見上げる眼差し、微笑み、紡ぎだす言葉、一瞬のまばたき、そういった君のすべてに。































「二階堂先生!」



鈴を転がしたような声に名前を呼ばれて、振り返った二階堂の視界で、緩やかなカーブを描く柔らかな髪がふわりと揺れた。
赴任して来た頃から変わらない明るい笑顔を浮かべて、小走りに寄ってきたは、さりげなく歩調を緩めた二階堂に追いつくと、隣に並んでぴょこりと頭を下げる。
実際の年齢よりも幼く感じさせる雰囲気が、何となく大学時代の後輩でもある年下の同僚と重なる。
後輩に比べて無駄な喧しさがない分、そんな雰囲気も好ましく思えて、自然と顔が綻んだ。



「おはようございます」
「おはようございます。最近早いですね、先生」
「あはは、なんだか早くに目が覚めちゃって」
「それは良いことですね」



聖帝高等部に向かう一本道。秋色に色づき始めた並木道は、時間が時間だけにまだ人影もまばらで、穏やかな静寂に包まれている。
落ち葉を踏みしめる乾いた音をBGMに、他愛のない会話を交わしながら歩いていく二人を、数人の生徒が挨拶しながら追い越していった。



「二階堂先生、先生、おはようございまーす!」
「おはよう」
「おはようございます」
「センセー、通勤デート?いいなー!」
「なっ何言ってるのっ!違いますっ」



ClassXの生徒らしき少女が、横を通り抜け様にからかうようにの背中をぽんと叩いていく。瞬時に頬を染めて声を上擦らせる担任に、少女はますます楽しげに笑って、小走りに駆けていった。
並木の紅葉を映し取ったように赤く染まる顔の中、恥らう眼差しがそろりと二階堂に向けられる。
先程感じた幼さとはまた一味違う、どこか艶めいた風情の漂うその表情に、意図せず心拍数が上がるのを自覚して、二階堂は咄嗟に視線を反らした。
その胸中を察する余裕もないらしいは、上目遣いのまま、もそもそと謝罪の言葉を呟いた。



「あの、すいません、うちのクラスの生徒が……」
「……いえ、気にしていませんから」
「そ、そうですか」
「あのように剥きになっては相手を面白がらせるだけです。教師らしく毅然とした態度で臨みなさい」
「う、はい……」



しょんぼりと俯いてしまったの横顔を横目で盗み見て、二階堂は微かに溜息をついた。
こうして見ていると、あの問題児だらけのClassX、そしてその中でも筋金入りの問題児であるB6相手に、対等にやり合っている教師とはとても思えない。
それでも、が担任になってからこっち、あのB6の態度が割りと真っ当になってきたことは事実で。
そしてそんな彼女の存在が、少なからず二階堂自身に変化をもたらしていることも事実だった。



その変化を何と呼ぶか、既に自覚してはいるものの、切り出す機会もないままに。
彼女の一挙手一投足が生み出す緩やかな熱に、日々じりじりと気持ちは焦がされていく。
すっかり消沈してしまったと共に高等部の門を通り抜けながら、この熱を治められるのは一体いつになるのだろうかと、二階堂は密かに嘆息した。










[ 070608 ]