悪いのは誰か教えてあげて 「ア、ぁっ」 「……ッ」 一際強く締め付けられるのと同時に背中に爪が食い込み、痛みと快感が同時に全身を駆け巡る。 次の瞬間、極限まで昂っていたものが弾けて、一は詰めていた息を大きく吐き出した。 弓形にしなっていた細い身体を一気に脱力させて、悠里が一の胸に凭れかかる。荒い呼吸の合間に混じる、掠れて一層甘やかな声に鼓膜を柔らかく擽られる感覚に、一は低く忍び笑った。 まだ繋がっている悠里の中はひどく温かくて心地好い。 背中に回していた腕を持ち上げて、乱れた淡い色の髪をそっと手櫛で梳いてやると、悠里は気持ち良さげに目を細めて甘えるように一の胸元に頬を摺り寄せてきた。 髪に口付けながら見下ろした視線の先、常夜灯のオレンジ色に照らされた白い肌のあちこちに紅い印が散っている。自分が刻んだその痕が予想以上に際どい位置にもあるのを認めた一は、ちょっとやり過ぎちまったかな、とこっそり反省しながら、悠里の身体を包み込むように抱き直した。 「寒くねぇか?」 「ん……大丈夫。一君あったかくって、気持ちいい……」 「俺も。悠里ん中、すげえ気持ちイイ」 「〜〜〜そういう恥ずかしいこと言うの禁止って言ったでしょ!」 「悠里だって似たようなこと言ってんじゃん」 「全然違いますっ!」 そう言って上目遣いに睨んだ悠里の小さな握り拳が顎にこつんと当たる。痛くも痒くもないそのパンチもわざとらしく顰めている顔も、わかりやすい照れ隠しだ。 付き合い始めて数年、もう数え切れない程幾度も身体を重ねているのに、未だにこういったやりとりに慣れることが出来ないらしく、一が何気なく口にした言葉に一々律儀且つ過剰に反応する。それがあまりに可愛いので、一としてはついついそういう発言をしてしまうのだが。 むう、と唇を尖らせて膨れた悠里の頬を宥めるように撫で、ごめんな、という囁きと啄ばむようなキスを落とした。まずは額に触れ、瞼、目尻、鼻、頬と順繰りに口付けて最後に唇に辿り着いた時には、膨れていた頬は元に戻って恥じらいながら応えてくれる。 触れ合うだけだった口付けが少しずつ深くなるにつれて、一旦は静まったはずの欲望が再びゆっくりと熱を帯び始め、まだ悠里の中に収まったままの下半身がどくりと大きく脈打った。 悠里もそれに気づいて慌てて唇を離す。 「や……一君、今日はもう、ダメ」 「つってもなー……我慢出来ねぇ、かも」 「ちょっ、待っ……ンン」 囁かれた言葉にははっきりと拒否の意が込められていたが、それを紡ぎ出す唇は唾液に濡れてひどく艶めかしく、潤んだ眼差しと相まって一の欲望をより一層激しく駆り立てる結果に終わった。 浮き出た背骨を辿るように背中を撫で、項から柔らかい髪に指を潜り込ませて、一は離れていった悠里の顔をもう一度自分の方に引き寄せた。深く割り込ませた唇の隙間から強引に舌を捩じ込んで、口腔を余すところなく味わい尽くす。 それでもまだ抵抗する悠里を力づくで抱きすくめ、唇を軽く触れ合わせたままの状態で視線を合わせて甘え口調で許可を強請った。 「もう一回だけ……な?いいだろ?」 「……こういう時だけそうやって甘えるの、ずるいわよ」 「悠里が可愛過ぎんのがいけねーの」 「理由になってない……」 「なあ、ダメ?」 諦観に満ちた溜息が零れるのと同時に、一の胸に突っ張っていた小さな手のひらから力が抜けた。 途切れさせたキスを再開すると温かな舌がおずおずとそれに応えた。それを了承の合図と捉えて、一の動きからは遠慮がなくなる。 悠里の後頭部を支えているのと反対の手を脇腹に滑らせ、そこから更に柔らかいふくらみへ移動する。尖り始めていた先端を指先で捏ねるように触れると、悠里の身体がびくりと大きく震えた。 「すっげぇ可愛い、悠里」 「……っ……」 「声抑えないで、もっと聞かせろって」 「……や、だ……ん、ッ……」 「ホント強情だよな……そういうとこも可愛いんだけどさ」 「……んぅ……っン…やッ、あ!」 胸を弄んでいた手のひらを緩やかに腹部に滑らせる。滑らかな肌を撫で下ろして辿り着いた先、既に十分潤んだ場所にそっと指を這わせると、引き結ばれていた唇が解け、細い喉の奥から猫の鳴き声のような甘い声が零れ出た。一の指先は自身を包み込んでいる入り口を何度もなぞり、時折一番弱いところに掠めるように触れた。 堪えきれずに悠里が漏らす切なげな啼き声が、一の内に残っていた情欲の火種を強く掻き立てて、その動きから余裕を削り取っていく。 「……っ、は……ぁ、……んんっ」 「っヤベ、そろそろ限界かも……っ」 「っあああ、あっ」 その言葉を契機に一の動きが激しさを増した。 悲鳴にも似た嬌声を上げて悠里が一の肩に縋り付く。折れそうに細い首筋に鼻先を埋めてきつく吸い上げてまた赤い痕をいくつも散らしていく。先に付けたものより更に際どい箇所に鮮やかな朱が咲き、視界の端を掠めたその色が、一の理性を最後の一欠片まで完全に消し去る。 腕の中の悠里が先に達してしまっても、内に滾った熱を全て吐き出すまで一は動きを止めなかった。 ぐったりと弛緩した悠里の身体をしわくちゃのシーツの上に横たえて、一もその横に寝そべる。 気こそ失ってはいないものの、立て続けに抱かれた疲労は隠しようがないらしく、悠里の双眸は辛うじて瞼を閉じてはいないだけで焦点が合っていない。 眉間に軽く皺を寄せて乱れた呼吸を繰り返すその姿は痛々しくも扇情的で、ぞくりと背筋が粟立った。 三度火がつきそうな欲望を何とか押し留め、華奢な身体を毛布で包んでそっと抱きしめる。気だるげな吐息をシーツの上に零しながら、悠里は僅かに首を動かして一の胸に額を寄せた。 「悠里?」 「…………」 「この体勢辛くねぇか?」 「…………」 声を出すのも億劫なのか、ふるりと微かに首が横に振られる。その動きに合わせて柔らかな髪が一の肌をふわりと掠めた。くすぐったくも心地好い、ささやかなその感触に、一の中で燻ぶり続けている欲情がまたしても煽られる。 理性で押し留めていられるのも時間の問題かもしれない、などと悠里が聞いたら呆れるか怒り出すかしそうなことを考えながら、一は悠里を抱きしめる腕から少しだけ力を抜いて、訪れる様子のない睡魔をどうにか呼び寄せようと目を閉じた。 閉ざした瞼が作り出した闇の中、腕の中の悠里の鼓動と吐息に耳を澄ませる。徐々に落ち着いていくその二つの音はまるで子守唄のようで、少しずつではあるが一に眠気を送り込んでくれた。 そのまま緩やかに穏やかに夢の世界へ落ちていこうとした、その時。 「……はじめくん、すき……」 「……………………」 舌ったらずな声が紡いだ微かな言葉が、一の意識を眠りの淵から一気に引き戻した。 更に追い打ちをかけるように、身動ぎした悠里の顔が一の胸に押し当てられた。肌を擦るすべらかな頬や唇の触感に身体が火照り、一は鎮火したはずの己の欲情に再び火がついたことを自覚する。それを抑えていたはずの理性は先程の囁きにあっさり吹き飛ばされてしまった。 悠里の体に回していた腕をゆらりと動かして、指先で肩から腕にかけてのラインをなぞる。一度目は何の反応もなかったが、二度三度と同じ動きが繰り返されるに至って、悠里の瞼がそろりと開いた。 まだ睡夢から抜け出し切れずにとろりと蕩けている、その眼差しに絡め取られ引き寄せられるように距離を縮めて、一は悠里に深く口づけた。 応えないけれど抵抗もしなかった―――のは最初の数秒だけで、程なく悠里も覚醒した。一の肩を押し返そうとする小さな手が震え、日に焼けた肌に食い込んだ爪が細い三日月形の跡を残す。キスの角度を変える為に時折唇が離れる、その短い間に制止の声が途切れ途切れに滑り込んだ。 「……っは、じめっ……ンっ――――――ぁ、ダ、メっ…だって、ば……っ」 「―――ンなこと言っても、悠里が悪い」 「……なんで、わたし……」 荒い息の下から絞り出した抗議の声には答えずに、一は代わりにキスと愛撫を返した。 例え本人に自覚はなくとも、抑えようとしていた一の理性の鎖をあっさりと断ち切ってくれたのは悠里自身なのだから仕方ない。 責任は取ってもらわないとな、と薄く笑って呟いた一の声は、悠里の耳に届く前に夜の空気に溶けて消えた。 [090520] |