彼は何故かやたらめったら私に構ってくる。
いつからかはもう忘れた。気がついたら何かとちょっかいをかけられるようになっていた。
そして昨日、何でそんなに私に構うのと聞いたら、『暇つぶしに最適だから』と言われた。

……そんな理由で纏わりつかれて、挙句彼氏に誤解されて、とうとうフラれた私はどうすれば?








「ホンット、どうにかしてよアレ!!」



だん!と机を殴りつけた音に、食堂内の視線が一斉にこっちに向く。私の前に座る忍足は、落ち着き払った態度で自分のカレーライスのお皿とお茶のペットボトルがひっくり返らないように抑えた。
因みに私のサンドウィッチはお皿の上でぱたりと情けなく倒れただけに留まった。
口の中のカレーを飲み込んで、忍足が軽い溜息と共に言葉を吐き出す。



「あんなあ、。毎回言うとるけど、俺はあいつのクレーム処理係でも何でもないんやで?」
「あんたんとこの部長でしょ!」
「せやったら別に俺やのーても、岳人とか宍戸とか、他にも仰山おるやろ」
「あいつらじゃ役に立ちそうにないもん」
「……ホンマ辛口やね、このお姫さんは」



呆れたように呟いて(フォローの言葉が一切ない辺り、忍足も十分辛口だと思う)、ペットボトルの蓋を捻る。薄い緑色が窓から差し込む光に透けて、テーブルの上に落ちる薄い影がゆらゆら揺れた。
忍足の言い分がわからない訳じゃない。忍足はあいつの友達で部活の仲間だけど、だからって面倒を見なくちゃいけないことはない。こうして愚痴る私に律儀に付き合ってくれてるのは、あいつのことに責任感じてるからじゃなくて、私に対する優しさと気遣いからだってこともわかってる。その優しさにつけ込んで無茶苦茶言ってるのも認める。だけど。

……無茶苦茶でも何でも、言わなきゃやってられないっつーの!

イライラしながらサンドウィッチに噛み付く私を同情の混じった目で見つめて、忍足はペットボトルに口をつけた。たぷんと小さな水音がして、また緑色が揺れる。
数秒間の沈黙のあと、ペットボトルを置いた忍足は再びカレーのスプーンを手にして、何故か躊躇いがちに口を開いた。



「……あいつ、『暇つぶしに最適』て言うたんやな?」
「そうだけど、何?」
「あんなあ……」



ますます言いにくそうに口ごもって、視線を彷徨わせる。
何よ?と促す私を見る目が、何かものすごく気の毒なものを見るような感じ。何その目つき、と突っ込もうとした時、唐突に頭の上に重量が圧し掛かった。



「ぎゃっ」
「色気のねえ悲鳴だな、おい」
「……跡部、こんなんでも一応女の子なんやから、もちっと丁寧に扱ったりや」



……前言撤回。こんなんでもって失礼にも程がある。
目の前の忍足にも言ってやりたいことは山ほどあったけど、とりあえずいつまで経っても頭の上から消えない重さの原因に一言言わないと気が済まない。
力任せに身体を捻って背後を振り返ると、ふっと重さが消えた。振り返った私の目の前で、跡部は昼食を乗せたトレイのバランスを片手で器用に取りながらニヤリと笑った。



「ちょっと、いい加減にしてくんない!?」
「いきなり動くんじゃねえよ、零れたらどうすんだ、ああ?」
「人の頭をテーブル代わりにしといて、何その言い草!」



睨みつけて噛み付いた私を半眼で見下ろす。口元に浮かぶ笑みから、明らかにこのやりとりを面白がっていることがわかって、イライラが余計に増した。
食器のぶつかり合う軽い音をたてて、跡部が持っていたトレイをテーブルに置く。空いてる席は他にもあるのに、当たり前のように私の左隣の椅子を引いて腰を下ろして、忍足とテニス部のことで何やら話しながら食べ始めた。
一瞬席を移動しようかと考えて、万が一追いかけてこられて変に注目を集めるのも嫌なのでやめる。さっさと食べ終えてこの場からオサラバしようと、残りのサンドウィッチに勢いよくかぶりつきながら、話し込んでいる二人を横目で盗み見た。
銀色のフォークを操る長い指。跡部の食べ方は嫌味なくらいに綺麗と言うか優雅で、一瞬イラついていたことを忘れて見蕩れてしまう。
ムカつくけど、確かに目を引くいい男なのだ、この跡部景吾と言う男は。
他の子たちがキャーキャー騒ぐのもわかる。わかるけど。
―――けど、だからって何をしても許される訳じゃないと思うのよね!



サンドウィッチを全部胃に収めて席を立ったら、ほぼ同時に皿を空にした忍足がこっちを見た。



「なんや、もう行くんか」
「だって食べ終わったし」
「そしたら俺も行くわ。ほんならまた放課後にな、跡部」
「ああ」
「……じゃあね、お先」
「もう二度と会いたくないって面して言う台詞じゃねえな」
「…………!」
「考えてることがストレートに顔に出過ぎなんだよ、お前。ま、わかりやすくていいけどな」



どうしていちいち人の神経を逆なでするようなことばっか言うかな、こいつは!
睨みつけた私の視線を平然と受け止めて、跡部はそれは楽しげに笑った。
完璧に馬鹿にされてる、っていうかおもちゃにされてる、と感じて再び怒りが湧き上がる。
やっぱりムカつくわこいつー!!



「そこまで私の気持ちがわかってるんだったら、構うのやめてくれないかしらね!?」
「冗談だろ。せっかくいい暇潰しの相手を見つけたってのに、見逃す馬鹿はいねえよ」
「……アンタホントにムカつく……!」
「そうかよ。俺はお前を気に入ってるぜ」



…………は?
一瞬、言われた言葉の意味を計りかねて黙り込む。
何か今、とんでもないことを言われたような気が。ついでに周囲で悲鳴(複数)も聞こえたような気が。
呆然としている私に追い討ちをかけるように、跡部が笑ってもう一度口を開いた。



「この言い方じゃ気にいらねえか?じゃあ言い方を変えてやるよ」
「おい、跡部……」



身体ごと私たちに向き直って頬杖をついて、にやり(としか表現出来ない)と不敵に笑う。
制止するかのように名前を呼んだ忍足の言葉をかき消して、艶やかな声が朗々と響いた。



「       、










―――気がついたら教室に戻っていて、忍足が心配そうにこっちを覗き込んでいた。



「しっかりしいや、
「……え?何?あれ、何、アレは夢?」
「逃避したい気持ちはわからんでもないけどな。現実や、現実」



ぎこちなく視線を動かして忍足の顔を見ると、忍足は跡部に負けず劣らず整ったその顔に同情の色濃い表情を浮かべて重々しく口を開いた。



「あんな、今更やけどさっき食堂で言いかけたことな」
「うん」
「『暇潰しに最適』て、跡部にしてみたらかなり好意的な表現やねん」
「…………はい?」
「あの最後の発言もなー、結構マジかも……」
「……最後の、って……」



まだ半分くらい働かない頭を必死に動かして、食堂での会話を反芻する。
結構あっさりとその言葉は脳裏に蘇った。
それを聞いた直後に食堂中で響いた複数の女子の悲鳴つきでリピートする、言葉。



『愛してるぜ、





……あんな適当な愛の告白があっていいんですか神様。
ていうか、今後の私の運命は一体どうなるんですか神様。











『とりあえず言っておく「愛してる」』 K・Atobe
060902