掠れた吐息が耳朶を擽るのと同時に、背中に小さな痛みが走り、一は軽く眉を顰めた。
かたく閉じていた瞼が、花開く直前の蕾のようにゆるりと綻び、長い睫毛の影に潤んだ眸が覗く。額が触れ合うほどの距離で艶めいた眼差しと見つめあった瞬間、残っていた理性はあっさりと融解した。
一気に激しさを増した一の動きに翻弄されて、の唇から漏れる甘い声音が一際高く響き、それが更に一を煽り立てる。



―――く、ッぁ」
「ん、んン……ぁ、あっ、あ……!」



ぎゅっと閉じた瞼の裏側で白い光が弾け、同時に一の腕の中で華奢な身体がぐったりと弛緩した。















あなたは微笑むから















――――――



優しい声に名前を呼ばれ、深い闇に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
重たい瞼を押し上げると、間近からこちらを覗き込んでいた白い顔が、ふわりと優しく微笑んだ。
細い指が伸びて、そっと一の前髪を梳く。指先が額を掠めてゆく心地良い感触に、一はうっとりと再び目を閉じた。密やかな笑い声が鼓膜を震わせ、の指先は額から瞼、鼻筋をなぞっていく。
絶頂を迎えた瞬間に意識を手放したを抱きしめて、後に続くように眠りに落ちたことは覚えている。
部屋の暗さからして、あれから然程の時は経っていないと思われた。まだぼんやりと霞む意識の中で、一はしばし、柔らかな羽のように優しく肌の上を滑るの指の感触に酔いしれた。
鼻筋を辿り、頬へと行き着いて、顔の輪郭をなぞる。くすぐったさと気持ち良さに喉を鳴らすと、の声が小さく、一君たら猫みたいね、と呟いた。



「猫にゃんみたい?俺が?」
「そう、可愛い猫にゃん」
「可愛いっつーのは素直に喜べねえな……」
「普段はカッコいいわよ?猫って言うよりは、豹とか虎みたいな感じかな」
「へえ、には俺がそう見えてんだ」
「……そうよ、何かと言うと猛獣に襲い掛かられる気分を味わってるのよ」
「ふーん」



上半身を起こしてこちらを見下ろすの顔が、僅かに赤く染まった。か細い月明かりの下、かろうじてわかった微かな変化に、一は低く笑う。自分で言った言葉に照れてしまう辺り、相変わらず擦れていなくて、とてもじゃないが6歳も年上には思えない。
薄いシーツを巻きつけたの身体を抱き寄せて、柔らかな胸にそっと頬を埋める。一に触れられて、の心臓が僅かにその鼓動を早める。こみ上げた愛しさに、抱きしめる腕に自然と力が篭もった。



「つーか、可愛いって言うなら俺じゃなくてだろ」
「……そ、そう?」
「ヤってる時は可愛いだけじゃなくて色っぽいけどな」
「ヤ……その言い方やめてってば、もうっ」



白い顔をますます赤くして、がそっぽを向く。一の腕に抱かれたまま、無理やり身体の向きを変え、完全に背中を向けてしまった。
さらりと流れた髪が一の胸元を撫でていき、身体の奥に微かな快感を呼び起こす。
透きとおるように白い肌が薄闇の中に浮かび上がる。女性特有の柔らかさを纏う、項から肩にかけての円やかなラインに誘われるように、一はそっと唇を寄せた。軽い音を立ててキスすると、の華奢な身体がぴくりと小さく震える。
抱きしめていた腕を一旦緩めて上半身を起こし、背を向けたままのにゆっくりと覆い被さって、今度はこめかみに唇を落とす。まるで初めての時のように全身を強張らせたに、一はちょっと笑って、こめかみから耳の後ろへと舌を這わせた。緊張を解すように、殊更にゆっくりと唇を滑らせる。耳朶から頬へ、頬から首筋へ移動し、最初にキスを落とした肩へと戻っていく。
の前についていた手を持ち上げて、そっと胸のふくらみを包み込むと、甘やかな吐息がシーツの上に零れ落ちた。瞬く間に先端が硬く尖って一の手のひらを刺激し、より一層情欲を掻き立てる。



「やっぱ可愛いな、
「は…はじめくん、待っ……」
「待てない」
「……っ……」



間髪入れずに返された言葉に、が小さく息を呑んだ。
身体に巻きついていたシーツが、緩やかな動きに合わせて少しずつ肌蹴ていく。一の手のひらは遮るもののなくなったの肌の上を自由に滑り、快感を生み出すポイントを丹念に愛撫していった。もう幾度となく肌を重ね合って、多分本人以上に知り尽くしているの身体。
それなのに、抱きしめるたびに返ってくる反応はいつまでも新鮮で、一はますます溺れていくのだ。
逆らう気力は既にないらしく、はその手に翻弄されるがまま、恥じらいながら忍びやかに鳴く。
うっすらと汗ばんで薄桜色に上気した首筋や背中に、紅い痕を二つ、三つと散らせながら、一が吐息を零すと、それを受け止めたの背中が大きく戦慄いた。
唇と舌はゆっくりと背筋を下り、腹部に回って、やがてしとどに濡れた場所へ辿り着く。
ぬめるそこに舌を這わせ、強く吸い上げると、の声が更に甘さを含んで、一の鼓膜を振るわせた。



「……っゃ、あ……」
「イヤ?」
「…、がぅ……はっ……」



声は上擦って途切れがちになり、もどかしげな光が瞳に浮かぶ。
白い指が一の髪の中にもぐり込み、耳朶を掠めた。くすぐったさと紙一重の快感が、一の身体の中心を駆け抜けて、のそれに負けない甘い息が秘部に寄せたままの唇から漏れる。そのささやかな刺激を受けて、細い腰が艶かしくくねる。
辿ってきた道筋を戻るように、再び唇での背中を撫でていく。さっきとは違う箇所に朱を散らせて、項に頬を埋めると、一は背後から一気にを貫いた。
前触れなく与えられた衝撃に、が小さく声を上げ、収縮して一を強く締め付ける。抱きしめた身体が小さく痙攣して脱力したことに気づいて、一は慌てて動きを止めて自身を引き抜いた。
荒い息の下、火照った首筋に鼻面を押し付けて、耳元で繰り返し名前を呼ぶ。微かに身動ぎしたにほっとして、一は腕の力を少しだけ緩めた。



「……?」
「ん……」
「少し、このままでいても平気か?」
「……うん…ごめん、ね」
「別に謝ることじゃねえよ」



微かに笑って、ゆっくりと息を整える。の匂いがふわりと鼻先を掠めた。達してしまったと違い、一の中の欲望は充たされないままで、身体の奥が強く疼く。
耳の奥で激しく脈打つ自分の鼓動を聞きながら、一は掠れ気味の声で囁いた。



、ごめんな」
「……一君こそ、どうして謝るの?」
「俺は何つーか、いつもすげえ無理させてっから、さ」



腕の中にすっぽり収まってしまうの身体。華奢で弱くて脆くて、体力も持久力も自分とは違いすぎるとわかっているのに、ついいつも限界を考えずに抱いてしまう。
今も静めようとする気持ちとは裏腹に、身体の中で欲望は猛り狂っている。必死に抑えているが、理性の箍が外れたら最後、きっとまた手加減なしで求めてしまう。が気を失うくらいに。
なのに、首から上だけ振り向いたの表情は、いつもどおりに優しく笑っていた。
肩越しに小さな手のひらが伸ばされ、一の頬をそっと撫でる。壊れ物を扱うように、これ以上ないくらいに、優しく。



「無理だなんて思ったこと、ないわよ」
「……マジで?」
「……えーと、そりゃ確かに、一君の体力についてくのは大変だけど……」



またしても自分で言った台詞に照れて赤くなる。視線を反らして、もぐもぐとくぐもった声を漏らす、その表情はいつにも増して幼く、一より年下と言っても通じそうな程に若く見えた。
何と言ったのかが聞き取れなくて、一が怪訝な顔で見つめると、赤い顔が更にその色を濃くした。顔の向きを戻して、半ば枕に顔を埋めるようにしながら、同じ台詞を繰り返した。



「……ぁ、ぁぃ…愛されてるんだなって、思えるから…………別に辛いとか、思わないし」
――――――
「一君が気持ちいいんなら、少しくらいきつくたって、その……大丈夫よ」
「……なーんでそう言うこと言っちまうかな……」
「え、えっ?わ、私そんな変なこと言った?」
「言った」



ぎゅ、と抱きしめる力を強くする。一度は離した唇を、再び項に押し付けて強く吸い上げると、はいきなりの感触にひゃっと悲鳴を上げて首を竦めた。
大袈裟な反応に声を立てて笑った一は、ゆっくりと柔かな胸に手を這わせた。いきなり行為を再開されて戸惑うの耳朶を軽く噛み、殆ど吐息のような囁きを吹きかける。



「せっかく堪えてたのに、そんなふうに言われたら我慢出来なくなんだろ」
「えっ、えっ?や…ちょっ、一くんっ?」
「悪ィけどもう止まんねーからな」
「ええー!?……っん、ん」



胸元から移動した手のひらで細い顎を掴み、肩越しに顔を寄せて噛み付くようなキスを降らせる。
一が与える熱に浮かされて、の眼差しが少しずつ潤んでいく。薄紅色の唇が、キスの合間に優しく微笑むのを見ながら、一は改めての中に溺れていった。










[070823]