そこが男の夢の果て
男の人の夢の果て…………裸エプロン??
美容院で何気なく手にとった雑誌に、そんな記事を見つけたのは昨日のことだ。若い女の子を対象としたその雑誌は「これが男子の望む女子の姿!!」というあおり文句で、シチュエーションだの仕草だの外見だのの傾向をことこまかに説明していた。
その中に「裸エプロン」と言う文字をみつけて、私は美容師さんが後ろにいるのも忘れて思わず手を口にあて息をのんだ。
(は………はだかに、えぷろん………………)
普段なら苦笑して通り過ぎるだけだろうその言葉にひっかかりを覚えたのは、少し前に参加させてもらった彼の同僚達との飲み会での会話を思い出したからだ。
私が少し遅れて行ったときにはもうあらかたできあがっていた彼らは、私のことなど意にも介さずに猥談をはじめてしまった。赤面し俯いて目の前の食べ物を咀嚼する私を尻目に、彼らはどんなことを女性にしてほしいかという夢を楽しそうにしゃべっている。
ナース、浴衣、チャイナドレス………。九州出身らしいふたりが、一緒に行ったことがある中華料理屋さんのウエイトレスの話を得意気にすると、廣隆(私の彼氏です、一応)が身を乗り出してその話にくいついた。
チャイナドレスのスリットは深いほうがいいだの、首がつまっているのが逆にそそるだの、いやまて濡れた浴衣の色気は捨てがたいだの、言いたい放題いかがわしい妄想を語る。
(えと、私…………どうしたらいいんでしょう、この状況)
どう考えても私が(一応)女性だということを失念している彼ら。神林くんとかはまだしも、廣隆までがそうなのだから始末が悪い。口をはさんで場を盛り下げるのも悪いと思って、私はひたすら黙って小さくなって座っていた。
「ほうじゃけど、やっぱしあれやろ、裸エプロン!」
嬉々として廣隆がこぶしをにぎりしめる。その言葉に皆のテンションが一気にあがる。そうそう!とか、それはヤバイっちゃ!とか、佐藤くんにいたっては鼻血!!鼻血でてるから!!
つか、自分の彼氏がそういう妄想を語る場にいあわせるなんて…………どうすればいいの、ほんと。誰かなんとかしてください…………。
お酒が強くない廣隆は、いい気分になっているみたいだ。普段なら私を気遣わないなんてことないのに、すっかり調子に乗って己の持論を語りだす。
曰く。エプロンにフリルははずせねえ、脇から見える横乳がいいんじゃ、丈はもちろん短めで!
聞き進んでいくうちに、私はどんどんいたたまれなくなっていく。そんなことないと思うけど、ここにいる皆がその妄想のモデルを私にしてるんじゃないかとか、そんなこといつもしてると思われたらどうしようとか、なくはない可能性に涙がでそうなくらい情けなくなる。
そうしてとうとう「俺の前の女が…」の一言を聞くに至って、私の忍の字は崩壊した。
がたん!
無言で椅子をひいて立ち上がった私に、ひよこの皆はしまった!という顔をして沈黙する。
ひとり、廣隆だけが、ん?とのんびりした動作で私を見上げると、どうしたんじゃ、と無神経極まりない問いかけをした。
「……ごめん、用事を思い出したから、帰るね」
かろうじてそれだけを言って、返事も聞かずに席から離れる。かけひきなんかじゃない。もうこの場にいるのは遠慮願いたかった。それがどれだけその場を盛り下げたとしても、だ。足早に店の出口に向かいながら、私は眉をしかめて涙をこらえていた。
何もこんな風に出てこなくても。廣隆に恥をかかせてしまわなくても。もっとやんわり皆を制することだってできたはずなのに。私はこうするしかできなかった自分の未熟さへの情けなさと憤りでいっぱいになっていた。
レジを通り抜けて(しまったお金払ってない)、店の出口の前に立つ。急いでいるのに、こんなときに限ってマットの上に立っても自動ドアがあかない。おかしいな、とジャンプしたり身体を動かしたりしていると、後ろから聞きなれた声がした。
「ここ押さんと開かんじゃろう」
後ろから伸びてきたボタンを押す手が誰のものかなんて、見なくてもわかった。
音をたててすべらかに開いたドアの前で、私は荷物をにぎりしめて立ち尽くす。うしろにある気配は何も言わずに私の背を押した。
その圧力に導かれるままに数歩歩いた私は、店から出たところで耐え切れず振り向いた。
「廣隆」
「………すまん」
ふてくされたように横向き加減で私にそう言った彼は、なにも帰ることないじゃろう、と照れ隠しのように呟いた。
「だって………はずかしいわよ、あんな話」
「…………すまん」
「しかも何?前の彼女がしてくれたんだって?裸エプロン?」
「…………………」
「いいわよ、私帰るから。皆に思う存分思い出を語ってあげて」
「」
「いい。もう忘れることにする。私も大人げなかったし。………ああ、皆にあやまっておいてね?」
「…戻らんのか」
「今日はね……ごめんなさい。あなたの顔、つぶしちゃったね」
私の言葉に廣隆は首を振る。
「また呼んで?次はちゃんとするから」
にっこり笑んで彼の腕をぽんぽんと叩くと、廣隆はやっと私の目を見た。
「…すまんかった、。俺が無神経やった。謝る」
真面目な顔をして言う彼に、少し心がほぐれる。
私は無言で廣隆に近づき、身構えた彼の頬に軽くキスをすると、もういいよ、と耳元で囁いた。
「おまっ………!こんな道の真ん中で何しよる!」
ゆでだこのように顔を赤くしながら廣隆は1歩あとずさった。なによ、意外と小心者なんだから。
「彼女の前で妄想語るよりマシだと思うけど?」
私の言葉に、ぐう、と口をつぐんで押し黙る。こぶしをにぎりしめて小さく震えている彼に笑いかけて、私はじゃあねと手をあげた。
「電話ちょうだいね?」
まだ赤面している彼を道路の真ん中に残して、私は駅へ続く方角に身体をむける。彼をふりかえることなく急ぎ足で歩いていると、!と大きな声で名前を呼ばれた。
「気をつけろよ!電話する!」
振り返ると彼が大きく手を振っていた。通行人の視線が集中しているのをびしびしと感じながら私は頷いて見せる。いつまでたっても手を振っている彼に、今度は私が赤面させられながら、私は駅までの道を足早に歩いたのだった。
(裸に、エプロン、ねぇ…………)
私は家でひとり、廣隆をまちながら呟いた。
今日は私はお休み。彼は訓練の後ここに寄ることになっている。食事、お風呂、準備万端整えて、きゃあ新婚さんみたい、と思ったところで不意にその言葉を思い出したのだ。
新婚=らぶらぶ=裸エプロン。あれよね、「食事にする?お風呂にする?それともア・タ・シ?」ってやつ。うわー!使い古されたありきたりなネタを自分と彼に置き換えて考えてしまい、私はごろごろと床をころげまわった。
(きゃー!なんてことを!は……はずかしい!)
こそばゆいような情けないような、それでもくちびるが緩んでしまうそんな妄想に、私はふと廣隆の一言を思い出した。
(「前の俺の女が………」)
昔の彼女がしてくれた、ということよね、それは。
昔っていつだろう、どんな人だろう、それを見て廣隆は嬉しかったんだろうか、その後どうしたんだろう………。ぐるぐると考えていると嫌な方向に思考が傾いていった。名前も知らない彼の昔のオンナ、に見当違いの嫉妬をしてしまう。
(うわー、嫌な感じ!)
もはや自分になのか彼になのか昔のオンナになのかわからない。もやもやとした気分で床にねそべっていると、だんだん負けてなるものか、と闘志が湧き上がってきた。
(裸エプロン………エプロン)
昔のオンナができたのなら、私にだってできるはず。理が通っているのか通っていないのかわからない事を呟きながら、私はむくりと起き上がると、部屋のクロゼットに足を向けた。
使わない雑貨などをしまってある棚をひっかきまわすと、昔昔に母から贈られた誕生日プレゼントを引っ張り出す。今のいま。それが何があるかを、奇跡のように思い出したのだ。
(お母さん…………ありがとうって言うべきなのかしら………)
多少へこんでいる箱をそっと開けると、中からフリルのついたかわいいエプロンが出てきた。
私が一人暮らしを始めたとき。ひとりでもきちんと料理をしないさいよ、と言って少女趣味の母が買ってくれたものだ。そのときはこんなフリフリつけないよー!と思ったのだけど、それでも心配してくれた気持ちは嬉しくて、ずっと処分せずに持っていたのだった。
が。
(こんな風に思い出されるなんて…………お母さんごめんなさい…!)
箱から出したそれを膝において、実家のある方向を拝むマネをする。あなたの娘は今ちょっと道を踏み外しかけています…………!
(いやでも、愛だから!)
9割以上自分に無理矢理言い聞かせながら、私はエプロンと共に姿見の前に立つ。身体に当てて、それで彼を出迎える様を思い浮かべた。
(どんなリアクションするだろう……)
びっくりするかな。まあ間違いなく赤面するよね、賭けてもいい。なんじゃそりゃ、とかそんな風に言う。で、どうだろう、すぐにベッドかしら…………。ああああ。
自分で自分の想像にヤラレてしまった私は、鏡の前でエプロンを握り締めて身をよじる。
これ、傍からみたら完全に完璧に変な人だよね私!なにしてんだか、もう!
改めてエプロンを広げる。じっとその布面積を確認し、それが自分の裸をどこまで隠してくれるかを計算する。わーなんかもう、頭が沸騰しそう………。
裸にそれだけを着るという行為には、途方もない勇気が必要なのだ。それだけがエプロンと対峙した私にわかったことだった。想像するのと実行するのの間には思ったよりも深い溝がある。うううう。どうしよう………。ほんとに着るの………?
実際にエプロンを目の前にして、私の意地はもろくも崩れ去ろうとしていた。だってだって、恥ずかしい!もうそれだけ!うけなかったらどうすんの!
ひとまずベッドに問題のエプロンを広げて置くと、私は腕組みをしてどうしようか迷う。
(でも、前のオンナは着たんだよね…………)
こんな恥ずかしい思いを乗り越えて、彼のためにそんな格好をした人がいるのだ。勝ち負けは関係ないなんて建前だ。昔のオンナより私のほうがいいと思ってもらいたいのは当然のこと。今の段階で負けているのは私で。じゃあ、これからどうしましょう?
(ひ………ひとまず着てみようかな)
うん、着たら慣れるかもしれないし!(ありえない)案外着心地いいかもしれないし!(ありえない)似合うかもしれないし!(ありえないってば)
くだらない葛藤を心のなかで繰り広げながら、私は勢いよく服を脱ぐ。勢いにまかせないと意地も何もくずれてしまいそうで、なるべく何も考えないようにして、下着までを全部とりさった。
(う…………わー……………)
全裸にエプロンを当てた私は、もう何も考えられなかった。条件反射でエプロンの紐を結びながら、やばいやばいと呪文のように心の中で呟き続ける。
鏡の中には。裸エプロン。(ウィズ私)
(男の夢ってこんなもんなの………!!!???)
恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。見てられない。こんな姿を見られるなんてもう、言語道断だ。今自分がなんでこんなことをしているのかが不思議でしょうがない。
(や……やっぱだめ!やめとこ!)
見事に崩れ去った意地を確認し、改めてこのエプロンを封印することを心に決めながら、私は紐をほどこうと手をうしろに回した。
その時。
ピンポーン。
(うそ!!)
玄関のチャイムがなった。
(え?もうそんな時間?)
慌てて時計を確認すると、廣隆が来てもおかしくない時間になっていた。どうやら鏡の前で思ったより長時間悩んでいたらしい。
(ど………どうしよう!)
今の装備:裸エプロン。MPは高そうだけど、HPは限りなく低い。…じゃなくて!!!
(こ…このままでるわけには!)
ピンポンピンポンピンポン!
ぐずぐずしていると、高橋名人ばりにチャイムが連打された。わー怒ってる!短気なんだから!
私はとりあえずエプロンをむしりとり、下着をつける暇も惜しんで全裸のうえに部屋着のワンピースを直接着ると、急いで玄関に向かった。
「はいはいはーい!」
チャイムに返事をしながら玄関の鍵をあけると、不機嫌な顔をした廣隆が部屋に入ってくる。
「遅い」
ひとこと呟くと、無言で靴をぬぐためにしゃがみこんだ。
「ごめんなさい……ちょっとばたばたしてて」
「ええけど……なにしとったんや」
「え?……まあ、いろいろと、ね」
まさか裸エプロンを試してましたなんて言えるはずもなく、私は曖昧に笑ってごまかす。
「ふうん」
靴を脱ぎ終えた彼はむすっとした顔のまま立ち上がり、部屋の中に身体をむける。私と目をあわそうとせずに私と壁の狭い隙間を通り抜けようとした。あーん、怒ってるよこの人!
「まって廣隆」
「ああ?」
剣呑な声を出して私を見返った彼の首にしがみついて、私は精一杯甘い声をだした。
「おかえりなさい」
「……おう」
「ごはんもおふろもできてるの。準備してたから玄関開けるの遅くなっちゃって。…ごめんね?」
媚を含んだ上目遣いで廣隆を見ると、彼はしょうがないのう、とため息をついた。
「ワシ、待たされるの嫌いなんじゃ」
「うん、知ってる。だから、ごめんね」
「わかればいい」
「うん」
「」
「ん?」
「ただいま」
言って彼は私をぎゅっと抱きしめる。私を壁におしつけて固定すると、何も言わずにくちびるをあわせてきた。
「ん……」
私が彼の頭を抱え込むように抱きしめると、彼の手は背中を通って上下に移動した。右手と左手がそれぞれ胸とお尻にきたところで、移動がぴたりと止まる。
「?」
顔を離して彼を見ると、何故か赤面している。
「どしたの?」
「や、それはこっちのセリフじゃ。……なんで下着をつけとらん」
(わ………忘れてたぁ!)
裸エプロンの副産物です…………!
「ひ…廣隆が来るからよ………当たり前じゃない」
ひとまずごまかして甘えたように微笑むと、彼の頬がふにゃりと緩んだ。
「ほうか………よし」
何かを決意したような顔で頷くと、突然彼は私を抱えあげた。
「きゃっ!」
「じゃあ、お言葉にあまえるかのぅ」
暴れる私をものともせず、私を肩にのせたまま寝室に向かう。
「珍しくがその気なんじゃ。頂かんほうが失礼じゃろう」
なんなのその理屈は!わー待って待って、それはただの言い訳なんだってば!!!!
うって変わってにこにこと上機嫌で寝室の戸をあけた彼はしかし、入り口でぴたりと足をとめた。
「……」
「え、なあに?」
「おまえ、なんの準備しとったんじゃ」
「え?」
彼の視線を追うと…、ああああ、ベッドの上にはフリルのエプロン!
(片付けてなかった…………!!!不覚!!)
呆然とそれを見る彼に、私はあわてて説明する。
「いや、あのね、違うの。お母さんがくれたの!で、つけてみようかなって!!」
彼は私を下ろすと、無言でベッドに近寄る。あわあわと言い訳をする私を振り返っておもしろそうにその上を指差した。
「下着も脱いでか」
「う………」
エプロンの横に散らばった私の下着をにやにやと確認して、彼はエプロンを手に取った。
「裸エプロン……しようとしたんじゃな?」
「うう…………」
「」
「はい」
「おまえはほんまにかわいーのう」
「うー」
見つかってしまった恥ずかしさに俯いていると、彼は優しい声で私を呼んだ。
「ほれ、こっち来いって」
「うー」
唸り声で返事をして、のろのろとベッドに歩み寄る私の手を、彼はぐっとひっぱった。勢いをつけて私を引き寄せると、そのまま背中を抱え込んでベッドに押し倒した。
「」
「うー」
「こないだ俺が言ったこと、気にしとったんか」
「うー」
「忘れるんやなかったんか」
「だって…」
「だって?」
「廣隆の前の彼女がしたって……言ってたじゃない」
「ああ?言ったかいのう、そんなこと」
「うん。それで……私もしなきゃいけないって思って」
「しとらんぞ」
「え?」
「前のオンナ……まあ、えらい昔のやつやけど、そんなことしとらんぞ」
「だって!言ってたじゃない!」
「言おうとしたのはな、してもらおうとしたらえらい怒られよったいう話じゃ」
「え………ええええええ!!!」
私は思わず大きな声をあげる。眉をしかめた廣隆に構う余裕もなく、自分の記憶をたどる。
(うわーほんとだー!!!したとは言ってない!)
早とちりと勘違いに眩暈がする。じゃあなに、あの意地は無駄じゃない!なにしてんの私ったら!きゃー!
軽く混乱している私をおもしろそうに見ていた彼は、それにしても、とエプロンを手に取る。
「がなー、してくれるとはなー。意外じゃった………」
「してないよ!してないから!」
「でも、しようとはしたんじゃろうが」
「う………」
「どうせやったら俺の前でやってみい」
「やだ!絶対しない!!」
「ほーう」
「しないしない!だいたい廣隆がまぎらわしいこと言うから!」
「なんや、俺のせいか」
「ちがうけど!」
そうじゃろ、と笑った彼はぽそりと不穏なことをつぶやく。
「まあ、モノはあるわけやし。力づくっていう手もあるわなあ……」
「きゃーーーーー!」
叫んで彼の下から逃げ出そうとする私。それをがっしりと押さえ込むと、彼はにやりと肉食獣の笑みを浮かべた。
「あきらめろって。俺にかなうわけないやろうが」
「やだー!」
叫ぶ私の口をふさぐように彼は私に獰猛なキスをする。両手で私の服を脱がそうとするのに抵抗しながら、私はだんだんうすれてゆく理性にふと思った。
ねえ、男の夢の果てを見せてあげたら。あなたは私とずっとずっと離れない?
それならしてあげてもいいかも、と。
エプロンを持って迫ってくる彼を必死の思いで避けながら、私は少し幸せな気分で思ったのだった。
大尊敬サイト『Seventh Heaven』の管理人にして、大好きなお友達である侑ちゃんからいただきました!
トッキュー大羽夢でっす!!
結構前にいただいてたのに、UPするのがこんなに遅くなっちゃって申し訳ないです……。
内容はもう、なんていうか、さすが侑ちゃん!!ぽるぽる様健在!!(わからない方はスルーして下さい)って感じですよ、ええ!は、裸エプロン好きな大羽……(爆笑)!!アホでエロくさい大羽がもう可愛くて可愛くてほんとにアホで可愛くて愛しいです!!!
侑ちゃんホントにどうもありがとう〜!!
05/08/21UP