「あたしって何でこう男運悪いんかなー」
ぽつりと零した台詞に、あたしを挟むように左右に並んで歩いていた幼馴染二人は一瞬顔を見合わせて、そして嫌味なくらいに深々と溜息をついた。
そのあと向けられた視線は明らかにあたしを馬鹿にしていた。そりゃもう、これでもかというくらいに。
「のは男運が悪いんとは違うやろ」
「男運がないんやのうて、男を見る目がないねん、お前は」
「……はあ!?」
「ホンマ、昔っから碌でもない男にばっか惚れよってなあ」
「思えば幼稚園の時には、既にダメ男に引っ掛かる典型的ダメ女の道を歩んどったよな」
「しょっちゅう泣かされて帰ってきて、そのたびに俺らが迷惑こうむってな」
「そう考えるとなあ」
「「俺らの女運のがよっぽど悪いわ」」
「一言一句間違えんと綺麗にハモるなー!!」
ばしばしっと連続で左右にある背中を引っ叩くと、侑士は前のめりつつぼそりと、謙也は仰け反って高めの声で、同じ台詞を呟いた。
「「凶暴なんもガキの頃から変わらんなー」」
「〜〜〜もうあんたらなんか知らん!!」
とどめにもう一発ずつどついて、あたしはダッシュでその場から逃走した。
「お待たせしましたー」
明るいウェイトレスさんの声と共に、目の前を綺麗な緑色が過ぎった。
シュワシュワ泡立つエメラルドグリーンのソーダの上に真っ白いアイスがぷかりと浮かぶグラス。
ストローをグラスに挿して一口すすると、甘ったるいソーダがじんわり喉を冷やす感覚に、いらついていた気持ちがすっと和いだ。
子供の頃から行きつけの喫茶店。
ちっさい頃から嫌なことがあるとここに来てクリームソーダを頼むのがあたしの癖、と言うか気持ちを落ち着かせるための儀式みたいなもんで。
パフェスプーンでゆらゆら揺れるアイスをつつきながら、ぼんやり窓の外を眺める。
やたらいちゃいちゃしてるカップルが目に付いて、一度は落ち着いた気持ちが少し逆立った。
……高校入って今回で何度目やったっけな、フラれんの。
てか、最終的に告ったんはあたしやけど、最初にそれっぽいこと言って来たんはあっちやのに。
付き合い始めて一ヶ月も経たんうちに「他に好きな女が出来てん」って何やの?バカにしてるんか!
とにかく誰かに愚痴りたくて仕方なかったとこに、ちょうど侑士が東京から帰ってきてるって謙也から連絡が来たから、ナイスタイミングと思って声掛けたら、慰めてもらうどころか古傷抉られるし。
「あーもうむっちゃムカつくわー……」
思い出してまたムカついて、ストローの先に噛み付く。
溶け出したバニラアイスが透明な緑色を少しずつ曇らせる。スモーキーグリーンに染まったグラスを見て溜息をついた時、軽い調子の声が頭上から聞こえた。
「なあなあ、キミ一人?よかったら相席さしてもろてもええかな?」
「は?」
見るからに頭悪そうでガリで不健康そうな男が、一人。
こっちの答えも聞かんと正面の椅子を引いて腰を下ろす。ガタンとテーブルが揺れて、ソーダが少し零れてテーブルにスモーキーグリーンの小さな水溜りを作った。
何コイツ。
ガリ男(名前わからんし、聞く気もないから適当に呼び名つけた)は人のお冷に勝手に手をつけて、一人でなんかヘラヘラ笑って喋ってる。こんなアホっぽいナンパ男の話なんて聞く気にならんかったから、とことん無視してさっさとグラスを空にして、席を立った、ら。
ベタつくイヤな感触が、腕に。
「ちょお待ってや。なあ、このあとカラオケでも行かへん?」
「行きません。離して下さい」
掴まれた腕を振り払おうとしたけど、ガリ男は意外と力が強くて。
ベタベタする手の感触がキショくて背筋がゾッとした。
力任せに抑えつけようとする男の力を感じて、気持ちが悪くなる。誰か……誰か。
助けを求めてお店の中を見渡したけど、タイミング悪く顔見知りの店長はカウンターの中にいなくて、ウェイトレスのお姉ちゃんはオロオロ成り行きを見守ってるばかり。他のお客はみんな外のテラスのテーブルに集中してて、こっちの様子に気付いてる人はいなくて。
自力でどないかしろっちゅーことですか、神様……。
覚悟決めて、まだ掴まれたままの気を抜けば震えそうになる手を、ぎゅっと拳に握って。
渾身の力で振り払おうとした時やった。
「「―――人の女に何さらしとんねん」」
ドスの効いた声が響いて、同時にあたしの腕を掴んでたガリ男の腕を、別の手が掴んで捻った。
ぎゃっとか何とか情けない悲鳴を上げてガリ男があたしの腕を離す。
入れ違いに別の大きな手があたしの腕を掴んで引っ張って、気がついたらあたしの視界は二人分の広い背中でいっぱいになっていた。
見覚えのある色のシャツとジャケット。
ってことはさっきの二重に響いたあの声って。
「……謙也、侑士?」
「おー」
「……ここで何してるん」
「そらこっちの台詞や。一人でフラフラしよるから、こんなアホに絡まれるんやで!」
「俺らが追いついたからええけどな、一人で勝手に突っ走って何かあったらどうすんねん」
「せや!こういうアホな男は世の中五万とおんねんで!気ィ付けや!」
「…………二人しておとんみたいな説教すんのやめてや!大体な、アンタらが来んくてもこんなアホはあたし一人でどうとでも出来……」
さっきまでの緊張感なんてどこへやら、すっかりいつもの調子で説教をかます二人に、思わずいつもの調子で怒鳴り返す。謙也と侑士は慣れた風情で小さく吐息を漏らして、そんで。
あたしの頭に同時にぽん、と乗せられた手の感触に言いかけた言葉が止まった。
謙也はそこから手のひらを後頭部にスライドさせてあたしの頭を自分の肩口に抱き寄せた。
侑士はさっきまでガリ男に掴まれてた手をそっと握って持ち上げて、手の甲にそっと、唇を寄せた。
「……なにしとん」
「意地っ張りの幼馴染を慰めとるんですー」
「同じくですー」
「……慰めにかこつけたセクハラやんか」
口から出るのは憎まれ口で、でも額にあたる謙也の肩の温かさとか侑士の手と唇の温かさとかが、少しずつじんわりじんわり染みてきて、安心するのと同時に今更のように大きな震えが来た。
あたしが意地張って強がってんのなんか、二人には全部見抜かれてた。
ぎゅっと目を瞑ったあたしの耳元で、謙也が小さな声で囁く。
「もう大丈夫やから安心し、な?」
「……あたしやっぱり男運悪いやろ」
「ああ、まあ、今回に限ってはそうやったな」
「今回だけとちゃうもん、いつもやもん」
侑士の言葉にぼそぼそと反論すると、溜息混じりの微かな笑い声がそれに答えた。
数分後、二人の手があたしを開放した時にはガリ男は店から消えてて、店の奥から戻ってきた店長はウェイトレスから事情を聞いて、大変やったなあ気がつかんでごめんなあと謝りながら、カウンター席で二人にはコーヒーを、あたしには新しいクリームソーダを奢ってくれた。
今日二つ目のバニラアイスをつついていると、カウンター内に入ったウェイトレスのお姉ちゃんが食器を洗いながら、すまなそうに頭を下げてきた。
「さっきは止めらんなくってごめんなさいね」
「お姉さんの所為じゃないですから、気にせんといて下さい」
「でもええね、守ってくれるカッコイイボーイフレンドが二人もおって。どっちが本命なん?」
「え、違いますよ!この二人は全然、そんなんやなくて」
「でもさっき二人して、人の女に手ェ出すなとか言うてたやん?ねえ?」
「え……」
言われて、さっき聞いた言葉を思い出す。
脳裏に蘇った綺麗にハモった二人の声は、確かにそんな科白を吐いていた、ような。
思わず左右に座っていた二人の顔を交互に見やると、系統は違うけど揃ってやたら綺麗な顔が、同時にニッと食えない笑みを形作った。
「せやから散々言うてるやんか、は男を見る目がないて」
「そうそう、オレらの女運の方がよっぽど悪いねんて」
手にしていたスプーンがカチャンと音を立ててグラスの中に沈む。
グラスの中で少しずつ溶けていくバニラアイスに負けないくらい甘くて柔らかい声が、さっきと同じに綺麗にハモって響いた。
「「お前みたいな凶暴なんをむっちゃ好いてる男が、ここに二人もおんねんで?」」
『Hello,kitty,my sweet (ハロー、キティ、マイスウィート)』 Y&K・Oshitari
061018