可愛い人って言うのは。
きっと彼みたいな人のこと。





ちゃーん♪」


友達とお喋りしてるとこへ名前を呼ばれて振り返ったら、教室の後ろの方で男子が妙に群れて輪になってて、そしてその中に何故か混じっていた隣のクラスの千石が。


「お話中悪いんだけど、リップ持ってない?リップ!」


なんて言ってにこにこ笑った。
リップ?


「薬用リップでいいなら持ってるけど……何?」
「色付きでもいいんだけどなー」
「あいにくと色は付いてない。色付きがいいならリップじゃなくてグロスになっちゃうけど。で、何?」
「あ、グロスはさすがにちょっと。それも面白そうなんだけどね」
「だから何?」
「あ、うん。あのね、ちょっと貸して」


語尾に思いっきりハートマーク飛んでそうな満面の笑顔で、千石はそう言った。
不思議に思いながら、とりあえずカバンの中に入れてあったポーチからリップスティックを取り出して席を立った。何だか面白そう、とお喋りしていた友達たちもくっついてくる。
群れている男子の傍まで行くと、千石がそれは楽しげな笑顔で手のひらを突き出した。


「ありがとー!」
「……何に使う気?」
「えっ?」
「何に使う気なのか言わなきゃ貸してあげない」
「唇切れたから塗るだけだよー!変なことには使いませんよ!」


変なことってどんなことよ……。
心の中でツッコミを入れながら千石の顔を見つめたけど、唇なんか切れてはいない。


「誰の唇が切れたのよ」
「南♪」


千石の声と同時に、群れていた男子がザーッと波を引くように二手に分かれて。
中に埋もれていた人物を私たちの前に引っ張り出した。


「…………何してんの」
「あんまり暴れるから一時的に拘束♪」
「……っ千石ー!!お前なああぁぁぁ!!!」


タイミング良く、口元を押さえていた手が外れて、南が怒鳴った。
次の瞬間、口を大きく開け過ぎた所為で切れたところが痛んだらしく、思いっきり顔をしかめる。
椅子にしっかり押さえ込まれて制服はぐしゃぐしゃ。
あんまりと言えばあんまりな惨状に呆れて、思わず千石たちを睨んでしまった。


「何やってるのよ……」
「だって南があんまり言うこと聞かないからさぁ〜」
「聞けるか!、千石の言うことなんか聞かなくていいからな!」
「怒鳴るとまた唇切れるよ、南」
「誰の所為だぁっ!」


ジタバタ暴れながら、また唇の痛みに顔をしかめる南を見て、他の男子も面白そうに笑っている。
揃いも揃ってガキなんだから、もう……。
そんな訳でリップ貸して、とまたしても突き出された千石の手のひらをぴしゃりと叩いて、私は椅子に押さえ込まれたままの南の前まで行った。
唇の傷はもう血は止まっていたけど、結構深く切れていて痛々しかった(て言うかもう全身ボロボロでそっちの方がより痛々しい)(どうして男同士って手加減しないのか……)。
後ろで腕を押さえつけているクラスの男子に向かって「放せっつーの!」と喚いている南の真正面に立ってから、リップスティックのキャップを外して。


「南」


振り向いた瞬間、南は何でか知らないけど瞬時に顔を赤くした。
真っ赤な顔の南は妙に可愛いかった(180センチ近い男を可愛いって言うのもなんだけど)。
可愛いと思うのと同時に、何で赤くなってるんだろうって不思議に思いながら、とりあえずはやることやっちゃおうと、空いている手で明後日の方向を指差して。


「あれ何だ?」
「え?」


素直と言うか、音が単純と言うか。
何の疑いもなく私が指差した方に視線を向けた南の顎を掴んで、さっと唇にリップを一塗り。
一瞬の沈黙の後、周りからはおおおおお、と言う歓声が響いた。


すげー!」
ちゃんさっすがー!」


きょとんとした顔でこっちを振り向いた南の目の前でスティックのキャップを閉める。
パチンと軽い音が響くのとほぼ同時に、南の顔は一気にさっきの倍くらい真っ赤になった。


「……っ、いっいっいっ今っ何ッ」
「今度からは自分で持ち歩いた方がいいわよ、リップ。これからもっと乾燥して切れやすくなるから」
「いやー、ちゃんありがとー♪おかげで助かっちゃった!」
「よく言うわよ、嫌がる南ダシにして遊んでたくせに」


へらりと笑った千石の額に一発でこピンしてから、待っていた友達と一緒に自分の席へと戻る。
椅子に腰を下ろそうとした時、楽しげな千石の声が響いた。


「良かったね南!ちゃんと間接ちゅー!」
「千石―――っ!!!」


思わず振り返ると、開放されたらしい南が千石を締め上げているところで。
その南とばっちり目が合って、またしても南の顔は赤く染まった。
もうおでこと言わず耳と言わず真っ赤で、そこに浮かぶ表情は、こんな言い方しちゃ悪いかなぁと思うけど、ものすごく面白くって可愛かった。





告白されたのは、それから一週間後。
返事のついでに南の唇をリップの代わりにキスで潤したら、可愛い彼は案の定真っ赤になった。











「愛しいと思う」御題 『06. 乾いた唇』 / K・Minami
 050909 NS2005秋冬企画初出 / 130201 再公開