TPOは問わない、したい時がする時。















只今取り込み中















抗議の声を上げるより先に唇を柔らかく塞がれる。
一秒ごとに苦しくなる呼吸に、は死に物狂いで自分の胸を押しつぶす胸板に手のひらを重ねて、渾身の力で押し返す。しかし、逞しいという単語がぴたりと当て嵌まるそれととの距離は、一向に拡がる気配を見せなかった。
時を重ねる程に深くなる口付けに眩暈を感じ始めた時、やっと少しだけ唇が離れたけれど、抱きしめる腕の力が緩むことはない。
恨めしい気持ちで見上げた顔は、制服を着ていた頃よりも幾分大人びて、けれどそこに浮かぶ表情は昔と少しも変わらなかった。



「……学校では駄目って言ってるのに!」
「キスなんてしたくなった時にするもんだろ」



まだ苦しい息の下、やっと絞り出した抗議の言葉を、一はあっさりと笑って流してしまう。
あまりに悪びれないその笑顔に毒気を抜かれながらも、学校に足を運んだ当初の目的を忘れてはいないか、と問い掛けようとした瞬間、紡がれるはずの言葉を察知したかのように、一の唇が再びの唇に重なって、吐息と共に言葉を奪い去った。



―――っ!」



先程より更に濃厚になったキスに、の自制心がゆっくりと融解し始める。
再度の眩暈に抵抗する気力を失った、その時。
コツコツと扉を叩く音に溶けかけていた意識が形を取り戻し、それと同時に一の唇が離れていった。
教室の入り口、人一人が通れるほどの隙間に身体をはめ込むように立って、いつもは騒がしい同僚の頭を叩く出席簿の角でノックをしたのは鳳。
常と変わらない穏やかな微笑みに、僅かに苦笑を混ぜ込んで軽く首を傾げている先輩教師の姿を目にして、の顔は瞬く間に真っ赤に熟れ上がった。



「おっ、おお、鳳センセっ」
「お取り込み中すまないね、先生。しかし、流石にドアを開けっ放しなのはどうかと思うよ、草薙君」
「あーヤベ、うっかりしてた。わりーな、鳳先生」
「既に卒業している君はともかく、先生は見つかったら大事なんだからね。気をつけてあげないと」



それが男の側の義務と言うものだよ、と笑う鳳の様子は、同僚と元教え子のキスシーンを目の当たりにしたばかりとは思えないほど、いつもどおりで。
それを受ける一も、内心はどうか知らないけれど外見は至って普段どおりで、ひとりで慌てふためいている今の自分は随分滑稽なのだろうと、はまだ若干混乱気味の頭の片隅で考えた。
そんなの思考を知ってか知らずか、鳳は一歩下がって扉の隙間から抜け出すと、とどめのように一際麗しくにこりと笑った。



「それではお邪魔虫は消えるとするよ。ゆっくりしていきなさい、草薙君」
「サンキュ。鳳先生、まだ帰らねえだろ?後で職員室に顔出すよ、土産持ってきてんだ」
「それはありがとう。では後でね」
「……は?ええ!?あの鳳せ」



軽い音を立てて扉が閉まり、ゆったりした足音が徐々に遠ざかっていく。
完全に閉ざされた空間になった教室で、呆然とするの唇を三度目のキスが塞ぐ。
今度は軽く触れただけのキスの後、こちらを覗き込んで悪戯っ子めいた笑顔を浮かべた恋人の頬を軽く抓りつつ、諦観の溜息をつきながら、とりあえず恩師に挨拶という当初の目的を忘れていなかったことを褒めるべきかどうか、は少しだけ悩んだ。










[ 070607 ]