二学期最大のイベントでもあり、そして体育委員会にとっても一番の大舞台でもある
体育大会をあと1ヶ月後に控えた生徒会室。
満場に集められた各学年各クラスの体育委員と(岳人や慈郎@睡眠中も含まれる)、
苦虫を噛み潰したような表情をしっぱなしの生徒会長・跡部景吾をはじめとする生徒会役員が見守る中、
段上では体育委員会委員長の長太郎と、副委員長のの熱いガチンコバトルは続いていた。
「どうしても反対なんですか? 大会も盛り上がるいい案だと思うんですが?」
「なーにがいい案よ! それはね、大会の私物化って言うんです。
毎年毎年この時間を待ち遠しく思ってる女子がたくさんいるんだから、廃止なんか大反対よ!」
「オイ、生徒会長の俺様がいいっつってんだ。それならこれで仕舞いだろうが」
「諸悪の根源は発言をお控え下さい! 生徒会長だろうが学園長だろうが、
こんな提案、誰から出されても私は断固反対ですから!」
のその言い切りっぷりに、数少ない女子の体育委員からは拍手が上がった。
黒板に書かれた今日の議題。
今日どころか、前回も前々回も議題は変わらないため二日前から書かれっぱなしである。
「フォークダンスの廃止と部活対抗競技の時間延長について」
発端は跡部のこの一言である。
「部活対抗ってんなら、その部活に所属する部員を全員出さなきゃ意味がねえよなぁ?
テニス部部員200人、それがきっちり出れるように時間配分を考えてもらわなきゃなぁ、ア〜ン?」
リレーに徒競走、持久走もあればトラック競技だってある。
教員対抗のリレーも評定では目玉の競技の一つだ(榊太郎をはじめ濃い教員陣が氷帝学園のウリでもあるからだ)。
とんでもない物がクジに書いてある借り物競争だって、毎年好評を博している。
どれも外せない、ならば時間延長は認められない。
そう結論が出かかった時に、再び跡部の俺様爆弾が投下された。
「ならアレだ、あのくだらねえフォークダンスをやめちまえばいいだろ?
どいつもこいつも俺様と踊りてえっつっても、俺様の身がもたねえからな」
冗談じゃない。 は心底そう思った。
男子のリードで女子がくるくる廻るフォークダンス。それは女子が一瞬だけお姫様になれる時間。
そして想いを寄せるあの人と踊れるか踊れないか、そう一喜一憂する女子の顔を見るのがの楽しみでもあった。
どうせ自分は大会進行の都合上踊れないのだからこそ、その女子の微かな願いを叶えたい。
ずっとそう思って、それを信念として1年の時からずっと体育委員をしてきたのだから。
「百人が万人、みな跡部先輩と踊りたいと思っているわけではないと思いますが」
「ア〜ン、何言ってやがるテメエ! 俺様の部長としての最後の大仕事だぞ? テメエごときが…」
「はい、暴言が過ぎるので生徒会長にはご退場願います。樺地くん! ソレをとっとと出してください」
跡部の命令は至上命令、そう思っていた樺地だったが、静かに笑みを浮かべながらも
頬の筋肉を引攣らせて怒りのオーラを身にまとうには逆らえず、まだ喚き続ける跡部を抱えて
生徒会室を後にするしかできなかった。
後日樺地は日吉に言った。「修羅とはああいう人のことだと思った」と。
その跡部の命令を受け、フォークダンスの時間をなくそうと主張させられているのが長太郎だ。
まず委員長として全校アンケートを実施した。
数多く根強いファンクラブを抱える男子テニス部のこと、テニス部のためならばと
フォークダンスの廃止への票が多く集めるんじゃないかと懸念されたが、女子の欲求はストレートだった。
「好きな人を見てるだけよりも、手だけでも触れたいのが女子の心情ってもんよ!」
そのの言葉どおり、票は割れに割れ見事に意見は真っ二つになったに過ぎなかった。
そうなれば意見の対立はただでは収まらない。
そしてもともと体育委員会に当てられた予算の配分で何度も対立している委員長と副委員長、
お互いに引くことを知らない頑固者ゆえの意見のぶつかり合いがエスカレートするのに時間はかからなかった。
日頃は優しさの化身のような、身を引く傾向が強い長太郎だが、
いさかいも回数を重ねれば優しさなどと寝言を言ってもいられない。
ましてや頭の上がらない部長からの特命を受けているのだ。
宍戸のレギュラー復帰の件で借りのある身としては、引きたくとも引けないと言った方が正しいかもしれない。
「なんでそう強硬姿勢なんですか?! 跡部部長の部員を思いやるが故の行動なんですよ?
学園に大きく貢献した部長の、最後の大仕事くらい認めて下さいよ!」
「それは詭弁ね。部員への感謝は部活でやればいいでしょう?
大体あの人の最後の大仕事はこんなことじゃなくって、せっかく出れた全国大会での活躍じゃないの?」
「それに出れない部員にも活躍の場があったっていいじゃないですか?!」
「だったら通常の部活動対抗競技で、それにレギュラーじゃない部員を出せばいい話じゃないの!」
大幅に長太郎の分が悪いが、生まれ持っての根性でそれを覆そうとする姿勢には頭が下がるというか
腹が立つというか、はなんだか複雑な気分だった。
今回も結論は出ることもなく時間切れで会議(というか討論会というか)は終了。
部活のある人間は部活へと行き、そうでない者はぐったりと見ているだけで疲れきった体と
心を引きずって帰宅していった。
は居残って今回の議事録をまとめていた。
まとめようと思っても、実のある議論をしたと胸を張って言えないあの状況で、
いったい目新しい何かを話し合っただろうかと記憶を掘り起こしても全く思いつかない。
自分が引けばいいのだろうか?
意地になりすぎてはいやしないか?
予算のことでは、ほとんど長太郎に引いてもらっているんだから、
今回くらいは引いてもいいのかもしれない。
だけど、あの理由ではあまりにそれは暴挙すぎる。
いつまでこんな状態が続く?
そりゃもともと仲の良い関係だとは言えないけれど、
こんな自分とは無関係なことでより悪くなったら泣くに泣けない。
進むことのないシャーペンを机に叩きつけて、は溜め息を吐きながら机に突っ伏した。
「体育委員になんか、なるんじゃなかったぁ…」
去年も委員の仕事があって、そして最後に一回だけでも好きな人と踊りたいからと、
仕事を変わってほしいと頼み込んできた先輩に根負けしたから自身一回もフォークダンスをしたことがない。
そして今年、それでも自分の思いがあるからと張り切って体育委員に立候補した。
去年のあの時、最後の最後、ギリギリで意中の人と踊ることができた先輩の、
あのとても嬉しそうな顔が忘れられなかったから。
あの先輩だけじゃない。同じ顔をした女子も、そして男子もたくさんいたことを知っている。
自分以外の誰かがそういう気持ちを味わえるならと、一歩引いたのかもしれない。
だから今年も、その顔を見ることを楽しみにしていたし、
当然フォークダンスは今年もあるものだと思っていた。
あんな提案があるまでは。
噛み締めた奥歯がギリッと音を立てる。
確かのあの提案は、あの跡部景吾の形を大幅に間違えてはいるが、
不器用な優しさの表現方法だと思えなくもない。
例えレギュラーでなくとも、テニス部員の体力は他のどの部活の部員と比べてもなんら遜色はない。
だからこそ、日の目の当たる舞台で活躍させたいと思う気持ちも分からなくないのだが、
例えそうであっても、他に犠牲の出るやり方だけには賛成できない。
自分の思い入れにばかり固執してしまうと長太郎(というか跡部)。
どちらかが折れなければ、事態は好転しないことだって分かってはいる。
「あー、もう…。やめちゃおうかなぁ…」
「本気で言ってるんですか?」
が驚いて振り向くと、生徒会室の入り口にはジャージ姿の長太郎。
珍しく機嫌の悪そうな表情で大股で部屋に入ってくるとの正面の席に座り込んだ。
(とは言っても、といる時にはほとんど議論しているのでいつもそういう顔ではあるのだが)
「なに、何時からいたの?!」
「ついさっきですよ。仕事が心配で抜けてきたら聞こえてきた第一声があれですよ」
「で、本気なんですか?」
「何がよ?」
「さっき言ってた…やめるってことですよ」
「…半分、本気」
俯いたままで短く言ったの言葉に、長太郎は背もたれに勢いよく寄りかかると憮然としたまま言う。
「駄目、却下です。俺の仕事が増えます」
「私が増やさなくても、お宅の部長さんが増やしてるじゃない」
「それはそれですよ。それに、今回は俺だって好きで進めてるわけじゃないし…」
「あれー、そんなこと言ってもいいの? やけに必死だったじゃない」
「…それは…、駄目だったらレギュラー落ちだって…」
「マジ?! そんなんだったら…」
「フォークダンス廃止でいい、とか言わないで下さいね。
同調されるならまだいいけど、俺、同情されるのは嫌いですから」
「でも、これまでずっと頑張ってきたんでしょ?」
「いいんですよ、大体あの人だってもう引退なんだから。
だいたい跡部先輩も半分くらいしか本気で言ってないですよ」
「あれで半分だなんて信じないよ」
「あの人、本気で全力出したらあれくらいではすむ訳がないですよ!
本気だったらもう強権発動して会場の設営だとかいろいろと手を打ってあるはずですから」
「…納得」
「で、やめるんですか?」
「…やめないよ」
「やめるんならやめるでもいいんですけどね。
そうすれば、今年はフォークダンスに参加できるんでしょう?」
「そんな理由でなんかやめないってば。
あれ、でもなんで私が去年できなかったってこと知ってるの?」
「去年俺も体育委員だったじゃないですか。
それに、円の中いくら探してもいなかったから…」
「ああ、それで…って、ええ?!」
「納得するのか驚くのか、どっちかにして下さいね」
「ええええええええええぇぇぇぇっ?!」
「そっちが主な感情ですか」
呆れたような顔をしてまた背もたれに体を預けながら、顔を背ける長太郎。
でも、秋とはいえまだ日の長い9月の空は青い色をしているのに、
顔だけが、まるで夕映えの照り返しを受けたようにわずかに赤かった。
「で、どうするんですか? 円の中に入ってフォークダンスしますか?
それとも、テニス部200人がトラック周るの見てますか?」
「…どっちもお断りだよ」
「じゃあどうするの?」
「…長太郎と一緒にみんなが踊ってるの見てる」
「欲張りですね」
「そうですね」
日付しか書かれていなかった議事録に、まず長太郎の字で一行が付け足された。
『委員長権限により当議題は破棄。フォークダンスの廃止の提案は却下します。 鳳 長太郎』
そして、の字でその下にまた一行が書き足された。
『副委員長として委員長の決定に異論・反論はありません。決定に感謝します。 』
翌日の委員会で、その決定は覆されることなく履行された。
そして体育大会当日には、二人で並んでフォークダンスの様子を見守る姿が全校生徒に目撃されたのである。
涼篠蒼依様からのリクエスト、喧嘩しながらもラブラブな長太郎夢でした!
素直じゃない長太郎を書こうと足掻きに足掻いた挙句に、素直じゃないどころか意地悪な長太郎になってしまい まし た…。
跡部様には悪役を演じていただきましたが(似合ってるよ、悪役が!)、まあそんな二人を見て
「ファーハハハハハハハ!」と高笑いしていると思います。意外に怒りが持続しない人だと思っています。
二人の後日談としては、ちゃんと誰もいないところでちょっとだけ踊ったりしますが、
何せフォークダンス経験がないヒロインちゃんなのであまり上手に踊ることが出来ず、社交界のプリンス・長太郎に
「ほら、ステップが硬いですよ。ロボットと踊ってるんじゃないんですから!」と強烈にダメ出しを食らったりします。
こんなところで書くんじゃなくてそれも本文に盛り込めって話ですが。
歯あ食いしばって目を閉じて待ってますので熱いビンタなぞ一発喝入れにお願いします!
しかもリクエストを仕上げる前に蒼依さんからは素敵な頂き物までもらってしまって!
もうどうしよう、関東に向かって愛を叫び返しますよ。っていうか、私の魂の欠片が既に飛んで行きましたよ!
そんな感じでお世話になる度合いが高いヘタレですが、これからもどうぞよろしくお願いします!
リクエストありがとうございました〜!
(2004.12.16)
・・・・・・・・・・ 関東の片隅から再び愛を叫んでみます ・・・・・・・・・・
相互リンクサイト『愛の庭』の管理人・芹ナズナ様よりいただきました素敵長太郎夢です。
『愛の庭』二周年記念企画でリクエストして書いていただきました!!
ナズナさーんっ、アイラッビューン!!何ですか何ですか、この素敵にちょっと意地悪なチョタったら!!
高校時代、バリバリの女子高生活を送っていた(文化祭で男装したら中等科の後輩に告白まがいのプレゼント攻撃をくらったりとかな!)私、あの頃のささやかな夢といったら
『片想いの彼と後夜祭のフォークダンスで手を取り合ってドキドキ☆』
だったりしたのですが、その夢をこのような形で見事叶えていただける日がこようとは……!!
ありがとうございましたナズナさん!!いやもうマジで愛してます!!!
ダメ出しするチョタに更に萌えー!!ああもう夢のようですよ、チョタとフォークダンス(つか夢だから)!!
本当に本当にありがとうございました!家宝と思って大事にさせていただきます!!
そしてこんな私ですが、どうぞこれからも宜しくしてやって下さいませ!ありがとうございました!