[例えば俺ならずっと側にいてあげる、君の涙が乾いてからも。ね、俺の子猫ちゃん!]



PET AND PETZ!!

〜ご主人様の名前は佐伯虎次郎、ちょっとオッサンくさいけど高校生のご主人様です、運命。〜


世の中に、ペットと飼い主にカテゴライズされるカップルは何組あるんだろうか。
何て名前だか忘れてしまったけど、ある漫画の影響で、最近は増えてるらしいって話も聞いた。
でも、それはきっとご主人様→女性、ペット→男に限った話で…
俺たちの関係は、モラル的にはそのペット界でも良くないカテゴリーに属するかもしれないけど、

それでも、この朝日の中で俺は、

順風満帆の予感を胸に。





俺が、テニスの強豪校に入学するため、単身千葉を旅立ったのは、もう何年か前の話になる。
テニスを続けたい俺の希望を両親は快諾してくれ、笑顔で俺を見送ってくれた。
当初、社会人の姉との二人暮しだったが、姉が転勤になりこのマンションを離れてから、俺は一人暮らしだ。
一人でいることは不便は多いが自由も多い、それなりに充実した毎日を送っていた。
海沿いの街を選んだのは、少しでも自分の初心と近い場所に繋がっていたかったからだろう。
しかし見る海は千葉のそれと違って、若干の穏やかさと共に、どこまでも受け入れてもらえない冷たさも孕んでいた。
ああ、自分の居場所はここではないのかと、そんなことを考えていた、ある憂鬱な部活帰り。

いつものように駅の北口を出て、そのまま街燈の少ない、狭い道を歩く(近道なんだ)。
昼間は若い女性向きの雑貨屋、インポートショップなどが並び、賑やかなこの通りも、
この時間になってしまうと、人はほとんど通らない。
俺は暗い夜道が怖いなんていう年齢じゃないし、ましてそこに恐怖を感じる性別でもない。
家に帰って何を食べよう、頭の中では今夜のメニュー、買い物は何を買ったらいいかを考え始めた、その時、

「…い加減に…、…俺は…」

穏やかな罵声とでも表現したらいいのだろうか、
確実に発している人間の不快さが、それを偶然耳にした俺にも手にとって分かるくらいに聞き取れた。

…ケンカ?

参ったな、確かに夜道を一人で歩くことが怖くない性別、年齢ではあれど、
こんなところで抗争に巻き込まれてあえなく昇天なんて人生のピリオドは悲しすぎる。

…仕方ない、他の道を通るか。

「…たは、…だって…そう言うけど…」

と思ったけど、もう一つ聞こえてきた声が女性のものだったので、俺は引き返すのを止めた。
痴話喧嘩なら、俺が巻き込まれて殺されることもないだろう。

歩みを進めて、今日は定休日のレストランの駐車場を過ぎようとしたとき、
その駐車場の隅に、件のカップルを見つけた。

…まったく、痴話喧嘩にもTPOってのがあるだろうに。何もこんなところで別れ話しなくても。

冷静に考えると、ならばどんなところだったら痴話喧嘩が許されると言うのだろうか。
別れ話にTPOも何もないだろう、自分にツッコミながら、なるべく無関係にその場を通り過ぎようとした。

「…だから!」

男のひときわ大きな声に、むしろ俺が驚いて振り返ると、
俺の行動に彼はふと自分の立つ位置(公共の場)に気付いたのか、

「…とにかく、そういうことだから。もう会えない。」
「………。」

そう言い残して、駅の北口の方へ向かって行った。
チャコールグレーの広いスーツの背中が闇に解けると、何となく気になって、俺は残された女性の方を横目で見た。

彼女は何も言わなかった。今もぴくりとも動かない。
なんとなく立ち去りにくさを感じていると、制服がポツ、という音を立てた。

「…雨。」

ああ、なんてありがちな展開なんだ、今時月9でも韓国ドラマでもありえない展開じゃないか。
けど、雨が降り出しているのは事実だし、この雨にあの人を残して行く訳にもいかない気がする。
男として、それだけはやっちゃいけないだろ、って。

「これ、良かったらどうぞ。」
「…え?」
「折りたたみ傘です、使ってください。」
「…あ、でも」
「俺の家、すぐ近くですから。」

近くで見ると、なかなか綺麗な人じゃないか、もったいない。
俺だったら別れ話なんてしないけどね。

強引に彼女の手に傘を握らせた、雨脚が強まっているのを、俺の制服の肩を叩く16ビートで感じていた。

春の雨は横から降ってくる。
突風と同時に巻き上げられたその雨は、

「…カサ、要らないね。」
「…そうですね。」

あっと言う間に俺のシャツと、彼女の春色のスーツの色を一段、濃い色にした。

   ・
   ・

今思うと、この時さんは、付き合っていた人と別れて自棄になっていたのだと思う。
でなければ、いくらどこから見ても高校生でも、初対面の男の家に来るなんてことはなかっただろう。


「タオル、使ってください。」
「…ありがとう。」

ぐるりとさんは俺の部屋を見渡して「綺麗にしてるんだね。」と言った。
確かに俺は結構几帳面なタイプだし、いくら古いマンションと言えども古さを感じさせるほど汚くすることは、
潔癖症(と、よく中学の仲間にはからかわれたものだ)のプライドが許さないのだ。

「あ、すいません、自己紹介遅れてましたね。俺、佐伯って言います。佐伯虎次郎です。」
「コジロー?」
「虎次郎って書いて、コジローです。」
「可愛い名前、でもちょっと意外ね。」
「よく言われます。」
「私は 。」
、さん。」
「うん。」

噛み締めるようにさんの名前を繰り返すと、さんは雨の冷たさで赤くなった頬を少し持ち上げて笑った。

「広い部屋だね、何部屋あるの?」
「2部屋だけですよ。以前は姉と二人で住んでいたんですけど。」
「本当にお姉さんだったの〜?」
「残念ながら、本当に姉でした。」
「なんだ、本当なのか。」

エアコンのスイッチを入れ、さんのスーツの上着を風が当たる場所に干す。
…スカートも結構濡れてるんだけどなぁ…乾かしたいけど、脱げって言うのも変かな…
この場合俺の服って貸してもいいのかなぁ?初対面の女の人にどうなんだろう。

「…何、私のことじっと見たりして?色っぽい?水もしたたるいい女?」

悪戯に笑う彼女の姿に、俺は苦笑して、

「俺の服で良かったら、着ます?どうも、濡れたままの服が皺になっていく過程が許せなくて。」
「いい旦那さんになりそうね、虎次郎くんは。」
「よく言われます、所帯クサいってことですかね。」
「彼がいなかったら付き合いたいくらいよ。」

言ってから、しまったという顔で、さんは俯いた。

「…私、さっき別れちゃったんだった〜〜」

さんの悲痛な笑顔に、俺は言葉を失った。

相当にショックがあったときは、現実感がなく、その瞬間はその大きさに気付かないことが多い、
けれど、津波のような衝撃は、しばらくして押し寄せる。
多分彼女にそのショックが押し寄せるのは、もう少し先のことだろう。

過去に俺も何度か試合に負けた時、その感覚を味わったことがある。
しばらく経ってから、現実に向き合わなければならなくなった瞬間、引き裂かれるような衝撃。
俺にとってはテニスでしか味わったことがない衝撃だけれど、きっと傷つく度合いは、テニスも恋愛も同じだろう。
好きであればあるほど、痛みは激しいはずだから。

「あはは、カッコ悪いよね、私。」
「無理して明るく振舞わなくてもいいですよ。」

彼女は、半泣きの声を無理に弾ませて俯くから、俺もなんだか庇護欲刺激されちゃって、
思わず、濡れたままの髪に触れてしまった、指先に伝わる冷たさとはうらはらに、心臓は熱を持つ。

「…ずっと彼と一緒に住んでたの。」
「うん。」
「…部署は違うけど、職場も一緒だったから、いつも、側にいて、」
「…うん。」
「それなのに、気がつかなかったんだよね〜…」
「気付かなかった?」
「うん、彼に好きな人がいること。」

今日初めて聞かされたんだと、さんは鼻をすすりあげて、また少し茶化すように泣き顔で笑った。

「彼の好きな子って、同じ会社の後輩で…」
「うん。」
「…彼の何を見てたんだろう…私〜〜」
「うん。」

子供みたいな彼女の髪を撫でて、ただ相槌を打つ不甲斐ない俺。

「もう、彼、だなんて言っちゃいけなんだよね…」
「…う、ん。」
「寂しいよ…」
「…あったかいもの、淹れるよ、落ち着くから。」
「…虎次郎くん、優しいね。」

彼女の言葉に頷くのに罪悪感が生まれた。
さんをこれ以上泣かせてはいけないとは思ったけれど、
俺には彼女を傷つける『真実』しか口にすることができない。優しさってなんだ。

キッチンに立って、ティーポットに火をかける。
後ろでは、椅子に座って、俯いたままテーブルに雨を降らすさん。

「…明日から、どこ帰ったらいいのよ…」

そうか、一緒に暮らしてたって言ったっけ…
帰る場所がない、自分の居場所がない彼女の姿に、俺はどこか自分の姿を重ねていた。

「ここにいたらいいよ。」
「…え?」

湯気を立てるミルクティーを差し出しながら俺は言う。
今思うと、何故このときその意見が浮かんだのかは分からない。
用心深い普段の俺だったら絶対そんなこと言い出さないのに、気付いたらその言葉が口をついていた。
運命なんて陳腐な言葉で片付けていいのだろうか。
それが許されるのなら、きっと、多分、

俺と彼女は縁が深かったんだと思う。運命。
一瞬で恋に落ちたんだ。運命。

「住む場所決まるまででもさ。」
「…あ、でも」
「ああ、体裁が気になる?だったら俺のペットになってよ。」
「ペット!?」
「うん、それだったら、少しでもさんのモラルに反するようなことはない?」

初対面から子供っぽいなぁと思っていた彼女の、ぽかんとした顔はより幼く、俺はその表情に自然と笑顔になった。

「…あの、ペットって、そもそも何をすれば。」

真面目だね、さん。
そうだな…まずは…

「ご主人様って呼んでもらおうかな?」
「無理よ、絶ー対無理。」

そして願わくば家に帰った俺に、暖かい飲み物を。
ここがかげなえのない居場所だと思えるような。

「あとは、猫耳としっぽつけてお帰りなさいって。」
「…虎次郎くん、見かけによらず、趣味、おっさん…?」
「違うでしょ、虎次郎くんじゃなくて『ご主人様』でしょ、?」
「やっぱり絶対無理よ!」

それから俺たちは多くのことを話した。
一晩じゃ詰め込めないほどに、たくさんのことを。

これから押し寄せるであろう悲しみに、さんが気付くことがないように。
そしてもし訪れてしまった時、俺は彼女の一番近くにいて、髪をなでることができるように。

   ・
   ・

すっかり制服とスーツが乾いたころ、さんのスカートはしわだらけ。

「こんなんじゃ電車に乗れない」という彼女に「もうここにいるしかないでしょう?」と言う俺。

「そうだね。」

しわしわのスカートみたいにくしゃっと笑った彼女の顔は、やっぱりとっても幼くて、
俺はこれから彼女を、また敵だらけの世界に出すことが少し不安になった。
飼い主というよりむしろ、年頃の娘を持つ父親の気持ちかもしれない。

音にならない声で笑っていると、さんは俺の顔を見て「どうしたの?」と。

「なんでもないよ、これからよろしくね、。」

窓の外、雨はもう上がっていて、春の煙は雨で洗い流された。
いつもだったら霞んで見えない、遠くの海は、

あの頃の千葉の海と同じ色をしていた。晴天。




[0403/'05 updated!!][thanks 400000 hits!!]
蒼依さん、大変お待たせいたしました…!
オッサンオッサン言っちゃってごめんなさい、蒼依さんの王子様に対して(笑)!
40万HIT、ありがとうございました



相互リンクサイト『meltroche.』の具志堅ヨーコ様からいただきました佐伯夢です!
先日、ヨーコさんのところで恐れ多くも40万Hitを踏ませていただき、キリリク受付ますよとのお優しいお言葉にガッツリ甘えて、ヨーコさんが書いていらっしゃるきみぺ(君はペット)のパロで佐伯を!と図々しいお願いを致しましたらば、ほぉーらほら、こんな素敵な佐伯夢が!!
そして更にはこんなキュートな佐伯ペッツアイコン→までも!ぎゃー!!かーわーいーいー!!!
しかも実はサエがペットじゃないの、私がペットなの、ご主人様……!!
私の予想の遥か上を行く素敵な夢に メ ロ メ ロ です!!
ヨーコさん、本当に本当にどうもありがとうございました!!

05/04/04