その目に映るのは、自分一人だけでいいのに。















すきが一つであればよかった















「セーンセー!ハグハグハグーッ!」
「きゃあっ」



助走をつけての体当たりに、の身体が抱きついた悟郎ごと吹っ飛んだ。
ちょうど真後ろにいた清春は、二人分の重みを何とか受け止め、すぐに悟郎をから引き剥がした。



「オイ悟郎!俺様まで巻き込むな、このバァカ!」
「キヨってば襟引っ張んないでよ、伸びちゃうじゃん!ねーセンセ!」
「……そ、そうね……」
「悟郎、そんなことより先生に謝れ」
「えー?何で?」


小走りに追いついてきた一が、背後から悟郎の頭を小突く。金色のツーテールをくるりと揺らして小首を傾げる姿を見て、清春は苛立たしい気持ちに駆られた。その感情が表情に出たのだろうか、一がこちらにちらりと視線を向けて苦笑しているのに気づき、ますます清春の機嫌はマイナス方向に傾いた。



「ねー、何で謝んなきゃいけないの、ハジメー」
「このバカバカバアァァーッカ!俺様が受け止めなかったら、今頃コイツの頭はコンクリにぶち当たってカチ割れてっだロが。ガッコの廊下と同じだと思ってンじゃネェよ、気づけボケ!」
「……あっ!ご、ゴメン、ごめんねセンセ!」
「もういいわ。次からは気をつけてね、悟郎君」



一番怒って然るべき被害者は、清春の腕の中で優しく笑って、シュンと項垂れた悟郎の頭を慰めるように撫でた。それを見て清春の心は更に苛立つ。危ない目に合わされたと言うのに何を笑って許しているのか、と心の中で毒づいた時、悟郎と一の後ろに残りの面子が姿を見せた。
久々に揃ったB6の面々を見て、の顔が綻ぶ。零れるような笑みは、普段清春と二人の時に見せるものとは違う、教師としての笑顔だ。



「久しぶりね、みんな。元気にしてた?」



清春の腕の中からするりと抜け出したを囲んで、B6が口々に話し掛ける。久しぶりの再会を喜ぶ挨拶に始まり、それぞれの近況や他愛ない世間話に花が咲く。一人その輪から外れて、清春は噛んでいたチューインガムを膨らませた。いびつな丸に膨らんだガムがパチンと割れる、その音にすら何だかイライラして仕方がない。

清春にとって唯一の女性になり得たひとは、他のB6にとっても特別な存在だった。
一番わかりやすくに懐いていた悟郎は、直接会う回数こそ少ないものの、電話やメールで頻繁に連絡を取っていたし、一や瞬も試合やライヴのチケットをこまめに送ってくる。何かと忙しい翼やあまり自分からは連絡を取らない瑞希でさえ、折に触れて近況を知らせている。今回、久々に休日が重なり、顔を合わせようという話が持ち上がった時も、五人揃って『先生も連れて来い』と口にした。
連絡手段がありながら、自分たちで直接誘わずに清春に連れて来いと言ってくるのは、彼らなりに気を遣っているのだろう。それはわかっているが、正直面白くないことに変わりはなかった。

の愛情が自分へ向けられていることはわかっている。かつての、生徒としての清春に与えてくれた以上のものを注いでくれている。相変わらずの悪戯や悪ふざけに律儀に怒りはしても、最後には全てを許容してくれるひと。
心も身体も、全てをくれた。教師ではない女としてのを、男として愛することを受け入れてくれた。
―――けれど。






マダ足リナイ。モット、モット欲シイ。






―――くん。清春くん?ねえ、どうしたの?」
「……ああン?」



呼び掛ける声に振り返ると、すぐ目の前にの顔があった。
いつの間にか会話に一区切りつけたらしく、清春と以外の五人は歩き出している。この後は確か、翼が貸切にした店で昼食だったはずだ。最近雑誌などでよく取り上げられている、人気のトラットリア。がそこに行きたがっていると教えたのは、誰でもない清春自身だった。
が。



「……なんッかメンドくせェぜ」
「え?何、いきなり。みんな行っちゃうわよ、早く追いかけましょ?」
「おい、帰ンぞ」
「はあ!?ちょっ、ちょっと清春くん!?」



柔い二の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って歩き出したのは、先を行くB6たちとは反対の方向。
の素っ頓狂な叫び声に反応して振り向いた面々は、離れてゆく清春とを見て怒ることもなく、それぞれ苦笑したり呆れ顔で溜息をついたりしている。止めようとする者は一人もいない。それどころかヒラヒラと手を振って、さっさと行ってしまう。
ずるずると引き摺られながら、が情けない声をあげた。



「あああああ、イタリアンー!楽しみにしてたのにぃー!!」
「うるっせェなァ、わざわざカベに頼まネェでも、今度俺様が連れてってやるッつうの!」
「って言うか、一体どうしたの。せっかく久しぶりに六人揃ったのに、どうして帰るなんて言い出すの?」
「ケッ、別に会おうと思えばいつだって会えンだヨ。今日はもう帰りてーから帰る、そんダケだ」
「清春くんはそうかもしれないけど、私は滅多に会えないのにー……」
「……ヘェー。俺様といるより、アイツらと一緒の方がイイッてのか」



一段低くなった清春の声に、の肩がぎくりと震える。
そろりと向けた視線の先で、意地悪い笑みを唇に貼りつける恋人に、ふるふると首を横に振って見せるが、時既に遅し。
清春が掴んでいた腕を強く引き、人目を憚らずに唇を寄せた。の抵抗を易々と跳ね除け、深いキスで翻弄する。
刹那離れる唇で、その都度掠れ気味の囁きを紡ぐ。濃密な口付けにぼんやりと瞳を霞ませながらも、は必死に清春の言葉を聞き取り、言い返す言葉を捜す。だが、反駁を許さないと暗に告げるように、清春は次々とキスを降らせた。



「お前は俺のモンだって、わかってンだろ?」
「……ま、また、そういうこと言うっ……」
「いい加減分かれよ。お前は俺のモンなんだから、俺のことだけ見てりゃいいンだってェの」
「いっつも見てるじゃない」
「まーだ足んねーなァ!他の奴らなんか見てやる暇があったら、もっと俺を見ろってンだ、バーカ」
「……ワガママ、なんだからっもうっ」



最後に限りなく溜息に近い声を零したを、清春は薄く笑って抱きしめる。
他の奴らに向ける感情が、自分に向けられるものとは根本的に違うとわかっているけれど。
それすらも独り占めしたいと願う、その気持ちを篭めて、また一つキスを贈った。










[070712]