君に伝えたい心はいつだってただひとつ。































ふっと途切れていた意識を取り戻した時、部屋の中はまだ薄闇に支配されていた。
まだ少し霞む目で周囲を見回す。カーテン越しに差し込む窓の外の灯りが、ぼんやり照らし出しているのは見慣れた光景。お世辞にも広いとは言えないアパートの一室、だ。
寝惚けた頭で枕元の時計に目をやると、液晶に浮かび上がる数字は、まだ夜明けまでには十分に間があることを示していた。



「……ンだ、まだ寝れんじゃん……」



布団からはみ出た剥き出しの肩に、夜の冷気がひんやりと染みて、真田は思わず身震いした。
昼は暖かくとも、まだまだ夜は涼しく、気を抜くと風邪を引きかねない時期だ。なのになんで俺はこんなカッコで寝てんだ?と、口元まで布団をぐっと引き上げた時、横で小さな呻き声が響いた。
聞き覚えのある、甘くて柔らかく響くその声に、まだぼやけていた意識が一気に覚醒する。
そろりと視線を動かすと、すぐ隣に枕の上に広がる長い髪が見えた。薄闇に浮かび上がる白い横顔と、布団の合間に見え隠れする白い肌、緩く引き結ばれた唇の間から漏れる、軽やかな寝息。
自分の肩に額を寄せるような体勢で眠るの姿に、数時間前の行為が脳裏に蘇ってきて、真田は思わず相好を崩した。



一年近くに及ぶ片想いを実らせたのは、つい最近のことだ。
並み居るライバルたちを蹴散らし……と言えば格好が良いが、実のところは元教え子に散々からかわれた挙句、告白と言うより自爆とでも表した方が良さげな形で、気持ちを伝える羽目になってしまった。はっきり言ってものすごくカッコ悪かった、とは元凶である斑目瑞希の言である。
これはもう駄目かも、と思っていたのだが、意外にも後日から返ってきた答えは『YES』だった。そんな訳で、悔しがるライバルたち(露骨に表に出していたのは葛城くらいだったが)を尻目に、晴れて真田はと恋人同士になり、デートを重ね、お互いの家も行き来するようになり、そして今に至る。



を起こさないよう、慎重に身体の向きを変え、枕の上に肘を突いて上半身を起こす。
少し乱れ気味の髪をそっと指で後ろに梳きやって、じっと寝顔を見つめた。化粧っ気のない、素のままのの顔。すっぴんはあんまり見せたくない、と本人は零していたが、元が薄化粧の所為か、幾分幼さが増した程度で、あまり変わったという印象は受けない。



(かわいいよなあ……)



その可愛い人が俺の彼女、と思うと自然と顔がにやける。
笑み崩れた表情のまま、少しの間の髪を撫でてから、布団からはみ出ている手をそっと布団の中に押し戻そうとして、真田はふと悪戯心を起こした。
自分のものとは違う、小さく薄いの手のひら。力なく開いているそれを、指先でそっとくすぐる。
ぴくりとが震えて、白く華奢な指が赤ん坊のようにきゅっと真田の指を握りこむ。少しすると力が抜けて、真田の指先は元の自由を取り戻した。
思ったとおりの反応に声なく笑ってから、真田はそっとの手を取り、一方の指先でもう一度、そっとの手のひらをなぞった。






――― ス キ ダ ヨ






ありったけの想いを込めた、手のひらへの恋文は、なぞる端から消えていく。
けれど、まるで指先が紡いだ愛の言葉が聞こえたかのように、の瞼が小さく痙攣し、伏せられていた睫毛がゆっくりと持ち上がった。まだ霞がかっている瞳が、ぼんやりと真田を見つめた。



「うわ、ゴメン。起こしちゃったか」
「……も、朝、ですか……?」
「いや、まだ三時過ぎたとこだよ。全然寝れるよ」
「真田、センセ……ずっと起きて……?」
「寝てた寝てた!ついさっき目が覚めちゃってさ」
「んー……なんか、手、が」
「くすぐったかった?ごめん、ちょっと悪戯してた」
「……何したんですか、もう」



少しずつ目が覚めてきたらしいが、悪戯と言う単語に反応して、軽く唇を尖らせる。
そんな表情も可愛くて仕方なくて、真田はその唇へチュッと音を立ててキスをすると、まだ捕まえたままだったの手のひらをそっと握り締めた。



「真……じゃなかった、正輝さん?ホントに何したの」
「へへへーっ、ナーイショ」
「もー……」



呆れたように溜息をついたの唇に、もう一つキスを落として、華奢な身体をぎゅっと抱きしめる。薄闇の中、ほんのり桜色に染まった顔が甘えるように胸元に押し付けられて、真田は幸せを噛みしめるように、抱きしめる腕に力を込めた。










[ 070614 ]