もどかしいほどに君を求める。
この気持ちをなんと呼べばいいだろう。
プ・プ・プ……と規則正しく響く音に合わせて、小さな液晶画面の中の数字が一文字ずつ増えていく。
最後の11文字目を表示する直前で通話オフのボタンを押してしまった。
これで8回目。
「はあー……」
ベッドの上に転がって液晶画面をぼんやり眺める。
待受画像は勝手に設定されたヤツだ。今日、この携帯に買い換えてすぐに撮った画像で、我ながらこの顔はねえだろと溜息をつきたくなるような仏頂面の俺と、上機嫌で笑っているの2ショット。
メタリックブルーの新機種。選んだのは。
傷一つない、液晶に貼られた保護シートもそのままの真新しい携帯を手にした俺の脳裏に、昼間の会話が蘇ってくる。
ずらりと並んだ見本を前に、迷っていた俺の腕を引っ張った、小さな手。
聞き慣れた明るい声に振り向いた先で、細い指が見本の一つを取り上げた。
『裕太、この色にしようよ、カッコイイよ』
『どれ?あー、うん、悪くねーかな』
『ね、そうでしょ!コレにしよう、決まり!』
『あのなあ、俺んだぞ?』
『一人じゃ迷いそうだから選ぶの手伝ってくれって裕太が言ったんじゃん』
『そーだけどさ』
『もう、グダグダ言わない!さっさと買ってご飯食べに行こ』
半ば強引に決められて買い換えた携帯は、今まで使ってたヤツより面倒な機能が増えて、ついでに無駄にボタンの数も増えてて、昼飯を食いに入ったフレッシュネスバーガーのカウンター席で開いたトリセツはありえねーくらい分厚くて、俺にどうやってコレを使いこなせって言うんだ!と思った。
頭を抱える俺の隣で、が店と同名のバーガーの包みを開けながらポツリと呟く。
『まず食べたら?冷めちゃうよ』
『何かいらねえ機能がやたら多いぞ、これ』
『今時の携帯は大抵そんなもんでしょ。て言うか、説明書なんかいちいち読まなくても、適当にボタン押してれば大体の機能はわかるって。私だってその機種は初めて触ったけど、カメラもすぐ使えたし待受の設定もすぐに出来たでしょ』
『……っつーか、お前この待受どうやって変えたんだよ。元の画像に戻せよ』
『自分でやってみ!何事も実践で覚えるのが一番よ、実践で!』
『あのなあー!……ってオイ、それ俺のポテトだろ!』
『いいじゃんちょっとくらい。私のオニオンリングあげるから』
『ったく……』
今までにも散々繰り返してきたようなやり取り。
お互いのトレイに乗ってるサイドメニューに手を伸ばしながら、バーガーにかぶりつく。俺はLサイズ、はSサイズ。
『そんな小さいサイズで夕飯までもつのかよ』
『んー、最近胃が小さくなったみたいでさ』
『なんだそりゃ、ダイエットでもしてんのか?』
『ちょっと前までね。一応目標はクリアしたから、今はこれと言って何かはしてないよ』
『普段から運動しときゃいいんだよ』
『してるわよ!ただ、ちょっと気になることがあったから』
『どうせ兄貴辺りに「最近ちょっと太った?」とか言われたんだろ』
『周ちゃんはそんなこと言いません!』
兄貴の名前を出した途端、むっとふくれて唇を尖らせる。
は昔から兄貴贔屓だった。かと言って、他の奴らみたいに俺と兄貴を何かと比べたりはしない。
裕太は裕太でしょ!と言うのがの口癖で、俺はその言葉に少なからず救われてきた。
物心つく前からの付き合いだからか、他の女子を相手にする時みたいに緊張したりすることもない。付き合いやすいし、一緒にいて気安い相手。それがだった。
俺にとってのの存在は、仲の良い幼馴染以上の何者でもなかった。
今日までは。
重い溜息をつきながら、壁に掛かった時計を見る。
同室の木更津さんはいつも消灯ギリギリまで戻ってこないから、まだ電話する余裕は十分にある。
まだ迷う気持ちを振り払って、通話ボタンに添えた親指に力を込めようとした時、液晶の待受画像が消えて、一段明るさを増した画面に見覚えのありすぎる名前が写し出された。
『』
だ、と認識した時には、力が入りかけていた親指が、しっかり通話ボタンを押していた。
通話音量が大きめに設定されていたのか、耳元に持ってきていないのに、ちっぽけな会話ツールの向こうの声は、はっきりと聞き取ることが出来た。
『……もしもし、裕太?』
「―――おう」
『…………』
「…………」
聞き慣れた、当たり前のように耳元で響く声に、昼間聞いた声が重なる。
の言葉が。
『……ねえ』
『え?』
『さっき言ってたダイエットだけど』
『それがなんだよ』
『……理由、裕太だよ』
『……は?』
『裕太と並んで歩く時、少しでも綺麗に見えるようになりたかったの』
『な、に、言って』
『私ね』
―――裕太ノコトガ、好キダカラ。
『……裕太?』
聞こえる声がいつもより甘く響くのはなんでだろう。
が言った言葉を思い出すたびに、胸が疼くのはどうしてなのか。
こんな気持ちをどう呼ぶのか、俺は知らない。
唯一つ言えることは。
「……」
『……何?』
「が俺に対して思ってくれてんのと同じ気持ちかはわかんない、けど」
『……うん』
「同じものかはわかんないけど、俺はに傍にいて欲しいと思う」
もどかしいほどに君を求める。
この気持ちを何と呼ぼう。
『それが愛といえますか』 Y・Fuji
070410