―――ねぇ。そんな顔、他の誰にも見せないで。 それは無意識に零れ落ちたコトバ。 「そんな顔ってどんなだよ」 「さぁ?」 はぐらかした私の返答に、英語の課題を写す手を止めて、亮は怪訝な顔になった。 程よく散らかった亮の部屋で小さなテーブルを間に挟んでじっと見つめあう。 先に目を逸らしたのは亮だった。 「……なよ」 「ん?」 「あんまジロジロ見んじゃねーっつの!」 「なんで?」 「何でもだ!」 声を荒げた亮の頬を軽く指でつまんで引っ張る。 うっすら赤かった顔が瞬時に耳まで真っ赤に染まった。 亮に怒鳴られるの、私全然平気なのよね。怖いと感じたことなんてほとんどない。 だって大抵の場合が照れ隠しなんだもの、亮の怒鳴る声とこの真っ赤な顔は大体いつもワンセットだから。 怖いなんて思わない、可愛いなぁって思っちゃう。 でも面と向かって可愛いなんて言うと、臨界点突破してホントにユデダコみたいに真っ赤になっちゃって、怒鳴ることすら出来ない状態になっちゃったりするから、あんまり言わないようにしてる。 「……おい、」 「うん?」 「いつまで人の顔つねってんだよ……」 「あ、ごめんごめん」 テーブル越しに伸ばしてた手を引っ込めると、亮は何やらぶつぶつ文句らしきものを言いながら、真っ赤な顔のまま、再びノートに向き直った。 静かな部屋に、壁に掛かった時計の針の音が規則正しく響く。 メタリックシルバーのシンプルなアナログ時計は、去年の誕生日に私がプレゼントしたもの。 机の上に置かれたペンケースは、今年のバレンタインにチョコと一緒にあげたヤツだし、今着ているTシャツは夏休みに一緒に買い物に行った時、私が選んで買ったもの。 亮の性格を考えて、出来るだけ実生活で邪魔にならない、役に立つものを贈るようにはしてるけど、それをこうして大切に使ってくれているのを目の当たりにすると、改めて嬉しさがこみ上げた。 亮の優しさと愛情の示し方は、わかりにくいようで本当はとてもわかりやすい。 素直に語らない言葉の代わりに、たくさんの行動と表情で示してくれるから。 亮は無言で左手で頬杖をついて、お世辞にも綺麗とは言えない字で英訳文を書き込んでいく。 正直やる事がなくて手持ち無沙汰ではあったけれど、もう少しで終わるようだし、と邪魔はせずにノートに視線を落としている少し俯きがちの顔を黙って見つめていた。 だけどやっぱり早々に暇を持て余してしまって、なんとなく、そっとテーブルの上に身を乗り出して、まだ微かに赤く染まっていた耳朶を軽く噛んでみた。 一瞬の沈黙の後、亮はまたしても真っ赤に顔を染め上げて、耳を押さえて後ろに飛び退いた。 「―――っなっ、なっ……」 「うわー、リトマス紙みたい」 「何考えてんだお前はよ!!」 「だって暇なんだもーん」 「〜〜〜もう終わるから、大人しく待ってろ!アホ!」 真っ赤な顔のまま、さっき放り出してしまったシャーペンを拾い上げると、さっきよりももっと深く、ほとんどノートに鼻先をこすりつけるような角度まで俯いて、ガリガリとノートにシャーペンを走らせる。 への字口で思いっきり眉間にしわを寄せた顔。 でも額も耳も真っ赤っ赤でむちゃくちゃ余裕がない、そんな顔。 ああ、やっぱり可愛いなぁ。 「―――亮」 「……あ?」 不機嫌を装った口調も照れ隠し。 反対側の耳にも噛み付いてやりたい衝動を抑えながら、私は少しだけ顔を上げてちらっとこっちを見た亮の真っ赤な顔を見つめながら、からかうように口を開いた。 「そんな顔、私以外の人に見せないでね」 「……だから、どんな顔だってーんだよ!」 「内緒」 「あぁ!?」 私だけが知っていればいい。 あなたのそんな表情は。 「愛しいと思う」御題 『08. 赤くなった耳朶』 R・Shishido 050901 UP |