恋人同士って肩書きだけど。
彼氏と彼女の間柄なはず、なんだけど。
未だに片想いしてるみたいな気がするのは、どうして?
Fifty Fifty
「おーい、ー」
昼休みに入ったばかりの教室で。
名前を呼ばれて振り向いたら、向日がえらくびびった顔して後ずさりした。
「お前……顔こえーよ」
「うるっさいわね、何か用事?」
「侑士いねーの?」
……今、このタイミングでその名前を出すか向日岳人。
でも無視するなんて子供っぽい真似するのもなんか嫌で、むかむかしながら教室の一角を指差してやった。
「あそこ」
「ああ?……あー」
私の指差した先に視線をやって、向日は妙に困ったような納得したような顔になった。
それがまたむかつく私の我慢の限界は、相当近い気がするわね……。
指差した先の窓際の席。
そこには椅子に悠然と腰掛けて笑っている私の彼氏と、それを取り囲む数人(とりあえず片手の指じゃ足りない人数)の女の子の姿。
「やだぁ忍足君ってばー」
「いや、マジやで?」
「そーゆーこと言うと本気にしちゃうよー?」
「ねーっ♪」
「何や、本気にしてくれてへんの?」
「やーだぁーっ」
……なーにが『やだぁー』よ、このあっぱらぱー女どもが……!
私の殺気を感じ取ったのか、向日がちょっと逃げ腰状態でこっちを見下ろしてくる。
それがまた、余計に私の癇に障ってるんですけどね、向日君。
その時、侑士の席の方から一際大きなキャーッという声。
「えぇーホントにー!?明日観に行ってもいいのー!?」
「んー、大歓迎やで」
「じゃあ、差し入れ持ってくね!」
「あーあたしもーっ」
「ホンマ?嬉しいなぁ」
にこにこと愛想良く笑う侑士の周りで、嬉しそうにきゃーきゃー言ってる女の子たちと私とを交互に見ながら、向日が恐る恐るという感じで口を開いた。
「……俺出直すわ……」
「何しに来たのよ?」
「……さ、財布忘れてさ。侑士に金借りよーかなーって」
「私が奢ってあげる」
「はぁ!?」
「運がいいわね、向日。私も今日は学食で食べようと思ってたの」
「いい、俺遠慮す……っ」
「遠慮は無用よ!!」
逃げようとした向日の腕をがっちり掴んで立ち上がる。
鞄の中から財布を取り出して、もがく向日を無理やり引き摺って教室を後にした。
教室を出る間際、チラッと見えた侑士の顔が、こっちを向いていたような気がしたけど。
猛烈に腹がたっていた私は、あえてそれを気にかけることはしなかった。
それから五分後。
交友棟にある食堂で、私は向日と向かい合って(シャレじゃないわよ!)味気ないランチをとっていた。
行儀悪く肘を突いてナポリタンをパクつきながら、向日が偉そうに意見する。
「そんなに腹たつんだったら、他の女に愛想良くすんなってはっきり言やーいいじゃん」
「イ・ヤ」
「さぁ、つまんねー意地張ってると誰かに取られるぜ?」
「つまんねー意地!?」
怒りに任せて、勢いよくフライにフォークを突き立てる。
私の勢いに圧されて、向日がピタリと口を閉ざした。
「つまらなくないのよ、私にとっては!別に他の女の子と絶対喋るなとまでは言わないわよ、そこまで嫌な女になりたくないもの!でもさ、仮にも彼女の私には『練習も試合も見に来んな』とか言っといて、他の子はいいっていうのはおかしくない!?」
「だぁからさー、それはー……」
「だいたい私に見えるとこで、他の女の子とやたらベタベタするのもどうなのよ!私には滅多にキスもしてくれないのに!!」
「……デカイ声で言ってんじゃねーよ、そーいうことを」
後ろで苦々しげな声がして、振り向いたら宍戸と跡部がトレイを持って立ってた。
跡部がそれは面白そうににやりと笑って、私の隣に腰を下ろす。
「何だ、とうとう破局かよ」
「……まだしてないわよ。っていうか人の不幸を嬉しがらないでよね」
「いいじゃねぇか。別れたら俺様が慰めてやるぜ?」
「激しく遠慮するわ」
跡部なんかと付き合ったら、侑士と付き合う以上にキツいこと間違いないし。
命がいくつあっても足りない気がする。
くくくっと楽しげに笑う跡部を見て、向日の隣に座った宍戸がクラブハウスサンド片手に眉をしかめた。
「ったく、しょーもねぇことで拗ねてんなよ、お前も」
「……しょうもない?」
ぽつりと宍戸の言葉を繰り返した私の真向かいで、向日が露骨に嫌な顔して宍戸を睨んだ。
「バカやろ、宍戸っ」
「あ?」
「しょーもなくなんかないのよ宍戸のばかー!!」
バァン!!
「あーっ!!」
「おい、台拭きねぇか、台拭きっ」
私が思いっきりテーブルを叩いたせいでグラスが倒れて、テーブル一面水浸し。
慌てふためく向日と宍戸を呆れ顔で眺めつつ、一人悠然と座っていた跡部が立ち上がったままの私の腕を軽く引いた。
「座れ、バカ」
「……っ」
さっきとは打って変わって素っ気無い跡部の声に、すっと頭が冷える。
心の中にわだかまっていた苛立ちが薄れて、代わりに涙がわっと溢れてきて。
両手で顔を覆って椅子に座り込むと、横から頭にぽんと手が乗った。
それと同時に、気味悪いくらい優しい、跡部の声。
「ガキみてぇに喚いてもどうにもならねぇだろうが。何がそんなに不安なんだよ」
「だって……っ」
不安。
どうして不安なのかなんて。
決まってるじゃない。
「―――侑士、ホントに私のこと、好きかなぁ……っ?」
他の子と楽しそうに話してるの見る度に、私はこんなに嫉妬で気が狂っちゃいそうな思い、して。
侑士のこと縛り付けて、私しか見えないとこに閉じ込めたい程、苦しくて切なくなるのに。
侑士は私が跡部たちとこうやって話してても、平気なの。
『モテる彼女おって、俺嬉しいわ』なんて、普通の顔して笑ってる。
そんな侑士を見てると、どんどん不安になるのよ。
想う気持ちが同等じゃないんだって。
私ばっかり侑士を好きで。
私の方が侑士を好きな気持ちが大きい分、その分だけ余計に片想いしてるみたい。
「バカだな、お前ら」
ぽつんと跡部が呟いた時。
急に頭の上の手がどいて、誰かが私の腕を掴んで引っ張りあげた。
あんまりいきなりだったから、びっくりして後ろを見たら。
「……ゆう、し?」
今まで見たこともないような、すっごい怖い顔して、侑士が立ってて。
掴まれた腕、そのままで、気がついたら食堂を出て行こうとするところで。
なんか呆れ返った笑顔でこっちを見てた跡部と、呆気にとられてる向日と宍戸が視界の端を掠めて、消えた。
ずるずる引っ張られて着いた先は屋上で。
人気のないそこに来て、やっと侑士の足が止まった。
こっちを振り向いた侑士の顔を見ると、さっきと同じすごい怖い顔してて。
腕を掴まれたまま何も言えずにいると、ただでさえハスキーな声が、更に低くなって私の耳に届いた。
「跡部たちと何しててん」
「……ご飯食べてた」
「抱き寄せられたまんまで飯食えるんか。器用やなぁ自分」
……何それ、抱き寄せられてって。
跡部が頭に手置いてた、アレ?
「抱き寄せられてなんか」
「しとったやろ」
私の言葉を遮って、キツい口調で侑士が決め付ける。
その態度にさすがにカチンと来て、掴まれた腕を振り払って言い返す。
「何でそう決め付けるの!?」
「決め付けとらんわ、別に」
「決め付けてるわよ!それに私が誰と何しようが私の勝手でしょ!?侑士だって、私の前で平気で他の子とベタベタしてるじゃない!私のことどうこう言う権利が侑士にあるの!?」
「お前は俺の彼女やろ!!」
大声で怒鳴りつけてから、はっと表情を改める。
それとほぼ同時に、私の目からはぼろぼろぼろっと涙がこぼれた。
こんな時だけ彼氏面して、私を縛るんだ。
何でこんな奴好きになったんだろう。
大事にしてもくれないくせに。
それでもこんなに好きな自分に、何よりも腹が立つ。
悔しくて苦しくて、涙がこぼれて止まらない。
唇を噛んで俯いたところへ。
躊躇いがちに伸びた手のひらが、私の頬にそっと触れた。
「……すまんかった」
涙で揺らぐ視界の中で、侑士が。
大事な、大事なもの、壊れやすい宝物、触るみたいにそっと。
両方の手で、私の頬を包み込むようにして、一瞬掠めるだけのキスをした。
「ごめんな、」
「……何に対してのごめんなの」
「泣かせたこととか。が怒っとること、全部に」
「私が何に怒ってるか、知ってるんだ」
「今言うてたやん。他の子とベタベタしてるて」
「それだけじゃない……」
どうして、私は練習も試合も観に行っちゃいけないのか、とか。
聞きたいこと、他にもあるのよ。
そう言ったら、侑士は困った顔して。
「が来ると嬉しいんやけど、気になって、テニスに集中出来へん」
「気になるって?」
「……他の男の目とか、色々」
「じゃあ、なんでキスもしてくれないの」
「しとるやん」
「滅多にしないじゃない」
そう言ったら。
侑士は私の後ろの壁に手をついて、息がかかるほど間近に顔を近づけて、真面目な顔して言った。
「あんまりすると、歯止めがきかんようになってまう」
自分でストップかけられなくなるからって。
それで私に嫌な思いさせて、嫌われたくなかったからって、言った。
……だから、キスしなかったの?
「―――バカ」
「あんまりな言い方やなぁ」
「だってバカだよ」
嫌な思いなんていっぱいしてる。
侑士と付き合って、侑士のファンの子に睨まれたり、面と向かって別れろとか言われたりもしたもの。
でも侑士が好きだから、そんなこと気にしてられないの。
侑士のことばっかり気にしてる。
それ位好きなのに、侑士が私にしてくれること、嫌だなんて思うはずがないのよ。
「嫌いになんかなれないよ」
「……ホンマ?」
「なれるものならとっくになってると思うんだけど」
私の言葉に、侑士は小さく笑って。
「俺ばっかりのこと好きなんやないんかて思ったら、強いこと言えへんかったんやけど……杞憂やったんやな。確かに阿呆やわ、俺」
それはお互い様で。
跡部の言うとおり、バカみたい、私たち。
想う気持ちが同等じゃないなんて、そんなことなかったのにね。
「好きだよ、侑士」
「俺も」
唇を、吐息を。
何度も何度も、深く重ねて。
「……好き」
「俺も好きや、」
隙間を埋めるように、何度も好きと呟いて、また唇を重ね合わせる。
すれ違ってた気持ちも重ね合わせるように、何度も何度も。
そうしてずっと、抱きしめ合っていた。
昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴っても、ずっと。
<余談>
「ったく、バカだなあいつらは」
「侑士が女侍らすのってアレだろ?にヤキモチ焼いて欲しいだけなんだよなー」
「激ダサだな」
「余裕のあるふりして、実は全然ねぇんだな。ハッ、情けねぇ奴だ」
「つーか、練習とか観に来させないのはお前の所為だろー!跡部!」
「そうだ!てめぇがにちょっかい出すから、忍足が警戒して止めたんだぜ」
「俺だけじゃねぇだろ」
あとがき、という名の懺悔
5000Hitを踏んで下さった、庄子瑛美様へ捧げます。
忍足夢でクラスメイト設定で甘め、とのリクエストだったのですが……
す、すいません、クラスメイトって設定が全く生かされてないですね。
甘さも、私的には精一杯糖度上げてみたつもりなのですが……あ、甘いかなぁ?
しかも前半忍足ほとんど出て来てないし…がっくんやら宍戸やら跡部様やらが出張ってるし!
ホントーにすいません庄子様……!こんなのでも良かったらどうぞ受け取ってやって下さいませ。あ、庄子様に限り、お持ち帰りももちろんOKです。
最後になりましたが、リクエストありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願い申し上げますv
04/05/27up