鮮やか過ぎる眼差しに心を絡めとられる。
突き刺さる強いひかり。
こうなることはわかっていた。わかっていたから避けていたのに。



もう逃げられない。








細く開いた窓の隙間から吹き込む冷たい北風をはらんでふくらんだ白いカーテンが、正面に立つ彼の表情に薄く影を落とした。
少し長めの前髪の下に見え隠れする目が、じっと私を見ているのを感じる。彼の視線は細い細い銀の針が肌に突き刺さるようで、あるはずのない痛みすら感じさせた。
声変わりが済んでいるにしては高い声が不機嫌そうに囁く。その声が高まる自分の鼓動と重なって響いて、酷く眩暈がした。


「こっち見ろよ」
「…………」
「おい」
「……み、見てる」
「見てねえじゃん」



苛立たしげに言い返すのと同時にジャージの腕が持ち上がって。
バン、と音を立てて窓についた両手が、私を囲い込んで逃げ場を無くした。
鋭い視線がちりちりと肌を刺す。私は切原のジャージの襟元に注いでいた視線を少しだけ上向けた。一文字に結ばれた薄い唇。冬にもかかわらず小麦色に焼けて引き締まった頬のライン。
男の子なのに綺麗なんて思ったら、おかしいだろうか。
そんなふうに考える私の視界で、切原の唇が微かに緩んでまた不機嫌な囁きを紡いだ。



「まだ見てねえよな」
「だから、見てるって……」
「人と話す時は目を見て話しマショ、って教わってねーの?」



少しおどけた口調でそんなことを言う。
答えあぐねた次の瞬間、窓ガラスを離れた切原の手のひらが私の顔を左右から挟みこんで、強い力で無理やり上を向かせた。
ぞくりと背筋を駆け上がった震えが、窓ガラスの冷たさを吸い取ったような切原の手のひらの感触の所為なのか、一瞬正面から見つめあった視線の強さに竦んだからなのか、自分でもわからない。
反射的に目を閉じて両腕で切原の肩を押し返したけど、私を捕まえた腕はぴくりともしなかった。



「やっ……!」
「目、開けろよ」
「はな、離して」
「目ェ開けねーとこのままキスすんよ」
「……!」



閉じた瞼の裏の、薄明るい白い闇の中で聞く切原の声が、またしても背筋に微かな震えをもたらす。
一瞬だけ、躊躇ってから。
そっと瞼を押し上げると、鋭くこっちを睨む一対の眼差しと視線がぶつかった。
目があった途端、猫科の獣みたいなその瞳がクッと屈折した光を放って揺れた。
真っ直ぐこちらを睨んでいた切原の視線がふっと下向いて、喉の奥から無理やり絞り出したような、掠れて引き攣った声が耳を打つ。



「……速攻かよ……そんなに俺にはキスされたくねーってか」
「べ、別にそういうつもりじゃ、な……」
「じゃあどういうつもりなワケ?」
「どういうって」
「―――のそーいうとこ、すげームカツク」



低く、押し殺すような声で言われたその言葉にズキリと胸が痛んだ。
一度は外れた視線が、再び私の目を真正面から睨み据えて強い光を放つ。
一秒ごとに高まっていく心臓の鼓動と、早まって乱れる呼吸。
お腹の底からせり上がってきた熱い何かが、喉を通って頬を熱くして、目の奥がじわりと沁みた時。
切原の声が泣き出す一歩手前みたいに、歪んで響いた。



「すげームカツクのに、何でこんな好きなんだよ……!」








『あたし、切原が好きなんだあ』





耳の奥で聞こえる声。大事な、大好きな友達の。
は誰が好きなの?』って聞かれて、私も切原が好きって言えなかった。誤魔化すみたいにあやふやに笑って、有耶無耶のまま済ませた会話。
その日から切原の顔を真っ直ぐ見れなくなった。
見てるだけで自分の気持ちが溢れ出してしまいそうで、怖くて、苦しくて。
それまでは合わせられていた視線を受け止めることが出来なくなった。

それに反比例するように、切原が私に向ける眼差しは強くなった。
切原の目が語る。
私はそれに気づかない振りをする。
かみ合わない。食い違う。すれ違う。崩れていくバランス。



限界を越えて、爆発してしまったのは切原だった。








頬を包む手のひらの体温が少しずつ上がっていく。
真っ直ぐに睨む視線の熱に、凍らせていた気持ちが溶けていくのを感じた。



「……きりはら」
「……ンだよ」
「……切原……きり、はら」
「だから、何だよ」
「すき」



コクリと小さく息を呑む音。
睨みつける視線がほんの僅か揺らぐのを見つめて、私は小さな声で繰り返した。



「好き」
「――――――」



泣くのを堪えるように一層強く睨みつけてきた眼差しが、瞼の奥に隠れたのと同時に。
噛み付くように交わした私たちのキスを、ふわり大きくはためいたカーテンが隠した。











『睨む目は誘惑』 A・Kirihara
070217