きっと、ずっと、君には敵わない。











Eternaly











風呂から上った俺の耳に聞こえたのは、気持ちよさげな寝息。
小さなテーブルの横で座布団を枕にして眠るの姿に、俺は思わず小さな溜息を漏らす。
ああもう、こんなとこで寝たら風邪引くって……。
て言うか、俺が風呂に入る直前、コンビに行ってくるとか何とか言ってなかったっけ?
よくよく見てみると、テーブルの下辺りに近所のコンビニのビニール袋が置いてあって、中のものがこぼれ出していた。


サイダーとスポーツドリンクのペットボトル、ポテトチップスやチョコレートの菓子類に、多分明日の朝食用のパンと牛乳、数日前に現像を頼んでおいた写真……etc etc。
夕食の時、俺がもうすぐ無くなりそうだと話していたシャーペンの芯や絆創膏なんかもあった。
―――頼んでないのに、ちゃんと話を覚えてて買ってきてくれたんだ。
の細かい気配りに感謝しつつ、飲み物類とチョコを冷蔵庫にしまって(俺の分と思われるスポーツドリンクはしっかりいただいて)パンやポテチもいつもの場所に片付ける。
目を覚ます気配のないの横に座り込んで、残りの細々した雑貨を片付けていた時、袋の底にあったそれが目に入った。


…………耳掻き?


竹製の、ふわふわした綿毛がくっついたそれを手にとって、まじまじと見る。
こんなの欲しいなんて言った覚えはないんだけど。
綿棒を使い切ったって話はしたから、それの代わりってことかな。
そんなことを考えながら、相変わらず気持ちよさそうに寝ているの肩をそっと揺さぶると、小さな呻き声が聞こえて、華奢な身体がころりと寝返りをうった。



「……んー……」
「こんなとこで寝ると風邪引くから。布団敷くからさ、とりあえず一旦起きなよ」
「うー……」


うっすら目を開けたと思ったら、電灯の光を受けて眩しそうにすぐ目を閉じてしまう。
ふるっと微かに肩を震わせて小さく縮こまった姿を見て、思わず俺は小さく吹き出してしまった。
なんか小動物みたいだなぁ。
光から顔を背けているの肩をもう一度軽く揺さぶると、はむずがる小さな子供のように言葉にならない声を発して更に縮こまった。


「ほら、!起きろって」
「……んぅーん」


……ダメか。
寝返りを打つばかりで一向に起き上がる様子を見せないの傍で、俺はひとつ溜息をこぼして。
とりあえず部屋の隅に移動させないと、とを抱き上げようとした時、寝ているはずのの瞼がぴくりと微かに動いて口元にうっすら笑みが浮かぶのを見た。
……狸寝入り……。
動くのが面倒だから、寝たフリして俺に布団まで運ばせようとか考えたんだろうな。
すぐに笑みの消えたの顔を見ながら、さっきから持ったままだった耳掻きの存在を思い出した。
俺の腕の動きに合わせて、真っ白い綿毛がふわりふわりと微かに揺れる。
何とはなしにそれを見ていた俺は、ふと悪戯心を起こして、その綿毛での頬をくすぐってみた。


「……ゃ……」


一瞬で眉間に深いしわを刻んだの手が、のろのろと持ち上がって耳掻きを払いのける。
そのまま頬をかばうように動きを止めた腕を避けて、今度は首筋をくすぐってみる。
また腕が動いて、顔全体を覆うような形になった。
なかなか粘るなー。
面白がって腕では庇いきれていない額や顎なんかを執拗にくすぐり続けて、約三十秒。


「……っいい加減やめーっ!」
「あ、起きた」


裏返り気味の声を上げてが勢いよく起き上がった。
耳掻きを払いのけようと大きく振った腕を避けて、にっこりと笑ってみせる。


「おはよう」
「……オハヨ」
「目が覚めて良かったよ。布団敷いとくからさ、その間に風呂入っといで?」
「無理やり起こしといて……」
「狸寝入りしてたヤツに言われたくないなー」
「……気づいてたの!?」
「あんな勢い良く起きといて、バレてないと思ってたの?」
「う……」


言葉に詰まって視線を泳がせるの頬を、とどめとばかりにもう一度綿毛でくすぐってから、俺は耳掻きをテーブルの上に放り出して、その場に座り込んだままのを抱き上げて立たせる。
ぶすくれたままののもつれた髪を解くように指で梳いて、不意打ちで目の下にキスをしてみた。
ぱっと頬に朱が散って、咄嗟にキスしたところを押さえた指の先まで赤く染まったように見えた。


「いきなり何すんのっ」
「うん、何かね、何となく」
「何となくって、あのね……!」
って可愛いなぁと思って」
「〜〜〜っ」


言い返す言葉が見つからなかったのか、頬を押さえて俺を少し睨んでから、は足音も荒く
(下の部屋の人すいません)風呂場へと姿を消した。
残された俺は笑いながらテーブルの上を片付けて、押入れから布団を取り出した。
の為に客用の布団も敷いてから、自分の布団にもぐりこんで座学の教科書を開く。
そこへ。


「―――基のむっつりスケベ!!」
「……は?」


風呂場から聞こえた少し篭り気味のの声に、一瞬俺は目を丸くして。
それから、思わず、本当に思わず、笑ってしまった。


さっき言い返せなかったのが悔しくて、風呂場で必死に言葉を探していたんだろう、の表情を想像すればするほど、笑いは止まらなくなった。
やっと笑いが収まったところで、タイミングよく風呂から戻ってきた(まるっきりカラスの行水だ、早い)の顔を見て、再び堪えきれずに笑い出す。
きょとんとしているに、笑いすぎて苦しい息の下から布団に入りなよと声を掛けて、俺はひたすらおなかを抱えて笑い続けた。











やがて、今度こそ本当に寝入ってしまったの寝顔を見ながら。
俺はいつも思うことだけど、やっぱりには勝てないと思った。


ちょっとした仕草とか、表情とか。
微妙なタイミングのはずし方とか、変なところで負けず嫌いなところとか。
君の全てが、可愛くて、愛しくて。


ことある毎にそんな君が好きだなと、いつも思ってしまう。
俺は、きっとずっと、君には敵わない。























トッキューイベント『tickle tickle tickle〜魁!トッキュー耳かき祭り〜』参加作品の再録。
イベント公開期間は05/05/20〜06/19でした。

05/06/23再UP