お前の嘘に俺が気付いたように、いつかお前は俺の気持ちに気付くだろうか。





「ブーン太ーっ!たーっだいまぁー♪」
「……酒くせぇ!」


先日酒もタバコも解禁になった(その前から飲んでたけど)従姉は。
午前様になるギリギリに帰ってきたのを出迎えた俺の前で、今まで見たこともないほどベロンベロンに酔っ払ってへらへら笑って家に上がろうとした。
……と思ったら、玄関の段差に引っ掛かって前のめりにすっ転びかけた。
咄嗟に伸ばした俺の腕が、間一髪のところで細っこい身体を抱き留める。


「あっ…ぶねぇなぁ!何やってんだよお前は」
「あははははぁナイスキャッチー!」
「ナイスじゃねぇよ……うあーマジ酒くせぇ!一体どんだけ飲んだらここまで酒臭くなれんだ」
「えー?えーとまずビールで乾杯してぇ、そのあとカクテルを3杯…4杯だったかな、飲んだでしょー。それからワインがボトルでー」
「あーもういい!つか自分で歩け、この酔っ払い!」
「何よぅ、かわいくないー」


唇を尖らせてぶーたれたは、俺の腕を離れてフラフラとリビングに向かう。
その危なっかしい足取りに、俺は万が一を考えて仕方なく後ろからついていった。
リビングに入るなりソファにひっくり返ったに、氷水の入ったグラスを手渡すと、ダウンライトの薄明かりの下でもわかるほど赤い頬をグラスに寄せてきゅっと目を閉じた。
落ちかけた化粧の下の顔は、並んで歩いてると俺と同い年に見られるほどの童顔で、そういう表情になると余計にガキっぽく見える。


「……あー気持ちイイ……」
「酒苦手なくせにそんなんなるまで飲んでんじゃねぇっつの。少しは自制しろぃ」
「いーじゃなーいよー、たまにはぁ!久しぶりに友達と楽しく飲んだんだから、羽目も外すわよぅっ」
「外しすぎだ、バァカ!」


それまでのテンションの高い喋りから、不意に少し声のトーンが落ちた。
グラスの陰になってる表情が少し暗く翳ったように見えたのは気の所為じゃない。
楽しく飲んでた、と言う言葉に似合わないその表情が気になった。
それと、もうひとつ。


「……何かあったんか?」
「何かって、何が」
「ンなに酔っ払うほど飲みまくるなんて、らしくねーじゃん」
「……だから、久々だったからだって」
「久しぶりに飲んだ嬉しさで泣くほど酒好きだったとは知らなかったぜ」
「泣いてないわよ、何言ってんの」
「嘘つけ。頬にバッチリ涙の跡残ってんぞ」
「……!」


もうひとつ気になってたそれをズバリ指摘した俺の言葉に、ぐっと言葉に詰まったは、グラスの水を一口飲んでから、一生懸命何でもないっつー顔を作って口を開いた。


「泣き上戸なの、私は」
「……あっそ」
「……何よその顔はぁ!もーあんた最近ホント可愛くないー」
「男が可愛いとか言われても嬉しくねーよ」
「バーカ!」
「アーホ」


くだらねー言い合いのあと、唇を尖らせてますますガキみたいな顔を見せたは、グラスの中身をキレイに飲み干してからごろんとソファに寝そべった。


「うぉい、ンなとこで寝んなよなぁ」
「うっさいわー、この小舅ー……ふ、ぁ……」


唐突に大きなあくび。急激に眠気が来たみたいで、元々視線が揺らぎがちだった目がとろんとなる。
その手から急に力が抜けてグラスが滑り落ちた。
間一髪のところでそれを受け止めて俺はほっと息をつく。
グラスを落とした本人は、でろんとソファに仰向けになったまま軽い寝息を立て始めていた。
こんにゃろー……。
よっぽど叩き起こしてやろうかと思ったけど、騒いでもう寝てる親に怒られるのは嫌で諦める。
忌々しい気分で溜息をついた瞬間、近くで携帯の着メロが鳴り響いた。


「……こんな時間になんだぁ?」


が寝てるソファから少し離れたところに転がってるバッグの中から、それは聞こえてきて。
取った方がいいのか一瞬迷ったけど、後でに文句言われんのは面倒だからほっとくことにした。
しばらくすると音は途切れたので、踏まないようにバッグごとテーブルの上に放り投げる。
もう一度キッチンに足を運んでグラスをシンクに放り込んでから、ソファに沈没したままのをどうしたもんかと溜息をついた時、さっきと同じ着メロがまたしてもカバンの中から響いた。
しつこく鳴り続けるその音に、俺は仕方なくその小さいバッグの中を探って、見覚えのある銀色の携帯を引っ張り出した。
急ぎの用かもしんねーから、代わりに出てやるんだかんな!
心の中でそう言い訳しながら通話ボタンを押して、耳元に携帯を持っていったら。


ー?すぐに出ないから心配しちゃったじゃないのよー!無事に家に着いたの!?』


もしもし、と俺が声を上げるより早く、電話の向こうで響く甲高い女の声。
うあ、俺の嫌いなタイプの声。聞いてっとイライラすんだよなー、こーゆーの。
苦々しい気分で反射的に耳元から離しちまった携帯を握り直して、なんか一人で色々喋ってるの大学の友達らしい女に話しかけた。


「すんません、はもー寝てます」
『えっ……や、ヤダ!夜分遅くにすいませんっ』
「いえ、こっちこそすんません。あの、うちにはちゃんと帰ってきてますんで」
『そうですか。あ、もしかして居候先の従弟さん?』
「そーっスけど、何か?」
『いえ、からたまに話を聞くもので。ホント、こんな遅くにすいませんでした』
「や、こっちこそ。……あーそうだ」


通話を切ろうかと思った間際、ふとさっきの寝ちまう前のの表情を思い出して。
今日一緒に飲んでいたんだろう、電話の向こうの人にさりげなく訊いてみた。


「アイツ、今日なんかおかしくなかったッスか」
『え?あー……えっと』
「ここまで派手に酔っ払うの珍しいんで、気になるんですよ。何か知ってたら教えて欲しいんスけど」
『……私が言ったってこと、内緒にしてもらえる?』


そう言って、電話の向こうのの友達が教えてくれた話は。
何となく想像していたとおりのもんだった。





「…………」


通話を切った携帯をパチンと閉じて、テーブルの上に放り出す。
携帯がテーブルの上で跳ねた時の小さい音に反応して、ソファの上の細っこい身体が身動ぎした。
ひとつ、溜息をついてから。
ソファとの背中の間に腕を突っ込んで、眠るをそっと抱き上げた。
ちゃんと飯食ってんのかと突っ込みたくなるよーな軽さ。
昔は俺がを見上げて、が俺を抱っこしてたのにな。
いつも隣で見上げていたその身長をいつの間にか追い抜いて、5歳年上の従姉を見下ろすようになった頃、俺はを姉ちゃんと呼ばなくなった。
―――もう姉ちゃんとは呼べなかった。呼びたく、なかった。


を抱いたまま、一階の奥にあるの部屋に向かう。
隙間に足を引っ掛けて引き戸を開けて、普段はあんまり出入りしないその部屋に踏み込んで、ベッドの上にそっと寝かせてから、音をたてないように気をつけて枕元に座った。
寝顔にかかる髪を指で除けてさっき見た涙の跡を見下ろすと、さっき携帯越しに聞いたの友達の声とその前に聞いたの声が、耳の奥でリピートした。


『今日彼氏と別れてね。それで、ヤケ酒』

『泣き上戸なの、私は』


―――バカな奴。
つくならもっとマシな嘘つきゃいいのに。速攻でばれるような虚勢張ってもしょーがねぇべ。
ホントバカな奴。


「……可愛いとか言ってんじゃねーよ、バァカ」





呟いて、眠るの頬に顔を寄せる。
気付かれないように、起こさないように、そっと頬を掠めただけのキスは、の涙の味がした。











「愛しいと思う」御題 『09. 嘘が下手な君の言い訳』
B・Marui   051129 UP