いつからなんて覚えてへんけど、何や気ィついたらよく一緒におった。
「侑ちゃん侑ちゃん」てちょこちょこくっついて来るんが可愛い、ちんまくてよう笑う『妹分』。
―――最初は『鳳の付属物』くらいにしか思ってへんかったのに、いつの間にか、とても大事になってた。
この胸の光る星 ― The love shines in the heart like a little star ―
番外編 幸せであるように
「侑ちゃぁん!」
いきなりドカンと背後から何かぶつかってきて。
振り返ったら俺のブレザーの背中にちんまい女の子がギューっとしがみついとった。
でっかい目でこっちを見上げてにこぉっと笑って、まるでちぎれんばかりにしっぽ振ってる小型犬にじゃれつかれとるような感じがする。
「何や、。どうかしたんか」
「うんにゃ、別に何もないけど、侑ちゃんの背中が見えたから!どうしたの、部活は?」
「掃除当番で少し遅れてな、これから行くとこやけど。はここで何しとん」
「あたしも今日は部活だよ、家庭科室行くとこ」
「なるほどな、今日は何作るん?」
「チョコスフレ!食べたい?」
「おお、が作ってくれるもんなら何でも食べるで」
「じゃああとで部室に持ってくね!一緒に食べようね!」
「ん、わかった」
じゃーあとでね!と勢いよく両手を振りながら、は家庭科室の方へ走っていった。
相変わらず元気なやっちゃなー。
ちっこい背中が見えなくなるまで見送って、俺は再びテニスコートに向かってノンビリと歩き出した。
今日のデザートを楽しみに。
練習終了後。
部室棟のシャワールームで汗を流してから、岳人と並んで部室に向かう。
「あー腹減ったー……侑士、今日何か食ってかねぇ?」
「行かへん」
「え、何でだよ。付き合いわりーな」
「約束してんねん、と」
「とぉ?」
ピタリと足を止めた岳人を見下ろして、にやりと笑って。
「今日はチョコスフレ作るんやて。あとで部室に持って来るて言うとった」
「何だよマジかそれ!?俺も食いてー!」
「に言えや。あ、俺の分はやらんで」
「ンだよケチ侑士ー!くそくそっ!!」
悔しがる岳人はほっといて俺は少し歩くスピードを速めた。
時間的にもう家庭部は部活終わっとる。
今日はレギュラーで一番早くに上がったんは俺らやったから、まだ部室の鍵はかかったまま。
いつも通り部室前で待っとるはずのをあんまり長く待たせたくなかった。
案の定。
正レギュラー専用の部室の前ででっかいバスケットを両腕で抱えて、はちょこんと突っ立っとった。
俺らが声を掛けるより早くこっちに気付いて、ただでさえでっかい目を更に真ん丸くして輝かせる。
「侑ちゃん岳ちゃん!お帰りなさーい!!」
「おー、待たせて悪かったなぁ」
「なぁなぁ、俺の分もあるか!?」
「スフレ?うん、ちゃんとみんなの分作ってきたよ?」
「やっりー!」
飛び上がって喜ぶ岳人とそれを見て笑っとるを横目に部室の鍵を開ける。
ドアノブを回して扉を開けた瞬間、先を争うように部室内に駆け込んでいくと岳人。
その勢いに思わず苦笑しながら後に続いて、まずは岳人と二人、ロッカールームで制服に着替えた。
着替え終わってロッカールームを出ると、はきちんと片付いているテーブルの上にでっかいバスケットを乗せて、中から小さなカップとプラスティックのスプーン取り出して並べていた。
岳人はさっさと椅子に座って自分の分を確保して食べ始める。
その素早さに思わず笑った俺の目の前に、が笑顔でカップを一つ差し出した。
「はい、侑ちゃんの分!」
「おおきに」
「愛情詰まってるからねー。心して食べるよーに!」
「心得ました」
受け取ったカップを手に岳人の隣に腰を下ろしてスプーンをカップに突っ込む。
程よく冷えた甘さ控えめのチョコレートは口の中でサラリと溶けた。
「コレうめーぞ!」
「ホント?甘過ぎない?」
「おお、いけるわ。上出来上出来」
「やっぱの作るもんは美味いよなー!」
「えへへー!あたしいいお嫁さんになれそう?」
「やったらかわええお嫁さんになれんで。保証したるわ」
スプーンをカップに戻して頭を撫でてやると、はくすぐったそうに笑った。
まだ幼さばかりが残る子供っぽい笑い方。
そんなふうに笑うを見るといつも思う。
―――妹がおったらきっとこんな感じなんやろなぁ、て。
がホンマに俺の妹やったら、めっちゃめちゃシスコンな兄貴になってたと思うわ。
ベタベタに甘やかして可愛がって、他の男なんか絶対近づけさせんへんで。
―――ホンマに俺の妹やったら、やけど。
「―――何だ、この甘ったるい匂い」
唐突に扉が開いて、宍戸が姿を見せた。
軽く眉を顰めながら部屋に入ってきた、その後ろにいつものように長身の影が続く。
その姿を見た瞬間、の表情が目に見えて変わった。
「亮ちゃんお帰りなさーい!―――長太郎もお疲れ様!」
「ただいま、」
「挨拶はいいからまず答えろっつーの。この匂いはなんなんだよ」
「おやつだよー、チョコスフレ!みんなの分あるからね、食べてね!」
「部活で作ったのか?」
「うん!」
しかめっ面のままバスケットの中身を覗き込んどる宍戸の後ろ、鳳の傍に駆け寄って笑うの表情からはさっきまでの幼さが抜けて、しっかり一人前の女の顔になっとった。
その顔を眩しそうに見つめて鳳が笑う。
俺はそんな二人の姿を視界の隅にとどめながら、無言で自分のカップを空にした。
「―――ごっそさん」
「あ。はーいお粗末さまでしたっ」
「ホンマ美味かったわ。次も楽しみにしとるで」
「おっまかっせー!」
「ほなまたな」
「え、もう帰っちゃうの?」
「ん?いやちょっと、な……このあと用事あんねん」
「そうだったの?やだな、言ってくれたら一緒に食べようなんて言わなかったのに」
申し訳なさそうにが呟く。
俺は軽く腰を屈めると、と視線の高さを合わせて笑いかけた。
「俺が食べたかっただけや。気にせんでええて」
「そーいう時は言ってくれればちゃんとお持ち帰りように包んであげるよー」
「おおきになぁ。したら次から用事のある時はちゃんとそう言うわ」
「うん、そーしてね」
大きく頷いたの髪をもう一度くしゃりと撫ぜると、は鳳に見せたのと違う、いつもの幼い笑顔を見せた。
ドアノブに手を掛けてから全員の顔を順に見回して。
「ほなお先ー」
「まったなー」
「おう、お疲れ」
「またね」
「お疲れ様でした」
最後に小さく礼をした鳳の姿を視界に映して、俺は軽く頷いて部室を後にした。
部室棟を出たとこで、見知った顔にあった。
「あれ、月城ちゃん」
「忍足君」
―――鳳の元彼女。
うちの学年ではなかなかの美人と噂の彼女は、俺の顔見てにっこり笑った。
「こんな時間まで何しとったん?自分帰宅部やろ」
「家庭科室でお茶にお呼ばれしたあと、ちょっと職員室に寄ったの」
「家庭科室?ああか」
「うん。チョコスフレご馳走になっちゃった。忍足君たちも食べたでしょ」
「ついさっきな」
なんとはなしに二人並んで歩き出す。
校門を出て程なくして、月城が何か言いたげな、からかうような笑顔で俺を見た。
「―――何かあったの?」
「……何かて何が?」
「すごく面白くないって顔してる。ちゃんと鳳君のこと?」
「…………何でわかんの?」
「うーん?勘かなぁ」
女の勘かい。
ずばり言い当てられて俺はちょっと溜息をついた。
それを耳にした月城は、面白そうに俺の顔を覗き込む。
「シスコンお兄ちゃんのヤキモチか。妹取られて悔しい?」
「……別にあいつらが仲良いのがムカつくとかは思ってないで?」
「わかってるよ。悔しいって言うよりかは寧ろ淋しいんでしょう?」
月城のその言葉は、見事に的を得ていると思った。
鳳とうまくいったことはホンマ良かったと思っとるけど、悔しいのも、淋しいのも、本心で。
こういうんが大事な妹取られたシスコンの兄貴の気分っちゅーヤツなんかなぁ……そのくせ二人が一緒におらんかったりするとそれはそれで何やかやと疑ったりしてしまう。
喧嘩したんやないやろか、鳳に泣かされとらんやろか、ちゃんと大事にしてもろとんのか。
鳳の奴、これ以上泣かしたりしよったら絶対タダじゃすまさへん、とかいつも考える。
兄貴みたいっちゅーより親父みたいな思考と言ってもいいかもしれんな。
俺は自分で思ってた以上にが可愛くて仕方なかったんやなぁと、ふと思った。
「淋しいなぁ……」
「あら、素直ね」
「……でもまぁ、別にお兄ちゃんのお役御免てなった訳やないしな」
「過保護な兄貴役継続?鳳君苦労しそう〜」
「そんな苦労なんか幸せのうちやろが」
淋しい気持ちも、悔しい気持ちも、多分この先消えはしないけど。
それでもやっぱり、のこと大事やから鳳ボコにすんのは勘弁したろ。
そん代わりちゅう訳やないけどな、見守ることくらい許して欲しいわ。
いつだってこの手は差し伸べられるように―――可愛いくて大事な妹が、いつも幸せであるように。
チョタ連載・忍足番外編。
本編終わって何ヶ月経ってると思ってんだって話だよ……ホント今更ですいません!
日吉番外編ももうすぐ書きあがる(予定)ので、出来上がり次第UPします。