今はまだ取れている均衡。
崩れる日はきっといつか来るのだろうけど。





「淳、亮!」


唐突に聞こえてきた朗らかな声に、隣を歩いていた淳と一瞬顔を見合わせて。
揃って声のした方を見上げたら、が五階の窓からこっちを見下ろしていた。
ちょっと年上には見えない、人懐っこくて子供っぽい笑顔でひらひら手を振る。


「淳ーおかえりー」
「ただいま、


久しぶりに聞くの声に、淳は嬉しそうに挨拶を返す。
二言三言交わした後、は俺の方に向き直って、軽く頬を膨らませた。


「亮ってば、淳のこと迎えに行く時は誘ってって言ったでしょ?何で一人で行っちゃうの!」
「あー悪い。忘れてた」
「もーっ」


今降りていくからちょっと待ってて!と言い残して、は家の中に消えた。
それと同時に、波が引くようにすーっと淳の顔から笑顔が消える。


「―――ちょっと抜け駆けしすぎなんじゃない?」
「何が」
「とぼけてないでさ、いつもの貸してよ」
「…………」


ジーンズのケツポケットに突っ込んであった帽子を引っ張り出して、淳に放り投げて。
それを被る淳を横目で見ながら、淳に渡した帽子と一緒に引っ張り出した輪ゴムで手早く髪を束ねると、くるくる纏めて被ってた帽子の中に押し込んだ。
支度を済ませてから改めて横を見ると、まるでそこには鏡があるように同じ格好の淳。
服装もぱっと見似たようなシャツにジーンズ、ついでに言えば羽織ってるジャケットは母さんが買ってきた、色もデザインも全く同じものだから、どっちがどっちだか一見するとわからない。
そのまま、んちのマンションの向かいの壁に並んで寄り掛かって、が出てくるのを待つ。
勢いよく玄関ロビーの扉が開いてサンダルを突っかけたが飛び出してくるのを見つけて、二人で同時に声を上げた。


「「どっちだ?」」
「またいつものゲーム?」
「「まぁ恒例だし?」」
「……右が淳で左が亮」
「「…………」」


でしょ?と軽く首を傾げて笑ったの前で、俺たちは一瞬顔を見合わせてから同時に帽子を取る。
ばさりと肩に落ちた俺の髪を見て、は満足気に微笑んだ。


「ほーら当たった!」
「ちぇ、八連敗かー」
「今度こそと思ったんだけどな」
「あのねぇ何度も言うけど、二人が自分たちで思ってるほどそっくり同じなんかじゃないの!見分けようと思えばちゃんと見分けが付くんだから、何度挑戦しても私は勝つわよ!」


そう言って胸を張った次の瞬間、はくしゅんと小さなくしゃみをした。
よく見ればブラウスに薄手のカーディガンを羽織っただけの格好で、サンダルを突っかけた足はあろうことか素足だった。


「ちゃんと上に着て来いよ」
「だって、別にこれからどっか出掛ける訳じゃないしー」
「それにしたってなんで素足なの」
「ペディキュア乾かしてる途中で……あっ!」


弾かれたように叫んで自分の爪先に目をやったは、それは苦々しい顔になった。
サンダルを履いた時に引っ掛けたらしく、爪に塗られた薄いピンク色はところどころ剥げている。
さっきまでの勝ち誇っていた表情はどこへやら、一気に暗くなった雰囲気に溜息をつきつつ、自分のジャケットを脱いでの肩にかけようとして。
を間に挟んだ反対側で全く同じことをしようとしていた淳と目が合う。
お互い一歩も引く気がないのはわかってるから、それぞれいつものように華奢な肩の半分を覆うようにそれぞれのジャケットを引っ掛けた。


「三回もやり直したのに……やっと綺麗に塗れたのに……」
「とりあえず家に入ろう、。風邪引いちゃうよ」
「……また塗り直しいいぃぃぃ……」
「あーわかったわかった。俺らがやってやるから」
「…………え!」
「ああ、それいいね。片足ずつやろうか」
「じゃあ俺右な」
「俺は左で」
「ちょっ、ちょっとちょっと待って!」


抗議の声を上げるの左右をかっちり囲い込んで、さっさとマンション内に向かって歩き出す。
俺らの間であたふたしているを見て、それから淳に視線を送る。
目が合った瞬間、二人揃って浮かべた笑みの意味は、多分同じ。





『―――いつまでこうしていられるだろうな?』





いつかきっと、この均衡は崩れてしまうだろうけど。
だけどそれまでは。


こうして俺たち二人で、君の全てを分け合って。
三人で過ごそう。











「愛しいと思う」御題 『10. その全て』
R&A・Kisaradu   051031 UP