それさえあれば、俺は満足。 「げ」 「え?」 「あ、いや……」 手渡されたものを片手に思わず声を上げた俺を、は上目遣いにこっちを見た。 俺の手の中でぺらぺら揺れてる2枚の紙っキレは、先週封切したばっかの映画のチケット。 こういうのが趣味のヤツには悪いが、俺にとっちゃ進んで観に行きたい類の映画じゃないんだが。 けどもちろんそんなことを言えるはずもなく、俺はチケットを渡すのと同時にが言った『次の休みに観に行こうよ』の言葉に仕方なく頷きかけた。 したら。 「なんだ、こんなとこでデートの相談かぁ?―――お、それって」 いつのまにコートから戻ってきたのか、部室に入ってきて俺の横からひょっこり顔を覗かせた聡が、手の中のチケットを見て口を開いた。 「こないだ話してた映画じゃん。何だよバネ、こんなこっぱずかしい映画見に行く奴いんのかとか、俺はぜってー見ねぇ!とか言ってたくせに、やっぱ観に行くのかよ。どういう心境の変化だ?」 「ばっ……聡!!」 「ん?」 「…………」 慌てる俺の手からがさっとチケットを抜き取った。 俺が声を掛けるより早く、は妙に硬い笑顔で。 「やっぱり、誰か友達誘っていくね」 「え、ちょっと、待っ……」 「あ、みんなそろそろ着替えるよね。私、外で待ってるから」 「っ」 呼び止めた声に振り向きもしないで、はさっと部室から出て行った。 聡は今更のように自分の失言に気付いて、睨む俺から目を逸らす。 文句の一つも言ってやらないと気がすまねぇ!と口を開きかけた時、また部室の扉が開いて、サエやダビデたちが姿を見せた。 揃って妙に後ろを気にしているところへ、聡が助かったとばかりに声を掛ける。 「お疲れー」 「あ、お疲れ」 「……バネさん」 「あ?」 「さんとケンカでもした?」 「……何だよ、いきなり」 「今そこで擦れ違ったんだけど。何か落ち込んでたみたいだったから」 ……マジでか。 ダビデの台詞を聞いて速攻で部室を飛び出そうとしたら、サエに腕を掴んで止められた。 何すんだ、と言おうとした俺の手に、まだ使ってないタオルが押し付けられる。 驚く俺に向かってサエはにっと笑って言った。 「念の為持ってっといて損はないよ?」 「念の為って何だよ」 「何が理由でケンカしたか知らないけど、泣いてるかも知れないじゃん。万が一泣いてたとして、そんなドロドロのユニフォームで女の子の顔拭く訳にはいかないだろ」 「……サンキュ」 「礼なら、明日の昼にジュース一本でいいよ」 「了解!」 タオルを持ち替えてサエが翳した手とハイタッチを交わして、俺は部室から走り出した。 コートの端でこっちに背中を向けて立ってるを見つけて歩調を速める。 「」 少し手を伸ばせば捕まえられる距離まで近付いて声を掛けたら、細い肩がびくっと揺れた。 ゆっくり近付いていって横から顔を覗き込む。 さすがに泣いてはいなかったけど、表情は暗く、ダビデの言った通り落ち込んでいた。 俺が何か言うより早く、俯いていた顔を上げて口を開く。 「……ごめんね、私、春がこういうの嫌いって知らなくて。前に誘った時も無理してたんじゃない? ホントに、ごめんなさい」 ……聡のヤツ、マジで後で覚えてろよ、ちくしょー……。 怒りに任せてぐしゃぐしゃと髪を引っ掻き回すと、の表情がちょっと歪んだ。 泣き出す一歩手前って感じのその顔に、俺は慌てて。 「ちがっ……お前が謝ることじゃねーって!聡の言ったことも気にしなくていいから」 「でもこういう映画、好きじゃないのはホントでしょ?」 「……いや、だから、それはだな!」 「無理して一緒に観に行ってもらっても嬉しくないよ。嫌なものは嫌だって言ってくれる方がいい!」 「ちょっと待てっつーの!」 思わず声を張り上げたら、の顔がまたくしゃりと歪んで、目がちょっと潤んだ。 やべぇと思ったけど、このままじゃ拉致があかねぇと思って、俺は黙らず言葉を続けた。 泣き出しそうなの顔に、さっきサエから借りたタオルを押し付けて、もう一方の手で頭を撫でて。 「……あのな、確かにああいうお前好みの映画とかは苦手だよ」 「…………」 「でもな、マジで行きたくねぇならちゃんと断るよ」 「……でも、絶対観に行かないって……」 「それは一人でとかダチとかと一緒に行くならってことだ!男同士でそんなん観に行ったって気持ち悪ぃだけだろうが。違うか?」 そう言ってまだの手に握られたままのチケットを指差すと、はそれと俺の顔とを見比べてからこくりと小さく頷いた。 因みにが持ってきた映画のチケットはいわゆるロマンス映画というヤツだ。 には悪いが俺はその手の話は苦手。 でもまぁ、確かに苦手だけれども。 「お前と出掛けんのは楽しいしよ。普段部活部活であんまり構ってやれねぇ分、二人で出掛ける時くらい、お前の好きなもんに付き合ってやりてぇなーって思ってんの!」 「それはやっぱり無理してるってことじゃないの?」 「してねぇっつってんだろ。お前が好きなもん観て喜んでる顔見れりゃ、俺は十分なんだって」 我ながらこっぱずかしい台詞だ。 こんなこと言ったことは今までなかったんで、も驚いたように目を丸くして俺の顔を見て。 そんでもって、また顔をくしゃくしゃにして、今度は笑った。 「……似合わない台詞……!」 「うっせーな!俺だって似合わねぇと思ってるよ!」 頭に乗せたままだった手での髪を乱暴に掻き撫ぜると、はまた笑った。 釣られて俺も笑い出しながら、この顔が見れるなら何でもしてやりたくなるんだよな、とか考えた。 お前の笑顔一つあれば。 それで満足。 「愛しいと思う」御題 『02. 君の笑顔』 H・Kurobane 050909 UP |