爪が大きくて、節も目立ってなくて、
程よく日に焼けた、指の長い大きな手。
たまにマメを潰して痛そうな時もあるけれど、
その手は、私にとっては間違いなく「魔法の手」だと思うよ。
魔 法 の 手
ベッドの上に寝転んで雑誌を読んでいたら、携帯が鳴った。
オルゴール調の「星に願いを」。
去年の学園祭の出し物で、鳳くんがステージの上で独奏してから
私の携帯の、鳳くんからのメール専用の着信音になっている。
人差し指で押して鳴らす程度にしかピアノも弾けず、
ピアノだけでなくバイオリンなんていう弦楽器には触れたこともない私には、
あれに触り、持ち上げ、そして見事な音色を奏でる鳳くんの手は
芸術の神様が宿っている、そんな尊いものにすら思えてしまう。
携帯を開き、受信フォルダを見る。
やっぱり鳳くんからだ(当たり前だけど)。
鳳くんのメールは短い。
本人曰く、「あれもこれも言おうと思って入力するんだけど、
読み返すと照れくさくなって、全部消しちゃうんだ。いつも」って。
消さなくてもいいのにね。
むしろ、その長いメールも読んでみたいのだけれど、
その短いメールには、私が望んだことがいつもいつもきちんと入ってくれている。
風邪を引いた時には「大丈夫?」。
合宿とかで長く会っていない時には「早くさんに会いたい」。
デートの後には「今日はありがとう。楽しかった!」。
喧嘩した時には「ゴメン」。
彼の心の中の思いを正直に、素直に乗せた言葉を打っているのは、
やっぱりあの長い指、あの大きな手。
優しい気持ちを紡いで、音を作り上げて形にするあの手は
やっぱり「魔法の手」だと思う。
メールの用件は、明日の久しぶりのデートのこと。
「会うのは久しぶりな気がして、緊張するけど嬉しい」
「遅れないように、今日は早く寝ます。おやすみなさい」
私も、同じ気持ちだよ。
何度会っても、いつもそれは初めてデートをした時のような
緊張と、高揚と幸せを私にくれる。
緊張と興奮で寝付けない、遠足前日の子供に戻ったような、そんな気持ち。
きっと彼のことだから、明日着る服ももう用意してあるんだろうな。
何かを抱きしめて寝る癖があるから、クッションを抱いて、
安らかに眠る顔を想像するだけで、心が温かくなる。
私も、早く起きられるように、したくをして早く寝よう。
体育会系らしく10分前には集合してる鳳くんだから、
私も10分早く行って、少しでも長く一緒にいられるように。
…とか思ってるときに限って寝坊するし!
朝ご飯は、ああもう抜きでいいや!
(鳳くんに知られたら間違いなく説教されるけれど)
昨日のうちに服を決めておいて本当に良かったと、
日頃優柔不断で、服のチョイスに時間のかかる私は思う。
(それでも、ああでもないこうでもないっていう
迷いの余地はふんだんにあるのだけれど)
自慢の黒髪も、ストレートブロウしただけでそのまま。
本当は少し編み込んだりとかしたかったけれど、真剣に時間がない。
10分前につくには、あの電車に乗らなきゃいけないのに
発車時刻まであと7分(私の駅までのこれまでの最短記録は12分)。
次の電車では5分前どころか待ち合わせの時間に遅刻してしまう。
髪の毛も風の流れるままに流して、パンツだって見えてもかまわない。
立ち漕ぎで全力で本気で行くしかないでしょう!
全力を出しすぎて、地球が回る。
元から回ってるのは分かってる。
でも、自転も公転も季節や時間の流れ以外に感じる術はないのに、
今私の足元は確実に回ってる。
口もカラカラだけど、今何かを飲んだら確実に吐く。
胃、というか腹筋が受け付けない。
ハンドルを握り締めて体重を預けた手は痺れて重いし、
いつもよりも数倍の速さで数倍ペダルを踏み込んだ足はガクガクしてる。
息遣いも荒くて、周りから見たら「ハアハア」言ってる不審者だわ。
とりあえずは酸素が全身に回るまでの辛抱よ。
それに、あと少しで鳳くんに会えるんだから。
それこそ、体と心の隅々まで満たされるあの時間は、もうすぐそこ。
どんな顔してくれるかな?
笑ってくれるかな?
「会えて嬉しい」って言ってくれるかな?
地下鉄を降りて、地上に出るとそこは眩しいほどに光が溢れていて、
待ち合わせの場所には、その光でアッシュグレーの髪の毛が
きらきらと光る、鳳くんがいた。
私を見つけて、嬉しそうに微笑む。
…私の心の目には下がる耳と千切れんばかりに振っている尻尾が見えたわ。
私も気付いてるって分かっていそうなのに、「ここにいるよー」って言いたげに
手を大きく振ってくる。
目立つのは苦手で少し恥ずかしいけど、それもまた鳳くんなりの
愛情表現だと思えば、腹も立たないどころか幸せにすら感じる。
「さん、おはようございます!」
同い年なのに、挨拶だけはいつも敬語。
「鳳くん、おはよう。待たせちゃった?」
「俺も今来たばっかりだから」
「さん、ちょっといい?」
「うん」と私が言うと、鳳くんは私の髪をさらっとすくって、
「さん、急いで来てくれたんだね。髪の毛がかなり乱れちゃってる」
電車に乗ってるときも立ってるだけで精一杯だったから、
髪の毛のことまでかまってられなかったから、
私の髪の毛は風に乗って下りたそのままの乱れた状態で、
その髪の毛を鳳くんは、手ぐしですくっては真っ直ぐに戻していく。
その感触はくすぐったくって、不思議なくらいドキドキして、
真正面にいる鳳くんを私は直視することすらできない。
「俺、さんの髪すごく好きなんですよ。
真っ直ぐで、艶のある黒で、キラキラしてるから。
俺もさんみたいな髪の毛に生まれたかったなあ…」
髪の毛の一本一本まで慈しむような優しい目と梳く手付き。
あんなに乱れてた髪の毛が、嘘のように、まるで櫛を使ったように
きれいに真っ直ぐに伸びて、形を整えていく。
「やっぱり『魔法の手』だ」
「え?」
「私もね、鳳くんのその手が大好き」
「あ…ありがとう」
思いもよらない部分を誉めたけど、鳳くんは意外にも
ものすごく嬉しそうな顔をしてくれて。
私の「好き」の言葉一つに顔を赤らめてしまうのは、
付き合いだした頃と全然変わらないね。
私を元のように直して、
たくさんのきれいな音、きれいなものを作るその「魔法の手」。
それが私に触れてくれる、そんな小さくて、でも大きなことを、
私は心の底から、大切でかけがえのないものと思うよ。
今その魔法の手は、私の右手と繋がっている。
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ただいまローリング土下座中でございます。
蒼依さんから頂いた素敵ドリーム「Unforgettable」のお礼と思って書いたものですが、
待たせすぎ・ありがち過ぎ・意味不明すぎの三重苦を抱えてしまいました。
あのドリームを頂いて、お返しがコレだなんて余りにも恩を仇で返しすぎです。
イメージしたものは古内東子さんの同タイトルの名曲ですが、
歌詞を探しても出てこずに、イメージして意図したのみで終わっている、
どうしようもないオチもついていたりします。
ヒロインの髪の毛の描写には、蒼依さんのヒロインを少し意識してみました。
でも、蒼依さんと、チョタへの愛は不要なほどに詰め込みました!
その後のことは(煮るなり焼くなり)蒼依さんにお任せいたしますので、
どうぞ、もらってやって下さいませ!! (芹 ナズナ)
相互リンクして下さっている『愛の庭』の芹 ナズナ様よりいただきました!!
チョタですよ、チョタ!!チョタ夢です〜〜〜!!
逆ハーの氷帝夢『Unforgettable-4-』の日吉 若を(無理やり)差し上げたところ、
ご丁寧にもそのお返しにと書いて下さったものです!
ナズナさんは私がこのサイトをOPENした当初からリンクをお願いしていた
憧れサイトの管理人様です。相互リンクしていただけただけでも幸せなのに、
そのナズナさんの書いて下さった夢を自分のサイトにUP出来る日がこようとは……!!
もう感激で天にも昇れちゃうよ!!って感じですーーー♪
ナズナさん、本当に本っ当にありがとうございました!!
愛、確かに受け取りました……!これからも末長くよろしくお願い致します
(嫁入りするかのようだね)!