気がつくと、遠くを見ている。
今はもういない誰かを探し求めるように、ただ静かに。










僕のいない世界をはじめて










「アキラ」



背後からかけられた声に振り向くと、いつの間にか近くに来ていた恋人と目があった。
パンツのポケットに指を引っかけた、あまりお行儀のよろしくない姿勢でのんびりと歩いてきたユゥジは、砂浜に直接腰を下ろしていたアキラの横に並んで立つと、アキラにちょっと笑いかけてから視線を前方へと転じた。
アキラはその横顔をしばらく見上げていたが、ユゥジの視線をなぞるようにやはり視線を前方へと向けた。
遮るものもなく、どこまでも広がっているエメラルドグリーンの海と、青く澄みきった空。
春先ともなると、リュウキュウの日差しはかなり強い。頬を撫でていく海風は心地好いが、太陽の光はじりじりと肌を焦がし、額にじわりと汗が浮かぶ。
それでも二人は何も言わず、穏やかに凪いでいる海を見つめていた。





世界が青を基調に生まれ変わって、早数ヶ月。
生まれ変わった世界に人々はゆっくりと順応し始め、各地に戦いの傷跡はまだ生々しく残っているものの、緩やかに秩序を取り戻しつつあった。
LAGもその役目を終えたが、新たな世界の秩序を守る為の組織となるべく、規模を縮小しつつ再構築する為の準備が進められている。
アキラもスカーレッドライダーの戦闘教官という立場故、毎日のように山のような書類整理や決裁などの職務に追われて忙しい日々を過ごしていたが、それももうそろそろ一段落つこうとしていた。
するべきことを全て終えたら、LAGを退職する。退職届自体は既に受理されているのだが、残った仕事が全て片付くまでは保留扱いにしてもらっている状態だ。
仕事を辞めたら、ユゥジと共にハコダテへ帰る。リュウキュウを遠く離れて、新たな生活が始まる。
この青い空と碧い海を毎日のように眺めることは出来なくなる。当たり前のように毎日顔を合わせていた仲間たちにも会えなくなる。
そのことを淋しく思っているのは事実だ。ユゥジとの新しい生活は楽しみに思っているけれど、苦いものも哀しいものも含めて、数え切れないほどの大切な思い出が詰まっているこの場所を離れるのは、やはり切ない。
それと。



穏やかに響く波音に耳を傾けながら、アキラはもう一度ユゥジを見上げた。
海風に髪を弄られながら、じっと波間に投げかけている眼差しは、海の碧をすり抜けて、どこか途方もなく遠い場所を見つめているように感じられた。
ユゥジのそんな姿を見たのは、今日が初めてではない。
世界が選ばれたあの日から何度となく目にした。
空いた時間にふらりと海辺に足を向け、何をするでもなく、ただじっと海と空を見ていた。
波の合間に、雲の切れ目に、照りつける日差しが作り出す陰に、差し込む月の光の中に。
必死に探すのではなく、ただ静かに、存在の断片を求めるように。
―――今はもういない、自分の半身を。





ふっとユゥジの視線が揺らぎ、再びアキラの方を向いた。
大らかな笑みを湛えて優しく和む。



「ん?どうした?」
「……もうちょっとでこの海ともしばらくお別れだね」
「ああ、そうだな。―――やっぱり淋しいか?」
「ちょっと、ね。でもユゥジくんがいるもの、新しい生活もすごく楽しみだよ」
「そりゃご期待に添えるように俺も頑張らないとな」



そう言って、ユゥジはまだポケットに引っかけたままだった指を外して、アキラへ手を差し伸べた。
日に焼けた大きな掌。そこにあったはずの大きな十字傷は綺麗に消えている。
レゾナンスするべきサブスタンスがその存在を喪った時、繋がりを示していたその傷も役目を失ったから。
そのことがまた、ユゥジに知らしめる。
自分の半身が、ディバイザーが、もうこの世界にいないことを。
一生消えることはないだろうその喪失感を、きっとユゥジは何も言わず胸の奥に抱き続けるのだろう。
ユゥジだけでなく、他のライダーたちもきっと。そしてアキラも。
彼らと過ごした思い出と、彼らの記憶が刻みつけられているリュウキュウを離れても、決して忘れることはないのだ。
―――それでも。



手を伸ばしてユゥジの手をとる。
大きな手がアキラの手をしっかりと包み込み、力強い腕がアキラの身体を軽々と引っ張って立ち上がらせた。そのまま引き寄せられて、肩を抱かれる。
広い胸にそっともたれて、アキラはまた海へと視線を投げかけた。
ユゥジと同じように、彼らの存在の欠片を探すように。……見つけられないことは分かっていたけれど。



どこへ行っても、どれほどの時が経とうとも、決して消えない記憶を抱いて、それでも自分たちは生きていくのだ。彼らが共に救ってくれた、彼らのいないこの世界で。
耳の奥に今も残る、尊大で誇り高い王の声を思い出しながら、アキラはそっと目を閉じた。










[130201]