幸せになってほしいと思った。
俺には越えられなかった壁を越えたアイツとなら、君はきっと幸せになれる。
だから、どうか。
―――淋しい歌をもう歌わないで。
飛べない天使の歌う歌 〜Boy's sideU〜
朝、が俺の手から奪い取った手紙に感じた、嫌な予感。
それが目の前で現実になっていた。
「!?」
地面に倒れ伏した華奢な身体。
駆け寄ったバネが抱き起こしたの顔色は、今まで見たことがないほど青白かった。
ぐったりとして明らかに意識がないを抱きしめて、バネはを呼び出した相手を睨みつけた。
「お前ら、何しやがった!?」
「あ…あたしたち別に……」
「ち、ちが……」
「何が違うってんだ!!」
「バネ、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
怒鳴るバネの腕を抑えて、泣きそうな顔の女の子たちを睨む。
ビクッと肩を強張らせる様子を見ても、許す気になんてなれないのは俺も同じだったけど。
「誰でもいい、先生を呼んで!それと救急車!」
「え、あ……」
「早くしろ!!」
俺が怒鳴りつけると、3人は2、3歩後退ってからこっちに背中を向けて走り去った。
それから、彼女たちが呼んだ教師がやってきて。
続いてやがて到着した救急車が、バネの腕から意識の戻らないを連れ去ってしまうまで。
俺も、バネも、一言も口をきかないで、じっとの息づかいに集中していた。
面会許可が下りたのは、それから二日後。
大勢で行くのはあいつの身体に良くないからって、俺とバネが部活を休んで見舞いに行った。
に会う前に少しだけ話をしたいと言われて、の両親と会った後、病室に向かう。
病院の真っ白いベッドの上で、俺たちの顔を見た途端笑顔に変わったを見て、俺は不覚にも思わず泣きたくなった。
「バネ君!サエ君も、来てくれたんだ」
二日前に比べて格段にやつれた顔。それでも、ものすごく嬉しそうに手を差し伸べて。
その笑顔に、胸が詰まる。
「うん……」
「具合、どうだ……?」
「もう大丈夫だよ」
嘘つくな、と言いそうになるのを必死で堪える。
青白くこけた頬、痩せ細った腕。
苦しくない筈がない、辛くない筈がないのに。
「二人が助けてくれたんでしょ?ありがとう」
「俺らは何もしてねぇよ」
「……とか言ってるけど、大変だったんだよな。
昨日ものこと呼び出した子達のこと、怒鳴りつけて泣かしちゃってさ」
「サエ!!」
「女の子泣かせたの?駄目だよバネ君、ちゃんと彼女たちに謝ってね」
「ハァ!?何言ってんだ!?」
信じられない、って顔してバネがの顔を見つめる。
バネの気持ちはわかる。
がこんな目にあったのは彼女たちの所為だ。それは事実で。
でも。
「だってあの人たちは、バネ君やサエ君のこと好きなんだよ。好きな人に嫌われたら辛いよ。可哀想だよ」
「かっ……!?あんな目にあわされといて、お前!」
「だって、彼女たちの気持ちわかるもの」
哀しそうな色を湛えた目が、真っ直ぐに俺たちを射る。
血の気のない唇に、うっすら微笑を浮かべて。
「私だって、私以外の人がバネ君たちと仲良くしてたら、きっと同じことするわ」
「え?」
「他の女の子がバネ君たちの傍にいたら、すごく嫌。きっとバネ君たちの知らない
ところで、その子に冷たくしたり酷いこと言ったりしちゃうと思う。そんなことするなんて
すごく嫌な子だってわかってても、きっとやっちゃう……そういうものだよ」
言ってる内容とは裏腹に、はとても透明な笑顔で。
そして、小さな声で、こう付け足すように呟いた。
好きな人のことになったら、と。
「……訳わかんねぇ……」
の病室を出て向かった先は、屋上。
派手な音をたててフェンスに背中を預けたバネの、第一声がそれだった。
「何が」
「……だよ」
「の何がわかんないって?」
聞き返した俺を見るバネの目は、どうしようもなく苛立っていて。
俺は小さく溜息をついて、バネを真正面から見返した。
「わかんなくないだろ」
「……」
「あいつはお前が好きなんだって。ものすごーくストレートな告白だったと思うんだけど」
「俺じゃないかもしんねーだろ!俺たちに嫌われたくねーって言ってたじゃんかよ!」
「お前だよ」
きっぱりと言い切った俺の顔を、バネは改めて睨みつけて。
「……何でサエにわかるんだよ」
そう一言呟くのと同時に、ずるずると地面に座り込んだ。
―――なんでわかるかって。
わかるに決まってるじゃないか。
がお前を見ているのを、俺はずっと傍で見てきた。
が、あの日からずっとバネを見てるのと同じように。
俺はずっと、を見てきたんだから。
でも俺は駄目だった。
俺はを、あの屋上で一人歌ってたの手を取ろうとはしなかった。
もしかしたら拒絶されるかもしれないと、恐れて。
ただ見ているだけだった。
だから、バネがを連れてきた時、ああ負けたなと素直に思った。
がバネを見つめているのを見て、辛くなかった訳じゃない。
でもそれ以上に、バネと一緒にいるが幸せそうなのが嬉しかった。
辛くても、それでも本当に。
嬉しかったんだよ。
「……お前が、をあの屋上から連れ出したんだろ」
「…………」
「わかれよ。はお前と一緒にいたいんだよ」
「……俺だって……そう思ってるって……」
「じゃあ迷うなよ」
―――迷うな。
俺が言ったその一言に、ゆっくりとバネが頭を上げる。
立ち上がり、歩き出す。
―――迷うな、進め。
一歩、また一歩。
俺の方へと歩いてくる。
真っ直ぐに前を睨んで、俺の横を通り過ぎて、屋上のドアを開けて。
行ってやれ。
あいつの手を取って。
「―――サエ」
屋上のドアを開けたところで、バネが立ち止まる気配がした。
振り向かない俺の背中に向かって、一言だけ、投げ掛けて。
「サンキュ」
「―――ああ」
ガシャン、と背後で扉が閉まる音が響いて。
階段を駆け下りていく音を聞きながら、俺は詰めていた息を吐き出した。
晴れ渡った空を見上げて、の親の言葉を思い出す。
『―――手術を』
『手術を、受けることになったんです』
『あなたたちと仲良くなってから、あの子はとても前向きになってくれて』
『これまでとても嫌がっていたのに』
『もっと一緒にいたいから、ここで終わりにしたくないからと』
『成功率は決して高くはないんですけど』
『あの子は、あなたたちがいてくれるから、大丈夫、頑張れるって―――』
本当にありがとうございます、と涙を浮かべて。
によく似たお袋さんと(違った、がお袋さんに似てるんだな)
人の良さそうな親父さんとは、何度も何度も頭を下げていた。
―――。
お前と同じで、俺も神様なんか信じてないけどさ。
でも、お前のためならいくらでも祈ってやるから。
だから、幸せになれ。
バネと一緒に幸せになれ。
青い空を見上げて、俺は祈る。
―――君が幸せになるように。
―――それから、春が来て。
剣太郎たちが入学して、テニス部はにわかに忙しさを増して。
高校受験なんてもんもある俺たちは、ひたすらテニスだ勉強だと時間に追われて、気付いたら季節は夏を迎えていた。
一年前の夏には聞こえていた、あの歌声を。
もう屋上で聞くことはなかった。
「あーつーいー!!」
「マジで焼け死ぬっつの、この暑さは!!」
「おい剣太郎!今日の練習は海だ!海に行くぞ!!」
「賛成〜〜〜!」
「オッケーその意見採用!!海に行こー!!」
刺すような日差しに、我慢の限界を感じた誰かの一言がきっかけで皆して騒ぎ出す。
部長の剣太郎がこれ幸いとばかりに「海ー!!」と連呼して、真っ先に走り出した。
他の皆もラケットを放り出してその後に続く中、バネと、そして俺も、オジイが座っている風通しのよい木陰のベンチを振り返った。
オジイの隣には、仕方ないなと言いたげに微笑んでいる、小柄な人影。
バネがいつものように大きく手を振って、その名前を呼ぶ。
「ー!行くぞー!!」
その声に、楽しげに手を振って。
まるで、背中に見えない羽が生えてるように軽やかに。
君は走ってくる。
あの歌声は、もう屋上には響かない。
飛べない天使は翼を得て。
今は俺たちの傍にいる。
=End=
……あとがきと称する謝罪……
散々待たせた挙句、よりにもよって三部作ですってよ、奥さん……!!
長いお話で、しかも訳のわからん終わり方ですいませんでした(土下座)。
柊沢歌穂ちゃんに捧げます。こんなんでごめんよおおぉぉぉ。
わ、わかり辛いんですがヒロイン生きてますんでね。悲恋(死にネタ)じゃないのよ。
お友達の柊沢歌穂様のサイト『光と闇の間に…』の企画『RawOre』第1回参加作品です。
『光と闇の間に…』へはLINKのTextのページから飛べますv
04/07/12up