「向日の髪って綺麗だよねぇ」


放課後の教室で。
そんなふうに言いながら俺の髪を撫で下ろす細い指の感触が、ひどく気持ちよくてドキドキした。





「ねぇ、ちょっといじって遊んでもいい?」
「―――は!?」


次に続いた言葉が、感じていたドキドキ感を一気に吹っ飛ばす。
慌てて後ろに立ってるを振り向くと、その手にはどこから出したんだか折りたたみ式のブラシといろんな色の輪ゴムが何本か、しっかり握られていた。
見るからに楽しげなその様子に、俺は慌てて椅子から立ち上がって距離を取った。


「っ何考えてんだおめーは!」
「だから、ちょこっと髪いじらせてって」
「ぜっっってーヤダ!!」
「少しくらいいいじゃん、向日のケチ!」
「ケチじゃねーよ!何か変な髪形とかする気だろ!」
「変なふうにはしないってば。ちょっと編みこみとか、色々……」
「色々ってなんだー!!」


断固拒否するために身構えた俺の目の前で、はちえーとつまらなそうに呟いて、そして傍で面白そうに成り行きを見ていた(つーか助けろよ……!)侑士の方を向いた。


「じゃあ忍足でいいや、ちょっと遊ばせてよ、髪」
「ん?ああ、ええよ」
「やった!―――わ、忍足も髪サラサラ!触り心地抜群〜」
「……」


ぱちんと音をたてて折り畳んであったブラシを伸ばすと、は侑士の髪を丁寧に梳かし始めた。
上下する手の動きを見ていたら、いきなり侑士がわざとらしく大きく息をついた。
横目でチラッとこっちを見て、なんかニヤニヤ笑ったかと思うと気持ち良さげに目を閉じて。


、髪梳くの上手いなぁ。ごっつ気持ちええわ」
「あはは、そう?こういうのに上手いとか下手とか、あんまり無いと思うけど」
「いや、上手いで?美容師のお姉さんにやってもろてる感じっちゅうの?」
「誉めても何にも出ませんよお客さん」
「そら残念やな〜」


冗談めかしたの台詞に侑士が調子を合わせると、あははは、と楽しげな笑い声が返る。
白くて細いの指が、侑士の髪の間にもぐり込んでゆっくり掬い上げたり編んだりするのを見ていたら、何だか妙にムカムカしてきた。
……ンだよ、俺の髪触りてーとか言ってきといて、別に俺じゃなくてもいいんじゃん。
何だか腹が立って、ガッタン!とわざと大きな音を立てて椅子に座り直した。
その音にびっくりして一瞬の手が止まる。
指が離れた途端、なんか複雑に編まれてた侑士の髪がするする解けて、それを見たがあーあ、と残念そうな声を上げた。


「あーん、せっかく綺麗に編みこめてたのにー」
「ご愁傷様。ほんでスマンけどな、俺ちょお用事を思い出してん」
「え、つまんない、帰ってきたらまたやらせてね」
「ええけど、結構時間かかるで。待っとるよりか別な奴の髪いじってた方がええんとちゃう?」
「んー。でも向日嫌がってるし、滝は今いないし」


つまらなそうに唇を尖らせるに、侑士は席から立ち上がりながらごめんなぁと笑って謝ってから、いきなり俺の方を振り向いてぱっと手のひらを差し出した。


「岳人」
「……あ?」
「手ぇ貸し」
「は?手?」
「ええからはよ貸しぃ」


……訳がわかんねー。
侑士にせっつかれてしぶしぶ手を差し出すと、ぱちんと軽く、手のひらを叩かれた。


「……?」
「ほなバトンタッチな。、続きは岳人の髪でやってええで」
「はぁっ!?」
「え、でも」
「パートナーの俺がええて言うとんねん、遠慮せんと心行くまでいじり倒しときや」
「ちょっ、てめー侑士、何勝手にっ」
「えーと……じゃあ遠慮なく」
「げっ……ちょっと待て!コラァ侑士!!」
「ほななー」


騒ぐ俺のことなんか知ったこっちゃないって感じで、侑士はに向かってヒラヒラ手を振ると、さっさと教室から出ていってしまった。
ニコニコしながら手を振り返していたが、侑士の姿が見えなくなると同時に俺の方に向き直る。
俺の腕をしっかり掴んで、哀しそうな表情を作って上目遣いにこっちを見て。


「向日……ダメ?」
「〜〜〜っ」


そーゆー顔すんのは卑怯だろ……!
思わず後ろに仰け反った俺の方をじっと見るの視線を受けて、俺は思いっきり言葉に詰まった。
ダメという言葉がノドに引っかかったみたいに出てこない。
無言で睨み合うこと(は睨んでねーけど)数十秒。


「……………………変な髪形とかには、すんなよな……っ」
「オッケー承知ー♪」


途端に180度表情を変えたは、にっこり笑って片手で器用にブラシを一回転させた。





椅子に座った俺の肩に小さな手が乗って、軽く後ろに引っ張られる。
それは楽しそうに鼻歌なんか歌いながら、はさっき侑士にやってたみたいに、ブラシで丁寧に俺の髪を梳かし始めた。
侑士の言ってた通り、の梳かし方は美容師にやってもらってるみたいに気持ち良かった。
妙にくすぐったい感じがして首を動かすと、途端に「動いちゃダメ!」と叱られる。
仕方なく目だけ動かしていたら、ちょうど真横にある窓ガラスに俺との姿が映っているが見えて。
そこに映るの姿を、横目でこっそり眺めた。


細い指が少しずつ俺の髪を掬って器用に編んでいく。
軽く髪を引っ張る感覚が何だかすげぇ気持ち良くて、時々額や耳や首筋を掠るの指先の感触に、最初に髪を触られた時以上にドキドキした。
動かないついでに喋らないでいたら、ふとの鼻歌が止んで。
すげー楽しそうな声が、頭の上で響いた。


「やっぱり向日の髪が一番綺麗だなぁ」
「……なんだそりゃ」
「忍足とか滝とかも綺麗だけど、向日の髪が一番サラサラですごい指通り良くて気持ちイイ」
「宍戸とかは?」
「んー、宍戸も悪くなかったけどねー。今のあいつじゃ短すぎて触り甲斐無いな」
「そういうもんかぁ?よくわかんねー」
「ふふふ」


ピアノとか何かの楽器の音みたいな、綺麗な笑い声が耳をくすぐる。
窓ガラスに映るの横顔がなんかすっげー可愛く見えて、俺は思わず、何でか知らねーけど本当に思わず、ポロっとその言葉を言ってしまった。


「―――だったら」
「え?」
「お前だったら、これからも俺の髪、触らせてやってもいいぜ?」
「――――――」


横目で見てる窓ガラスの中で、はびっくりしたみたいに目を真ん丸くして。
それから、めちゃくちゃ嬉しそうに、ふわーっと笑った。





それは俺が今まで見た中で一番可愛いで。
今までで一番、俺をドキドキさせた。











「愛しいと思う」御題 『07. 髪を結う姿』
G・Mukahi   060120 UP