。
途端、狙い定めたように吹き抜ける北風。


「うあー、ひゃっこー!!」
「……選択をミスった気がするぜ……」
「いーじゃん、真冬の寒空の下でアイス!オツじゃん!」
「どうせなら中華まんにすれば良かったっちゅーか何ちゅーか……ぷっ」
「わかりにくい!」


ちゃんはこの場にいないバネさんの代わりにババチョップですかさずツッコミ入れてから、ジャンボモナカを一口かじった。
僕にも一片け、おすそ分けしてくれる。冷たいバニラは甘くておいしい。
ヒカル君は右手にガリガリ君。こっちのおすそ分けはなし。
食べ終わって、ゴミをちゃんとゴミ箱に捨ててから、また並んで歩き出した二人の間の距離は30p。
ぷらぷらと歩く速度に合わせて、二人の腕もぷらぷら揺れる。
揺れる腕、掠りそうで掠らない、微妙な距離30p。


『お付き合い』を始める前は二人の距離はもっと近かった。
だけど付き合い始めた後、少し離れた。
でも僕は知っている。
並んで歩く時、ヒカル君は絶対左手で物を持つ。
いつもは右手なのに、ちゃんと並ぶ時だけは、右手は空っぽ。
ちゃんはいつも、僕のリードを右手で持ってる。左手は空っぽ。
そしてヒカル君の手は、いつもちょっと不自然なくらいナナメに揺れている。
そしてちゃんはヒカル君と一緒の散歩が終わってうちに帰ると、いっつも何か考えながら僕の前足を握ってしばらくの間離してくれない。


二人とも、奥手過ぎるんだよな!
……と、バネさんがこっそり僕に言ったことがある。(バネさんは犬が好き。僕にも優しい)
僕もちょっとそう思う。


ちゃんと手を繋ぎたいヒカル君。
ヒカル君と手を繋ぎたいちゃん。
だけど繋がない、繋げない。
奥手な二人の奥手な恋は、とてもゆるゆるノンビリペースで、なかなか進んでいるように見えないのだ。


だけど僕はもう一つ、知っていることがある。
今は30cmの二人の距離は。
『お付き合い』を始めたばっかりの頃は、実は70cmくらいあったこと。
毎日毎日、ちょっとずつ。
距離は縮まっているのだ。
これはバネさんも知らないこと。
僕の目線の高さだからわかる、とてもささやかな変化。


70cmが50cm。
50cmが30cm。
30cmが0cmになる日は、もうそんなに遠くない日のことみたい。


だからあともう少しだけ、僕はちゃんに前足を握られるのを我慢する。











(05/02/14up)