ひとつひとつ、確実に。
叶えていく、二人の約束。
Promise
うっすらと靄の掛かった海を眺めながら、手袋を嵌めたままの手で口元を覆って。
かじかんだ指先を温めようと吐きかけた息は、空から舞い落ちる粉雪に負けないくらい真っ白く染まった。
ぶるっと大きく肩を震わせてぐるぐる巻いたマフラーに頬を埋めたら、そのマフラー越しに温かいものが頬に触れた。
「お待たせ」
「ふわー温かーい……ホットココア?」
「ミルクティーもあるけど、どっちがいい?」
「ココアでいいよ、ありがとう」
受け取った小さな缶を両手で包み込むと、感覚のなくなりかけていた指先がじんわりと痛んだ。
何とかプルタブをあげて熱いココアを一口すする。
ほろ苦い甘さが喉をすべり落ちて、おなかの中からほんのりと温かくなった。
「ふふ、おいしーい」
「寒いから余計だろ。お前唇が紫色になってるよ」
「え、嘘」
「ホント。ついでに言うと頬も真っ赤。……そろそろ帰るか?」
「……ううん。まだもう少し、ここにいる」
その提案にブンブンと大きく首を横に振る。
虎次郎はそんな私を見て微かに笑うと、まだ空けてない自分のミルクティーをコートのポケットにしまって、両腕を肩の上から回してぐるっと私の身体に巻きつけた。
背中から包み込むように抱きしめた腕は記憶の中のそれよりも、ずっと逞しくなっていて。
また成長したんだなぁとか考えたら、ひどく切ない気分になった。
ずっと一緒にいられるなら、こんなふうに感じることもないだろう些細な変化。
逢うたびに目線の高さが変わって、顔立ちも、体つきも、髪の長さも、声も、少しずつ違って。
記憶の中の虎次郎から、今すぐ傍にいる虎次郎になるまでの、その間の虎次郎を私は知らない。
この小さな海辺の町に虎次郎の生活はあって。
私の生活はここからだいぶ離れた別の町にあるから。
春と夏と冬の休みに家族と一緒に帰省するこの小さな町で虎次郎と出逢って、今年でもう五年目。
もう何度も繰り返していることだけど、やっぱり『最後の日』は辛くて。
またしばらく逢えなくなる恋人に、私は言える限りの我儘を言う。
だけど虎次郎はいつも、嫌な顔ひとつしないでそれを聞いてくれる。
―――いつも。
「……あのさ、。雪、降り止まなさそうだし」
「……うん」
「あんまり長くはいられないよ。風邪引くから」
「……わかってる」
耳元で聴こえる虎次郎の声はとても淡々としていて、感情の起伏は読み取れない。
だけど私を抱きしめたままの腕はとても優しい。
肩越しに寄せられた頬がとても冷たくて、不意に泣き出したい気持ちに駆られた。
少しでも長く一緒にいたくて我儘を言って。
だけど、どんなに頑張って引き伸ばしても、離れなくちゃいけない時間は来る。
ずっと一緒にいたくても私たちはまだ子供で、大人の都合で振り回されてしまう。
早く大人になりたい。
自分で自分の居場所を選んで許される大人になりたい。
そしたら、虎次郎の隣にいることを迷わず選ぶのに。
でもどんなに願ったとしても、それは叶わない。
今は、まだ。
「……雪がもっと降って、帰れなくなっちゃえばいいのに……」
「さすがにそこまでは積もらないよ」
「わかってるけど……」
それでも願ってしまうから。
この白い雪がずっと止まないで、どこまでもどこまでも降り積もって、私たちをこの小さな町に閉じ込めてくれたら。
抱きしめてくれるこの腕の温もりを、少しでも長く感じていられるように。
―――願って、しまうから。
「……虎次郎、頬が冷たいね」
「俺はマフラーしてないからね」
「寒いよね、ごめんね」
「たいして寒くないよ、を抱いてれば十分温かい」
「私、ホッカイロ代わり?」
「ホッカイロより温かいよ」
囁いて、肩越しにそっと私の頬に唇を押し当てる。
やわらかなその唇も、冷たい感触を伴って。
「虎次郎冷たいってば」
「俺は温かい」
「そのまんまで喋らないでー!くすぐったいー離れてーっ」
「離れたらまた寒くなるから嫌だ」
虎次郎が言葉を紡ぐたび、温かな吐息が頬の上をすべっていく。
そのくすぐったさに忍び笑いを漏らす私の唇に、不意をついて虎次郎が唇を重ねた。
最初よりも幾分温度の高い唇の感触。
随分と長いこと、それは重なったままで。
やがて離れた唇をまた私の頬に押し当てて、虎次郎は掠れた声で囁いた。
「―――俺も」
「え?」
「俺も、ずっとと一緒にいたいよ」
「…………」
「もう少しだけ待ってて。雪が降り続かなくても、ずっと一緒にいられる日は来るから」
「……うん……」
「約束、しただろ?」
―――約束。
そうだったね。
自分の居場所を選べる大人になったら、そしたら。
ずっと一緒にいようって。
約束、したね。
「もうすぐだから」
「うん」
「高校卒業したら、とりあえずの町には行くんだし」
「その前に、大学受からないとでしょ」
「余裕で合格圏だから大丈夫。だからって気は抜かないけどね」
「……落ちたら指差して笑ってやるからね」
「落ちたら泣くの間違いじゃないの」
「バカ……」
呟いた私に、虎次郎は小さく笑って。
微かな囁きの後、もう一度優しく唇を重ねた。
「大丈夫、泣かせないよ。―――約束する」
―――雪は、いつの間にか止んでいた。
メッセ友達のyumiちゃんに捧げます
メッセにて「サエに後ろからハグされたい!」と妄想全開のトークを繰り広げ、そこから夢が派生した(笑)。チョタ連載を終わらせてから書こうと思ってたのに、いきなり唐突にうわーっと頭の中にストーリーが展開したので、勢いにのって書いてしまいました。
ちょっと切なめを狙ってみたんだけど、いかがでしょうかyumiちゃん?
気に入っていただければ幸いです。これからもどうぞよろしくーv
04/10/19up