先日友達に、それはもう呆れ果てた表情で言われた一言。


『いつまでそんな実りそうにない片想い続ける気なのよ?』



……返す言葉も無かった。





「まぁ、その友達がそう言いたくなる気持ちもわかるよね」


昼休みの学食で、目の前に座った幸村はにっこりとそれは優雅に微笑んで、さらりとそう言った。
自販機の安くて薄いコーヒーをぐっと飲み込んで、私は唇を尖らせて幸村を睨む。
正直、自分でもそう思ってるけど、やっぱり人に言われていい気はしない。
そんな私の気持ちを読み取ったように、幸村はまたしてもにっこりと食えない笑顔を浮かべて、カップの紅茶を一口飲んでから、困ったような呆れたような表情で頬杖をついた。


の気持ちもわからなくはないけどね。そろそろ潮時かな、とか思わない?」
「……彼女が出来たとか、婚約話が纏まったとか、そういう決定的な話を聞けばそんなふうに思えるかもしれないわね。まぁあの朴念仁のことだから、万に一つも有り得ないけど」
「有り得ない、か……本当にそう思う?」


からかうような口調にカチンと来つつも、私は返答に詰まった。
『彼』や幸村との付き合いは、もう6年以上になる。
中学・高校・大学とエスカレーター式に上がっていく中で、学校内外を問わず有名な立海テニス部のレギュラーとして常に注目を浴びていた彼らが、女の子たちの目にはどう映っているかなんて、幸村に突っ込まれるまでもなくよくわかっている。
今時珍しいくらい堅物で口うるさくて、ついでにアンタはいつの時代の人間なのかと突っ込みたくなるほどオッサンくさい朴念仁で、更に言えばテニス馬鹿。
真田弦一郎と言う男はそんなヤツで、なのに何故かそれなりにモテるんだコレが。
……とか言ってる私自身、そんな男に足掛け5年以上も不毛な片想いしちゃってる訳ですが!
苦々しい思いでカップを傾ける私に畳み掛けるように幸村が言う。


「不毛だって自覚があるのに、諦めないんだね、は」
「……悪い?」
「悪いなんて言ってないよ。だけどだってそれなりにもてるんだし、もっといい相手が探せばいるんじゃないのかなと思ってね。ああ、そう言えばこないだ告白してきた男はどうなった?」
「…………なんでそれ知ってんのよ……」
「夕方の中庭なんて人通りの多いところで話を聞くからだよ。無用心なところは相変わらずだね」
「答えになってなーい!」
「ブン太がちょうどその場に居合わせたそうでね、それは楽しそうに報告してくれたんだ」
「あンのバカ……!」
「そんな訳で皆知ってるよ」
「み、みんなって、皆……」
「うん、もちろん真田もね」


……ブン太、あとでシバく……!
怒りに震える拳をぐっと握った瞬間、それまでそれは楽しげに話していた(人事だと思って……)幸村がふっと視線を私の肩越しに後ろに投げて、誰かに合図するように軽く手を上げた。
微笑んだままの唇が聞き慣れた名前を紡ぎ出す。


「真田、ここだ」
「…………!」


反射的に全身を硬直させた私の背後で、これまた嫌と言うほど聞き慣れた渋い声。


「待たせてすまんな、幸村。―――なんだ、も一緒だったのか」
「さっき偶然会ってね」


硬直しっ放しの私の横で、カタリと椅子をひく音がしてテーブルの上に私が飲んでるのと同じコーヒーのカップが置かれる。
隣に座った真田と幸村がお互いの講義の話を始めたのを聞きながら、まだ半分くらい中身の残ってるカップを握り締めて、壁の時計に目を走らせる。
昼休みが終わるまでまだ30分以上。真田と幸村の話はいつの間にかテニス部のことになっていたけれど、このまま傍にいたら、面白がっている幸村がさっきの話を持ち出してくるのは目に見えていた。
さっさと残りのコーヒー飲みきって適当な理由をつけてこの場を去るのが得策!とカップを持ち上げた瞬間、私の真正面でにこやかに微笑んでいた幸村がその笑顔のまま、唐突に一言。


「まさか逃げようなんて考えてはいないよね、?」
「―――!な、んの、ことでしょーか……っ」
「俺があんな中途半端な答えを返しただけで許すとでも?」
「…………」


思わないって言うか思えない。だから早々に逃げようとしたんだっつーの。
なんて言い返すことが出来るはずもなく、ダラダラと冷や汗をかきつつ、椅子に縫い付けられたように動けないでいる私に、隣から真田が問いかけてきた。


「何の話だ?」
「さっ、真田には関係な……」
「真田もこないだ聞いただろう、が中庭で告白されてたって。あの件について、少しね」
「……ああ、丸井が吹聴して回っていた話か。しかし、は話したくなさそうだが」
「でも友人としては、相手がどんな男かちゃんと知っておきたいじゃないか。付き合うにしてもちゃんとを幸せに出来る男なのかとか、色々と気になるしね。真田も気にならないか?」
「……うむ……」


笑顔でしれっとそんな台詞を吐いた幸村に見事に乗せられて、真田は真面目な顔で考え込む。
簡単に丸め込まれてんじゃないわよバカー!と思わず心の内で叫んだ私の方に唐突に向き直ったかと思いきや、至極真面目な面持ちのまま、これまた生真面目に口を開いた。



「な、何よ」
「幸村の言い分もわからんでもないのだがな、お前自身はやはり聞かれたくないのだろう」
「……まぁ、根掘り葉掘り突っ込んで聞かれるのは、いい気はしないわね」
「そうか」


納得したようにこっくりと頷いた真田は、軽く俯いて少し考え込んだあと、もう一度私の方を向いて。


「そういうことなら細かいことは訊ねるのはよしておこう。幸村も、あまりを困らせてやるな」
「……仕方ないな」
「だが、何か困ったことなどあったら必ず相談しろよ」
「あ、うん……って、は?え?」


またしても唐突に言われた台詞に、反射的に頷きかけてから我に返って訊き返す。
滅多に笑わない真田が口元にうっすら笑みを浮かべて、伸ばされた大きくてごついその手のひらが私の頭をぽんと軽く叩いた。
いきなりのことに呆気にとられている私の耳に、いつもと同じに低くて、そしていつもよりも少し優しい真田の声が流れ込む。


「友人としてお前に幸せになって欲しいと思う気持ちは、俺も幸村と同じだからな。俺に出来ることならいくらでも力になる、だからつまらん遠慮なぞするなよ」
「――――――」


テーブルの向かいで、やれやれと言うように幸村が小さな溜息をついたのが聞こえた。
一瞬そっちに向けた視線が、幸村の視線と絡んだ。
さっきまでのからかうような眼差しじゃなく、労わるような優しいその視線に、私は少し笑って。
声には出さずに、唇だけを動かして、言った。


――――――コレダカラ、アキラメラレナイノヨ。


何だ?と首を傾げた真田を前に、私と幸村は声もなく微笑みあった。





―――何年も一緒にいるのに、私の気持ちになんかこれっぽっちも気付いてくれなくて。
でも友人として、とても大事にしてくれる。
それはとても残酷な優しさ。
でもその優しさに触れるたび、そのたびに揺らぐ気持ちを引き戻されて。


私はまた諦めきれずに、今日もあなたを想うのです。











どうしようもない恋の御題 『04. 諦めようとするたびに』
G・Sanada   051128 UP